恋ってなんだろう。
すみれと別れた後、考えずにはいられなかった。
綿丘さんとすみれ、僕はふたりとも好きなのだ。
僕はふたりに恋しているのだろうか。
僕はまちがいなく綿丘さんに性的な欲望を抱いている。
彼女をハダカにして抱きたいと思っている。
それは恋なのだろうか。
すみれといると落ち着く。安心できる。なんでも話せる。
ずっと一緒にいてほしいと思っている。
それも恋なのだろうか。
僕にはわからなかった。
5月になった。
ゴールデンウィークの狭間、高校へ行く。
昼休みには屋上へあがり、綿丘さんと昼ごはんを食べる。
彼女の胸は相変わらず制服を押しあげて、僕を強烈に刺激する。その胸に触りたいと思わずにはいられない。
「また山に行こうね」
「うん。行きたいね」
「このあいだは標高400メートル足らずの低山しか登らなかったけれど、今度はもっと高い山に行ってみない? 標高1000メートルくらいの山」
行ってみたいと僕は言い、次の休みの日に行こうと綿丘さんは答える。
「その山、私も行くわ」と寿限無さんが言った。
屋上には彼女もいて、僕たちのそばで菓子パンを食べている。
「ミチル、おまえは誘ってない」
「私も遊びたいのー。連れてってよー」
「わたしと小鹿くんの山デートを邪魔をしないで」
「むうーん。さては山奥でちょめちょめする気だな」
「…………」
「黙った! やっぱりちょめちょめする気なのかー」
綿丘さんと寿限無さんの会話が弾んでいる。仲いいな。
「ちょ、ちょめちょめってなんですか?」と僕は寿限無さんに訊いた。
「知りたい?」
「はい。まあ……」
「ちょめちょめっていうのはね、伏せ字のことなのよ。文章の中で✕✕とか書いてあることがあるでしょう? あれはちょめちょめと発音して、男女の性的な接触のことを意味しているの」
「ミチル、小鹿くんに変な知識を与えないで!」
ちょめちょめってそういう意味なのか……。
綿丘さんは僕と山奥でちょめちょめする気なのかな?
いや、そんな、まさか……。
彼女を見ると、顔を真っ赤にして、箸でお弁当箱をつついていた。
「マジでちょめちょめするの?」
寿限無さんが綿丘さんに詰め寄った。
「するかー! ミチル、おまえはどっか行け! わたしの目の前から消えないと、屋上から突き落とすわよ!」
「怖……わかったわよ。退散するわ」
寿限無さんは屋上からすごすごと立ち去った。
僕と綿丘さんはお互いに意識してしまって、しばらくうまく話すことができなかった。
その日の授業が終わり、獅子谷くんが僕と高山くんに話しかけてきた。
「高山、小鹿、暇だったら、ハンバーガーでも食いに行かないか?」
「悪い、俺は先約があるんだ」
「僕は暇だけど……」
「じゃあ小鹿、ふたりで行こうぜ」
僕と獅子谷くんはぶらぶらと歩いて駅前へ向かった。
獅子谷くんにはワイルドな雰囲気があり、ちょっとワルっぽい。
あいつは一部の女子に妙に人気があるんだ、と高山くんが言っていた。
「小鹿、1年の3大美人が誰か知ってるか?」
歩きながら獅子谷くんは言った。
「知らないけど……」
「ひとりは俺たちのクラスの綿丘きらりだ。おまえのカノジョ」
「そっか」
まあそうだろうな。綿丘さんは僕にはもったいない超美人だ。
「ふたりめは2組の草原すみれ、もうひとりは3組の寿限無ミチルだ」
なんとなく予想はついていた。
すみれは貧乳だけどとても可愛いし、寿限無さんは綿丘さんに負けず劣らずの美少女だ。
3人とも僕の知り合い。
しかも綿丘さんは僕のカノジョで、すみれは親友だ。
高校に入学してから、どういうわけか僕の周りには美少女がうろちょろしている。
バーガーショップで僕と獅子谷くんは対面して座った。
僕はホットコーヒーとチーズバーガーを買った。
獅子谷くんの前にはアイスコーヒーとハンバーガー、フィッシュバーガー、ポテトがある。
彼は食いしん坊で、がつがつと食事をする。
「綿丘とヤったか?」
獅子谷くんは単刀直入な話し方をする。
彼の言葉に戸惑うことは多いが、彼には裏表がなさそうで、変に回りくどい言い方をされるよりは好ましかった。
「ヤ、ヤってないよ」
「まだなのか。小鹿、あいつとふたりきりでいて、勃起しないのか?」
ストレートに訊かれて、僕は正直に答える。
「勃起するよ」
綿丘さんに抱きつかれて胸を押しつけられると、僕は勃起してしまう。
彼女の胸や生足を見るだけでそうなってしまうときもある。
実は彼女に悟られないようにするため、けっこう苦労していた。
もしかしたら、彼女はすでに僕の股間の反応に気づいているかもしれない。
「キスはしたか?」
「し、してないよ。抱き合ったことはあるけど、それだけ」
「キスもしてねえのか。おまえらの雰囲気だと、もう完全に最後までヤっちまってる感じだけどな」
獅子谷くんはアイスコーヒーをすすり、ポテトを5本くらいまとめてかじった。
「なんでヤらねえんだ? 俺の見立てだと、絶対にヤれるぜ」
僕は獅子谷くんに相談してみようかと考えた。
綿丘さんとすみれのことを。
考えれば考えるほど、相談相手には彼しかいないような気がしてきた。
「僕と綿丘さんが仲よくしすぎると、き、傷つく人がいるんだ」と僕は言った。
「誰だそれは?」
獅子谷くんは目をぎらっと光らせて、身を乗り出してきた。
「草原すみれだよ……」
「草原? 小鹿は草原とも親しいのか?」
「すみれは僕の幼馴染なんだ」
僕は獅子谷くんにすみれとの関係を説明した。
小学1年生のときからの友達であること。
最近告白されたけれど、綿丘さんが先だったから気持ちに応えられなかったこと。
でも突き放すことはできなくて、友達関係をつづけていること。
「ぼ、僕はどうすればいいんだろう。僕は綿丘さんとすみれのふたりとも好きなんだよ」
「ふうーん」
獅子谷くんは足を組み、僕をじろじろと見た。
「おまえが恋してるのは、どっちなんだ?」
「僕は恋がなんなのか、よくわからなくなってきたんだ」
「恋ってのは、性欲のことだよ」
彼は言い切って、ハンバーガーをむさぼり食った。
「人間が恋をするのは、生殖のためだ。セックスをするためなんだよ。恋してるってのは、発情してるってことなんだ」
「そ、そうなの? 心を通い合わせたいとか、相手を大事にしたいとかいう気持ちのことじゃないの?」
「そんなのは全部綺麗事だ。そりゃあ結婚でもすれば、配偶者を大切にすることは必要だろうさ。でもそれは恋じゃない。しいて言えば、愛だな。恋と愛はちがうものなんだよ。恋愛とか言ってふたつを混同するから、本質がわからなくなる」
獅子谷くんは自信満々に語った。
「小鹿が発情してるのは、綿丘と草原、どっちなんだ?」
「それは……わ、綿丘さんだよ」
「じゃあ綿丘とヤっちまえ」
彼の目はぎらぎらしていて、初心者に狩りを教えるハンターのようだった。
「おまえが恋してるのは、綿丘きらりだ。あの胸のでかい女とセックスしろよ。それが恋を成就させるってことだ」