礼安が女性の元にたどり着くと、女性はすぐさま二度見――どころか三度見していた。一度目は「助けが来た」という安堵の表情、二、三度目は「あの時こっ酷くぼったくろうとしていた少女が何でここに」という驚愕の表情であった。
しかしそんな女性の心境なんて何のその、礼安は明るい表情かつ、まるで聖母のような微笑で言ってのけたのだった。
「私が来たからにはもう大丈夫、安心していいよ」
女性は、それまで自分が死んでしまうかもしれないという恐怖と戦っていたのだが、不思議と安心していたのだ。今までの面識なんて、たった一度しかないのにもかかわらず、であった。
女性を背に立つ礼安は、半透明な化け物と対峙する。
「……今までは、私はちょっと勇気のある一般人。……でも今は……違うの!」
礼安は自らのポケットに入れていた、古びた剣の一部を加工したネックレスを手にし、額に近づけ念じ始めた。
(お願い、この私の思いに応えて、『アーサー・ペンドラゴン』)
サソリの化け物は女性をかばう礼安目掛け、猛毒の尾で心臓を串刺しにしようと突き出す。
(私は、ちょっと欲張りだけど……『友達も、他人も、全部ひっくるめて助けたい』んだ)
そんな礼安の思いに呼応して、古びた剣の一部は煌々と光り始める。
化け物の狙いはその影響で逸れ、礼安と女性の側にあった高級外車に命中する。
光が収まるのと同時に、礼安の手に握られていたのは、一枚のカード型のアイテムであった。
まるでバスや電車の定期パスのように、小さく頼りないが、通常のソレと違うのは、デバイスに呼応し始めたのだ。
礼安はそのアイテムを手に持った学園支給のデバイスにかざす。すると、
『認証、アーサー王伝説! 多くの騎士を束ねた、円卓の騎士の頂点に上り詰めるまでの、成り上がり
急にゲームの説明のような、野太い男の声がそのデバイスから聞こえてきた。背後にへたり込んでいた女性は、呆気に取られる。
礼安はそれをデバイスに本体側面から挿入し、下腹部あたりにそのデバイスを当てる。すると、デバイスは高速で変形し、さながら変身ベルトのようになったのだ。
デバイスの画面には、華美な王冠のデザインがあしらわれていた。それ以外に当人の体力を表すような、さながらゲームでのプレイアブルキャラクターのようなゲージが現れていたのだ。
『GAME START! Im a SUPER HERO!!』
「変身!!」
デバイスの右側を押し込むと、割と喧しい音と共に、礼安の体に青を基調とした装甲が展開されていく。
左肩を覆うような青のマントに、多少ポップにリデザインされた西洋の鎧、頭にはキュートな王冠が飾られている。そして右手には、かの有名なアーサー王の原初の剣である、カリバーンが握られていた。勿論、多少ポップにはなっているのだが。
「嘘、何で一年生にもなってない子が変身できるの!?」
「あの子は、元々英雄の因子持ちだったお父様の影響もあって、ここに来たんですの。昔から変身ベルト……もとい、『デバイスドライバー』はあの子の身近にあった、ってことですのよ」
デバイスドライバー、英雄学園生徒に渡される、因子を持ち変身資格を持つものなら誰でも変身できる、変身ベルト。
英雄の聖遺物とその英雄に応じた因子継承者、その心の中にある願いや、先天性か後天性のコンプレックスをもとに生成されたヒーローライセンスを認証、発現させることによって、英雄の因子を持った人間それぞれ、力の形に添った
礼安は、その場で手を握ったり開いたりして、自身のもう一つの姿を確認する。一つ息を吐くと、太陽のように笑って見せたのだ。
「さあ、張り切っていってみようか!」
力を込めて、その場から跳躍する礼安。頑丈なはずの舗装された道が破片と化す。
化け物は空中の礼安に目掛けて、尾を伸ばし一撃で仕留めようとする。
しかし、礼安は尾の一撃を軽く受け止める。まるでその攻撃を予想していたかのように。
着地し、尾を起点にハンマー投げの要領でぐるぐると振り回し、本州側のほうに思い切り投げ飛ばす。
化け物は空中で受け身を取ることもできないまま、背のほうからコンクリートに叩きつけられたのだった。
「中々の力、まるで私じゃあないみたいだ」
まるで無邪気な子供のように笑って見せると、疾駆する。
雷光のごとく、突き抜けるスピード。瞬きする間に百メートルをかける。
そしてその勢いのまま、電光石火の左ストレートを化け物に放つ。
化け物はその一撃で爆散する。あとには何も残らず、あるのは今しがた生まれた、新たな英雄の姿のみであった。
「――――ふぅ、これで一応終わり、かな?」
デバイスの中からカード型のアイテム・『ヒーローライセンス』を取り出す。すると、今まで着用していた装甲は光とともに消えていった。それと同時に表示された画面には『GAME CLEAR!』と書かれていた。
化け物騒動があったその後。
橋の修復のために、学園都市内から派遣された武器科の生徒何名かが修復作業を行っていた。
幸いなことに人的被害はゼロ。変な宗教の勧誘者も無傷で、本州へと逃げ帰っていった。しかし礼儀礼節の心はあったのか、礼安に対してまるで神でも見たかのように、数えきれないほどの礼をして去っていったのだった。
礼安は一躍時の人になりかけたが、院たちはその場をそそくさと立ち去った。入学前からあまり目立った行動をとりたくはなかった為であった。
「とりあえず、ここが私たちの寮。一応パンフレットにも載っていたけど、寮にしてはシャレにならない大きさだこと」
一通りの学内での準備を整えた後、礼安たちはエヴァの案内により英雄学園の寮へとたどり着いていた。
全五千部屋、そのすべてが3LDKはある二人部屋、かつそれぞれ一軒家となっており、卒業生によってはここで一生暮らすこともあるほどの豪華さを備えている。
電気ガス水道代はもちろん、衣食に関しても無償で最高級のものを扱える。これも人にはよるが、英雄として戦えるまでの勉学を履修したうえで、世界最高峰の料理界やファッション業界で生きていく、なんてこともあるほど。
衣食住、全てにおいて日本の『超最高峰』である。
「お、お二人私の家のお隣さんじゃあないですか! 出会った縁もありますし、あとでバーベキューでもパァッとやりましょうよ!」
「バーベキュー!? 勿論いいよ! お肉たくさん食べよう!」
子供のようにはしゃぐ礼安。そしてそんな礼安を諫めることを半分放棄し呆れる院。礼安の喜びを共に享受するエヴァ。三者三様の喜びの形がそこにあった。
一通り自分の荷物を片付け終えた院は、部屋の様相をごみ屋敷にしそうな礼安を手伝いつつ、丸三時間が経過したころで、ようやくひと段落ついた。
時刻は午後七時、日も落ち、静けさが辺りを包み始める夕食時であった。
エヴァはバーベキューセットを自身の家から引っ張り出し、早速火の準備をし始めていた。引っ張り出してきた納屋の中は……目も当てられなかった。それは家の中も同様で、仙台の家での惨状を、累乗したようなものであったのだ。
よくこんなところで生活できるものだ、と院が軽く引いた表情で目を細めていると、エヴァはそんな院の心情などくそくらえ、と言わんばかりに礼安顔負けの太陽のような笑顔で返してきたのだった。
院は、どこか既視感を覚えた。そう、ペットショップで自身が生涯ついていく、そんな主人を爛々と輝く目で誘惑する子犬のようであったのだ。
「……なんか、負けましたわ」
院は、犬派である。少々性格に難こそあるものの、根が礼安同様良いため、どこかエヴァに子犬のような感覚を覚えてしまった瞬間である。
「え!? なぜでしょうか院さん!? 私何か変なことでもしましたか!?」
「……気にしないでくださいまし、エヴァ『先輩』」
そんな面食らったような院ではあったが、学年上敬うことを決めた瞬間であった。
しかし、そんな礼安などつゆ知らず、バーベキューパーティーがいざ始まると、礼安はエヴァが焼く肉や野菜を口いっぱいに頬張り、これまた満面の笑みで喜ぶのであった。
形容するなら、数日間の出張から帰ってきた主人を出迎える犬。
「――――礼安の笑顔は私が守りますわ」
こんなほほえましいタイミングで、院は重大な決心をしたのだった。
一通りのパーティーが終わった後、院は礼安と一緒に風呂に入るための準備を整えるため、一足先に自分たちの家に帰っていた。
エヴァの家の屋上。
他の寮……もとい一軒家の屋上はどこも風景はあまり変わりないものの、エヴァたちの家は、学園と本州を繋ぐ橋、観光客や生徒たちなど多くの人で栄える中心街などが何の邪魔もなくクリアに見えるため、多少の特別感がある。
午後九時に差し掛かろうか、というゴールデンタイム。空には雲一つなく、一つ一つの星々やら月やらが輝き、主張する。
「いやあ、今日は貴女方との運命的な出会いを果たせて、私感激しました! しかも、中々に明朗かつ可憐で……さながら二輪の白百合のようでした、ハイ!」
エヴァと礼安は、屋上に備え付けられている椅子に腰かけながら、エヴァ宅の冷蔵庫(という名のいろいろなものがパンパンに詰まった四次元ポケット)の中から発掘された、奇跡的に無事な缶ジュースを飲んでいた。
「今日はありがとう、エヴァちゃん! お肉や野菜もおいしかったし、これで明日も頑張れそうだよ!」
「いえいえ、それはこちらの台詞にございます……最高の供給をありがとうございました」
何のことだか分からない礼安は、ただただ首をかしげるだけであった。
ぐい、と一つ伸びをすると、エヴァはにこやかに語り掛ける。
「しかし、あの後院さんにある程度話を聞きはしましたが……事実上英雄に変身するのが初めてで、あれだけ動けるのは大したものですよ、礼安さん!」
「私、元々お父さんとかの影響こそあったけど、プリキュアとか仮面ライダーとか……そういうヒーローが大好きだったんだ! 戦う女の子の……輝きっていうのかな、それに憧れてた部分は、少なからずあったんだ」
礼安は、柔らかな笑みを絶やすことはしないままに、きらきらと輝く星空を眺めながらエヴァに語った。
「……私ね、自分の中に『英雄』の因子が眠ってるって聞いた時、内心嬉しかったんだ。私の目の前で、傷つく人をようやく本当の意味で助けてあげられる、って」
「礼安さん……」
礼安は椅子から立ち上がり、楽しそうな学生や見学に来た一般市民を眺めながら、続けて語る。しかし今度は、一人に語り掛けるのではなく、この場にいない第三者に矢印が向かっているようであった。
「今はもう、お空の上にいる私のママも、『人のために、自分のために生きなさい』って小さい頃よく言ってくれてね、人の笑顔を見ることがとにかく大好きだったから、『自分のために、友達も、赤の他人も助ける』。それを何よりに生きてきたんだ!」
礼安は、昔いじめられていた。しかし、それは他にいじめられていた他人を庇ったがゆえのものであった。
彼女は、根っからのお人よしであり、誰彼構わず救おうと躍起になっていた。しかも、これは自己満足から、と言うものではなく、自己の欲望に従った結果、自分を徹底的に痛めつける、狂人じみた覚悟を背負った結果であったのだ。
そうなったのは、母親からの言いつけをきっちり守り続けてきた結果。幼い頃……いじめられていた真っ只中である小学生の頃に事故に遭い亡くなった母親からの言いつけ。
常人ならば、いくら約束を守るといっても自分の身は最終的に大事になって絶対的な約束を一時反故にする、なんてことは少なからずあるだろう。しかし、礼安は違う。
そんな状況であっても、滅私奉公の精神を貫いていたのだ。狂気的なほどに。
「――私は、そんな礼安を、ずっと支え続けました。礼安が無茶をし過ぎないよう、ストッパーとして支え続ける。それこそが、私の役目なのですわ」
小学生の頃から、彼女を知っていた院は、彼女自身を放っておけなかったのだ。だからこその腐れ縁。長い間、礼安の傍で彼女が壊れてしまわないように、徹底的に彼女の囲いであり続ける。それから、今の二人の関係性が出来上がっていたのだ。
エヴァは缶ジュースを静かに傾け、ふうと一息つく。
「――――お二人は、とっても優しい方です。親御さんの言いつけをしっかりと、今も守り続ける。そしてそんな存在を、傍で徹底的に支え続ける。しばらくリアルで会ってこなかった『信念』と『覚悟』のある人です」
「……ふふっ、エヴァちゃんそんな言われてもなんも出ないよー!」
「――褒められて、悪い気はしませんわね。特に礼安が褒められていることは私の喜びですわ」
そういって礼安はエヴァの肩口をぽんと押す。その場の三人は揃って笑って見せたのだった。