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お人よしヒーロー、変人武器を拾う。
お人よしヒーロー、変人武器を拾う。
結星雪人
現代ファンタジースーパーヒーロー
2025年01月17日
公開日
8.2万字
連載中
『狂ったほどのお人よしは、変人かつ職人気質なレズビアンと出会う。』

 現代、世の中には三種類の人間が存在した。英雄の因子を持った英雄≪ヒーロー≫、基本的に英雄の扱った武器の力が宿った武器≪ウエポン≫、それと一般人。
 怪しい宗教勧誘の言うことすら素直に聞いてしまうほどの究極のお人よし、「瀧本 礼安≪タキモト ライア≫」。
 ある日、トレジャーハンターとして世界を旅する父より、英雄の力が宿った聖遺物を受け取り、親友であり数少ない血縁関係者である「真来 院≪シンラ カコイ≫」と共に英雄を育成、世に排出する育成機関『私立英雄学園東京本校』へと入学することとなる。
 そこで出会うのは、個性の塊が人の形を成した人物たちばかり。
 数多の苦難を経て、礼安たちは現代の英雄において、『最高の英雄』となることが出来るのか……??

第一話

「貴方は、神を信じますか」

 誰もが、どこかで聞いたことのある科白セリフ。おそらく家の玄関先、怪しい宗教の勧誘で。

 「宗教の勧誘なら帰ってください」なんて、普通の人ならば言えるだろう。もしくは話を適当に聞き流して後で貰った聖書を、そのままごみ袋にダンクシュートするだろう。またはまさに今、この春の初めごろの陽気に浮かれ、頭がお花畑になった人間ならちょっとは好意的な回答をするのだろう。

 しかし、ここにいるお人よし……もとい「瀧本礼安タキモト ライア」は違う。

「どんな事情があるかは知りませんが、貴方の神を信じましょう! その聖書をください!」

 この世のどこに、怪しい宗教の聖書をノリノリで受け取る人がいるだろうか。いやいる、ここに。中学を卒業したばかりの人間が酒など飲めるはずもなく、そして特段おかしくなってしまうようなクスリを嗜んでいる訳でもなく。

 つまるところ、正真正銘の素面でそんな事を言えてしまうほど、礼安はお人よしが極まっていた。

「そうですか! なら話は早いです、聖書と共に貴女に耳寄りな話があるのですが、まずは神が乗り移っているこの壺を……」

「はいはい、お人よしいじめはやめましょうねそこの貴女」

 宗教勧誘の女性と礼安の間に割って入るのは、彼女の親友であり長い腐れ縁の少女、「真来院シンラ カコイ」。あまりにも不純スケベな目的で礼安に悪い虫が寄るために、半ば放っておけずにいる女子である。

 宗教勧誘の人間は惜しい人間を手放した、と明らかに悔しそうな表情をしながらその場を後にする。

 院は一つ大きな溜息を吐くと、礼安に向き直る。

「……貴女、いい加減ああいう輩には冷たくしなさい、って口酸っぱく言ってるでしょう? 今月で何度目ですか、怪しいアイテム買わされそうになったのは」

「いやだって……怪しくてもあの人には家族がいるって……しかも貧乏だって言ってたよ?」

 院はまた一つ大きな溜息を吐き、呆れ果ててしまった。

「言っておきますが勧誘に来たあの人、この前馬鹿みたいに高い高級車乗り回してましたわ、しかもウン千万の外車」

 鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした礼安を見て、院は何ともいたたまれない気持ちになってしまった。


「ところで礼安、貴女なにか面白いものが届いた、って言ってたじゃあないの? 一体全体何ですの」

 礼安は満面に笑むと、院を家の中に招く。

 家の中は、怪しい宗教からもらった怪しいグッズや聖書の山。潔癖症の人間は……まあ間違いなく足を踏み入れることを躊躇う汚部屋である。女子の部屋なのに、フローラルな香りもかわいらしい小物も一切ない。あるのはどこで拾ったのだか分からない大麻ハッパのような怪しい臭いに怪しいアイテムばかり、である。

 そんな部屋で、あってもおかしくはないが疑問を抱くものが、院の目の前に置かれる。テーブルの上に乗った、乱雑なアイテムを腕で雑にどかしつつ、ではあったが。

「これだよ、お父さんから届いた奴の中で……これがここ最近私の中でびびっと来た『せいしぶつ?』だよ!」

 それを言うなら聖遺物、と言いかけた院は言葉を飲んだ。

 折れた剣。しかもかなり錆びた。柄の部分はなく、ただ刃の部分だけが、切れ味などあるはずもなくなまくらとして存在していたのだ。

 表現するならまさにそうであった。その折れた剣が持つ、わずかながらの荘厳さの他は……申し訳ないがガラクタと形容するしかないごみそのものの雰囲気。これがもし生ごみならば、蠅が絶えず集っているような、人によっては嫌悪感すら抱くようなもの。

 次に発する言葉に悩みながら、ふと気まずそうに礼安を見ると、なんとも目が爛々と輝いているではないか。新品の玩具を買ってもらった、子犬の様子そのものであった。

 これは何の効果もない、骨董品店に持ち込めばうまい棒代くらいにはなりそうなガラクタだ、と口にしたら――この純朴な新高校一年生はどういう反応をするだろう。きっと悲しむだろう。そうに違いない、なんてことを考えていたのだ。

 しかし、院にはできなかった。流石に純粋無垢な心を即座に傷つけるほど、鬼ではないのだ。覚悟を決めて、「それは何かしらの効果が見込めるパワーストーンのようなものだ」、と濁して伝えようとした瞬間。

「あ、そうそう! 院ちゃん、これも一緒に届いてたの! パパからの手紙、なんだけど……」

 礼安は封筒に入った古びた手紙を手渡し、院がそれを開く。

 礼安の父は世界各地を股にかけるトレジャーハンター(自称)で、よく世界各地の珍品を送ってくる。とても礼安には読めないような達筆な手紙とともに。

 行書を通り越して半分草書に足を突っ込んでいるような手紙をざっくりと眼だけで追い、同時に寒気がした。

「……本当、お父様の観察眼だけは絶対、なのを確信しましたわ……今」

 首を傾げる礼安をよそに、院は折れた鈍を手に取り、礼安に手紙とともに手渡す。

「……それ、お父様お墨付きの『聖遺物』らしいですわ。それと……これも手紙の中に入っていました」

 再び首をさっきとは逆方向に傾げる礼安をよそに、同梱されていたもう一枚の古びていない真新しい紙を広げ、礼安に見せつける。

「――おめでたいわ、貴女。私と同じ学校に入ることになりましたの。しかも、私と同じ『英雄ヒーロー』になる方、の」

「ふぇ??」


 この世には、ざっくばらんに三種類の人間が存在する。

 英雄ヒーローか、その相棒である武器ウエポンか、ただの人間か。

 英雄と武器の二種に関しては、現時点で総人口の一割程度。ヒーローになるにも、武器になるにも一定の条件が必要なのだ。

 それが、「因子」。かつて著名であった偉人や作品群にまつわる、人を超人へと変えるファクターである。

 常人がそれを求めても、簡単には手に入らない。それこそ、違法な手段を経由するか近親者にその存在がいない限り、まず画面越しでしかお目にかかれるようなものではない。

 それもそのはず、因子の所在は『生まれた時から持ち合わせている』か『大切な何かを失い、後天的にかつ奇跡的に覚醒するか』の二択である。

「まさか……貴女にその因子が備わっているだなんて驚きですわ。確かにお人よし具合は常識を上回ってくるくらいの……もはや狂人ともいえるレベルのソレですけど」

 礼安は何を言っているのかよくわからないといった様子で、小動物のように首を傾げる。

 英雄を名乗るうえでも、そしてそれに相応しい力を発揮するのも、備わっていないと話が始まらない「因子」という存在。それは常人が努力でどうこうできるものでも、ましてや重ねた研究によってどうにかできる代物ではない。まさに、『選ばれし者』というわけである。

 普遍的な世の中に、奇跡的に天才が生まれてくるように、因子持ちは偶発的に生まれてくるのだ。

 しかも、因子に関して難しいのはそれだけではない。例え因子持ちの親がいたとしても、子供に因子が宿るとは限らない。あくまで確率が高まる、と言うだけで、実際高まったとしても数パーセントほど。

 院はぐちゃぐちゃな室内を見渡して、一つ溜息を吐く。

「……とりあえず、ここを引き払って引っ越す準備ですわ。このごみ溜めを少しでも減らして、向こうに持っていくものの選別をしなきゃ」

「え! ごみじゃないよ友達だよ!」

「サッカーボールだとか愛と勇気だとかが友達の某キャラほど頭おかしいと突っ込むところだけれど、ごみを友達呼ばわりはそれらよりイカれてますわ貴女!?」

 そう言いながら、そこら辺にあった市既定のごみ袋に、辺りにあるものを片っ端から突っ込んでいく。大概燃えるごみだろ、と高をくくっていたためであった。

「ああ、いろんな人から貰った贈り物がぁ……」

「贈り物って……大概わけわかんない宗教のパンフとかでしょう! こういうのはごみ袋にダンクシュートしときゃあいいんですの!」

 泣きそうになる礼安を叱りながら、てきぱきとした手つきで次々にごみの山を片付けていく院。

 これが、引っ越し予定二日前のことである。


 二日後。綺麗になった室内とは対照的に、半べそをかく礼安と疲れ切った表情の院。

「やっと……やっと片付いた……本当、この大掃除だけで五キロは瘦せた気がしますわ」

「お別れなんだねえ……この仙台の地とも……」

「そうでしてよ、ほとんど恐ろしいほどのお金持ちな、我が真来家の助力あっての結果なんだから……」

 部屋を解約するには、ふつう一か月前ほどから準備を進め、ありとあらゆる手順を重ねてようやく部屋を引き払うものだが……家の全面協力(主に金の力)によって二日前に引き払う準備を進めることができたのだ。

「さ、さっさと目的地に向かいましてよ礼安。じゃないとせっかくの入学案内書がおじゃんになりますわ」

「! ってことはつまり……??」

 院は静かな笑みを浮かべながら、わざとらしくパンフレットをひらひらと扇ぐ。

「仙台以上の都会である東京、しかもその中でも別格の地、『学園都市』に向かいますわよ」

 これは、今まさに故郷との別れと新天地への高揚感が抑えられていない、お人好しな礼安が、現代のヒーローになるまでの、物語である。


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