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第四話

 翌日のこと。弱い雨がパラパラと降る、ぐずついた天候であった。

 礼安と院は、学園都市内の洋服店で、入学式のために英雄学園の制服のサイズ合わせを行っていた。二人仲睦まじいその様子は、とても見ていて笑顔になるほどであった。

 そんな中であった。

 突如、轟音が鳴り響く。あたりを歩く人は立ち止まり、雨音が五月蠅く感じるほど静まり返った。勿論、それは二人も例外ではない。

 心地よく優しい雨音、そして人が行き交う声と足音しか目立って聞こえなかった、何気ない日常が崩れ去る瞬間は、いつだって一瞬の出来事である。

 たまらず外に出た二人。自身の視線の先には、逃げ惑う人々。

 礼安は、言い知れない不安と徐々に膨張し続ける殺気を、己の本能で感じ取った。

無言で制服の入った紙袋を院に渡し、多くの人々が逃げる大本へと向かっていった。

 院は、そんな礼安を止める間もなかった。ほんの一瞬、礼安が感じ取ったそれを同様に感じたものの、本能で拒絶していたのだ。「行けば無事では済まない」と、脳が全力で警鐘を鳴らしていたのだ。

 すると、恐怖に飲まれそうになっていた院の背後に、何者かがふらりと現れた。

 院は一瞬にしてその場から飛びのく。

 背後にいたのは、長身痩躯の女性であった。しかし、まるで人間の意志や生気というものを極限まで削ぎ落した、薄気味悪い『何か』をじっとりと感じて仕方がなかった。

「――貴女は、神を信じますか?」

 その声色で、はっと気が付いた。少し前に、聞き覚えのある同じフレーズをしゃべる人物がいた。

 あの宗教勧誘の女性であった。本州へと逃げ帰った、あの女性であった。

「……貴女、ずいぶん様変わりしましたのね。以前はもっと健康体のような見た目をしていましたのに――――まるで、悪魔にでもとり憑かれているようですわ」

 そう院が言ってのけると、女性は懐からデバイスドライバーに似た、しかしどこか危険な雰囲気を醸し出すベルトを取り出し、下腹部に装着する。

 色合いは危険を現す黒と黄色の二色構成、すっきりとしたデザインのデバイスドライバーとは異なる歪な形状。まるで怪物の牙のようなプッシュ機構が上部と下部に施されている。

「これは何だ、って顔をしているな――真来、院」

 思考を読まれた焦りからか、一歩後ずさる院。それに応じるかのように、一歩ずつひたり、ひたりと近づく女。いつものような丁寧な口調ではなく、どこか洗脳、あるいは当人自体を乗っ取られたかのような、男っぽい口調に疑問を抱く。

「これは、チーティングドライバー……我々力のない人間に『神』が与えてくださった、人類を開放するためのベルト」

 そのベルトが醸し出す、気色悪さ。無機物であるはずなのに、人の全てを食らって生きる化け物のような、底冷えのする恐怖。

「貴女を、神の信徒にして差し上げよう」

 そういうと、女はチーティングドライバーを起動させる。

『Loading――――Game Start』

 無機質な男のシステム音声とともに、女は怪物へと変異する。

 瞳は無く、耳もなく、しかし口はある。辛うじて人型を保った姿であった。右腕はおよそ人の腕とは言えない、巨大な蟹の鋏を模した形をしており、左足は元のすらりとした脚ではなく、より肥大化した醜い姿となった。

「……本当、この場に礼安がいなくて良かったですわ。あの子は、貴女がそんな歪な姿になり果ててしまったことを知ったら、きっと自分のことのように酷く悲しむでしょう。だからこそ……」

 院は、デバイスを下腹部に当て、デバイスドライバーを展開させる。

「貴女は、私が相手をします」

 院の手には、礼安のものとは違う、ヒーローライセンスが握られていた。そこに描かれているのは、『ギルガメッシュ叙事詩』。

『認証、ギルガメッシュ叙事詩! 遍く全てを手に入れた王、それに至るまでの、王の、王による、王のための物語!』

 ヒーローライセンスをデバイスに挿入する。院の表情が、威厳のある薔薇のように引き締まる。

「王の御前よ、道を開けなさい――変身!!」

 デバイスドライバーの右側を押し込むと、構えている院の体に顕われていく、烈火の如き紅の装甲。各所に炎が揺らめく意匠が施されている。右肩を覆うようにして垂れ下がる青のマント、礼安のものとは違いかっちりとしたシックな西洋鎧に、右手に握られた弓。バックルにあたるデバイスモニターには、弓の模様が現れている。

 礼安だけがイレギュラー的存在ではない。その傍にあり続けた院もまた、入学前にドライバーを十全に扱える、稀有な存在なのだ。

 人間のものとは思えないほど速い速度で、懐に入る女。

 しかし、どこかその行動を見透かしていたかのように、院は空中に飛び退き、その空中で一瞬にして顕現させた、摂氏数千度の焔の矢を放つ。

 その矢をすんでのところで避ける女。しかし休む暇など与えないように、何十発も何百発も焔の矢を放つ。

 しかし、どの矢も当たることは無い。

『所詮、こけおどしか』

「それは、どうでしょうね」

 空に放った数百の焔の矢が合わさり、大きな火の鳥と化す。

それは大きな弧を描き、やがて女を下界から隔絶するように包み込む。

「申し訳ありませんが、私は礼安ほど優しくも、甘くもないのですわ」

 巨大な火の鳥目掛け、一際大きな焔の矢を放ち、圧倒的な火力で巨大な火の玉を花火の如く爆散させる。辺りが噎せ返るほどの熱空間に包まれる。

 空から落下するのは、あの女性。最初は見捨ててしまうことも、ほんの少しばかり考えこそした。だが、礼安の悲しい顔を思い浮かべた瞬間、体は助けるために動いていた。

 女を空中で抱きかかえるようにして、着地する院。

 女は院の攻撃によって大怪我しているものの、見る限り命に別状はなかった。しかし、チーティングドライバーは院の攻撃によって、完全に破砕。女の手に握られている欠片ほどしか、その存在は残っていなかった。

「デバイスドライバーに似たチーティングドライバー……大事に首を突っ込むのはあまり好きではないのですが」

 女を学園都市内の病院へと空を飛んで運ぶ院。しかし心の中は、礼安に関しての不安で満たされていた。

「……無事でいてくださいまし、礼安」


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