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第20話 恋

 恋ってなんだろう。

 すみれと別れた後、考えずにはいられなかった。

 綿丘さんとすみれ、僕はふたりとも好きなのだ。

 僕はふたりに恋しているのだろうか。


 僕はまちがいなく綿丘さんに性的な欲望を抱いている。

 彼女をハダカにして抱きたいと思っている。

 それは恋なのだろうか。 


 すみれといると落ち着く。安心できる。なんでも話せる。

 ずっと一緒にいてほしいと思っている。

 それも恋なのだろうか。


 僕にはわからなかった。


 5月になった。

 ゴールデンウィークの狭間、高校へ行く。

 昼休みには屋上へあがり、綿丘さんと昼ごはんを食べる。

 彼女の胸は相変わらず制服を押しあげて、僕を強烈に刺激する。その胸に触りたいと思わずにはいられない。


「また山に行こうね」

「うん。行きたいね」

「このあいだは標高400メートル足らずの低山しか登らなかったけれど、今度はもっと高い山に行ってみない? 標高1000メートルくらいの山」


 行ってみたいと僕は言い、次の休みの日に行こうと綿丘さんは答える。

「その山、私も行くわ」と寿限無さんが言った。

 屋上には彼女もいて、僕たちのそばで菓子パンを食べている。


「ミチル、おまえは誘ってない」

「私も遊びたいのー。連れてってよー」

「わたしと小鹿くんの山デートを邪魔をしないで」

「むうーん。さては山奥でちょめちょめする気だな」

「…………」

「黙った! やっぱりちょめちょめする気なのかー」


 綿丘さんと寿限無さんの会話が弾んでいる。仲いいな。


「ちょ、ちょめちょめってなんですか?」と僕は寿限無さんに訊いた。

「知りたい?」

「はい。まあ……」

「ちょめちょめっていうのはね、伏せ字のことなのよ。文章の中で✕✕とか書いてあることがあるでしょう? あれはちょめちょめと発音して、男女の性的な接触のことを意味しているの」

「ミチル、小鹿くんに変な知識を与えないで!」


 ちょめちょめってそういう意味なのか……。

 綿丘さんは僕と山奥でちょめちょめする気なのかな?

 いや、そんな、まさか……。


 彼女を見ると、顔を真っ赤にして、箸でお弁当箱をつついていた。

「マジでちょめちょめするの?」

 寿限無さんが綿丘さんに詰め寄った。


「するかー! ミチル、おまえはどっか行け! わたしの目の前から消えないと、屋上から突き落とすわよ!」

「怖……わかったわよ。退散するわ」


 寿限無さんは屋上からすごすごと立ち去った。

 僕と綿丘さんはお互いに意識してしまって、しばらくうまく話すことができなかった。


 その日の授業が終わり、獅子谷くんが僕と高山くんに話しかけてきた。

「高山、小鹿、暇だったら、ハンバーガーでも食いに行かないか?」

「悪い、俺は先約があるんだ」

「僕は暇だけど……」

「じゃあ小鹿、ふたりで行こうぜ」


 僕と獅子谷くんはぶらぶらと歩いて駅前へ向かった。

 獅子谷くんにはワイルドな雰囲気があり、ちょっとワルっぽい。

 あいつは一部の女子に妙に人気があるんだ、と高山くんが言っていた。


「小鹿、1年の3大美人が誰か知ってるか?」

 歩きながら獅子谷くんは言った。

「知らないけど……」

「ひとりは俺たちのクラスの綿丘きらりだ。おまえのカノジョ」

「そっか」

 まあそうだろうな。綿丘さんは僕にはもったいない超美人だ。

「ふたりめは2組の草原すみれ、もうひとりは3組の寿限無ミチルだ」


 なんとなく予想はついていた。

 すみれは貧乳だけどとても可愛いし、寿限無さんは綿丘さんに負けず劣らずの美少女だ。 

 3人とも僕の知り合い。

 しかも綿丘さんは僕のカノジョで、すみれは親友だ。

 高校に入学してから、どういうわけか僕の周りには美少女がうろちょろしている。


 バーガーショップで僕と獅子谷くんは対面して座った。

 僕はホットコーヒーとチーズバーガーを買った。

 獅子谷くんの前にはアイスコーヒーとハンバーガー、フィッシュバーガー、ポテトがある。

 彼は食いしん坊で、がつがつと食事をする。


「綿丘とヤったか?」

 獅子谷くんは単刀直入な話し方をする。

 彼の言葉に戸惑うことは多いが、彼には裏表がなさそうで、変に回りくどい言い方をされるよりは好ましかった。


「ヤ、ヤってないよ」

「まだなのか。小鹿、あいつとふたりきりでいて、勃起しないのか?」

 ストレートに訊かれて、僕は正直に答える。

「勃起するよ」


 綿丘さんに抱きつかれて胸を押しつけられると、僕は勃起してしまう。

 彼女の胸や生足を見るだけでそうなってしまうときもある。

 実は彼女に悟られないようにするため、けっこう苦労していた。

 もしかしたら、彼女はすでに僕の股間の反応に気づいているかもしれない。


「キスはしたか?」

「し、してないよ。抱き合ったことはあるけど、それだけ」

「キスもしてねえのか。おまえらの雰囲気だと、もう完全に最後までヤっちまってる感じだけどな」

 獅子谷くんはアイスコーヒーをすすり、ポテトを5本くらいまとめてかじった。

「なんでヤらねえんだ? 俺の見立てだと、絶対にヤれるぜ」


 僕は獅子谷くんに相談してみようかと考えた。

 綿丘さんとすみれのことを。

 考えれば考えるほど、相談相手には彼しかいないような気がしてきた。


「僕と綿丘さんが仲よくしすぎると、き、傷つく人がいるんだ」と僕は言った。

「誰だそれは?」

 獅子谷くんは目をぎらっと光らせて、身を乗り出してきた。

「草原すみれだよ……」

「草原? 小鹿は草原とも親しいのか?」

「すみれは僕の幼馴染なんだ」


 僕は獅子谷くんにすみれとの関係を説明した。

 小学1年生のときからの友達であること。

 最近告白されたけれど、綿丘さんが先だったから気持ちに応えられなかったこと。

 でも突き放すことはできなくて、友達関係をつづけていること。


「ぼ、僕はどうすればいいんだろう。僕は綿丘さんとすみれのふたりとも好きなんだよ」

「ふうーん」

 獅子谷くんは足を組み、僕をじろじろと見た。


「おまえが恋してるのは、どっちなんだ?」

「僕は恋がなんなのか、よくわからなくなってきたんだ」

「恋ってのは、性欲のことだよ」


 彼は言い切って、ハンバーガーをむさぼり食った。


「人間が恋をするのは、生殖のためだ。セックスをするためなんだよ。恋してるってのは、発情してるってことなんだ」

「そ、そうなの? 心を通い合わせたいとか、相手を大事にしたいとかいう気持ちのことじゃないの?」

「そんなのは全部綺麗事だ。そりゃあ結婚でもすれば、配偶者を大切にすることは必要だろうさ。でもそれは恋じゃない。しいて言えば、愛だな。恋と愛はちがうものなんだよ。恋愛とか言ってふたつを混同するから、本質がわからなくなる」


 獅子谷くんは自信満々に語った。


「小鹿が発情してるのは、綿丘と草原、どっちなんだ?」

「それは……わ、綿丘さんだよ」

「じゃあ綿丘とヤっちまえ」


 彼の目はぎらぎらしていて、初心者に狩りを教えるハンターのようだった。


「おまえが恋してるのは、綿丘きらりだ。あの胸のでかい女とセックスしろよ。それが恋を成就させるってことだ」

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