放課後、僕と綿丘さんは明応高校の最寄り駅に向かって歩きながら、山デートの打ち合わせをした。
「どんなに低い山でも、山歩きで絶対安全ということはないの。靴はちゃんとしたものを履いた方がいいわ」
「登山専用の靴ってこと?」
「そう。山の中で滑って転んで、捻挫でもしたら大変だからね。滑りにくいハイキングシューズがいい」
「持ってないよ」
綿丘さんは右手の人さし指をあごに当てた。
そんな考える仕草が可愛らしい。
「じゃあこれから買いに行かない?」と彼女は提案した。
綿丘さんは行動が早い。
思いついたらすぐ動くというようなところがある。
入学式の日には、いきなり「つきあって」と言われた。
僕にはそこまでの積極性はない。
どちらかと言うと引っ込み思案で受け身な性格だ。
彼女がぐいぐい引っ張ってくれて、僕を連れ出してくれるのは心地よかった。
「行く」
「善は急げだね」
僕たちは電車に乗り、3つ先のターミナル駅で降りた。
綿丘さんが登山用品店へ案内してくれた。
「彼の軽登山用のハイキングシューズが欲しいんです」
彼女は店員さんと相談して、候補の靴をいくつか選んだ。
僕はそれを履き、店内を歩いて、履き心地を確かめた。
「これがいいかな」
店員さんの話や実際に履いてみた感じや値段を考慮して、僕はローカットで防水性を備えた登山靴を購入した。
「ありがとう、綿丘さん」
「どういたしまして。小鹿くんと山に行くのが楽しみだよ」
店から出て、跳ねるようにいきいきと街を歩く綿丘さん。
こんなに素敵なカノジョは世界中を探しても他にはいないだろう。
僕は靴を選んでくれたお礼として、彼女にコーヒーとドーナツをごちそうした。
山デートの待ち合わせは、4月の祝日の午前7時、ターミナル駅のホームということになった。
当日、僕は約束の時間の30分前に着いたが、やはり綿丘さんはすでに待っていた。
彼女は濃いピンクのウインドブレーカーに茶色のハーフパンツ、黒い登山タイツ、ミドルカットのトレッキングシューズという格好だった。大きめのオレンジのリュックサックを背負っている。
どこから見てもばっちりと決まっている山ガールという装いだ。
「かっこいいね。山に慣れてる女の人って感じがする」
「そんなに慣れてるわけじゃないけどね。まあ山歩きしやすい格好ではあるよ」
僕は登山ウェアを持っていないので、ランニングウェアを着て、先日買ったハイキングシューズを履いていた。
小型の青いリュックを持ち、2リットルのペットボトルのスポーツドリンクとコンビニおにぎりを入れている。
「小鹿くんも動きやすそうな格好だね」
「ふだんのジョギングのスタイルだよ」
「いいんじゃない? 今日は低山ハイキングだから、気負うことはないよ」
僕たちはJRの下り線に乗った。
電車は鉄路を叩き、ガタンゴトンという音を響かせた。
綿丘さんは車窓を見たり、僕の顔を見て微笑んだりした。
鉄橋を渡っているとき、彼女は「あっ、富士山が見える」とはしゃいだ声をあげた。
空は群青色に晴れ渡り、雲はわずかしかなかった。
途中で私鉄に乗り換えた。
行き先は完全に綿丘さん任せで、僕はどこへ行くのかまったくわからなかった。
この子について行けばいいとしか考えていなかった。
ガタンゴトン、ガタンゴトン……。
僕はうとうとして、いつの間にか眠ってしまった。
「もうすぐ着くよ」と綿丘さんに起こされた。
僕は彼女にもたれかかって、ぐっすりと眠っていた。
「ごめん。重かったよね」
「いいのよ。小鹿くんとくっついているのは好きだし、カワイイ寝顔が見られてうれしかった」
彼女にカワイイと言われると、やっぱり抵抗がある。
できれば男らしいと言ってほしいのだが、僕がそう望むのは無理があるかもしれない。
今日だって完全に彼女にリードしてもらっている。
まあいいや……。
どんな形であろうと、綿丘さんのそばにいられるのはしあわせだった。
僕たちが降りた駅からは、山がすぐ近くに見えた。
「ここは関東平野の端っこなんだ。ここから山地が始まるんだよ」
「空気が美味しい気がする」
「そうだね。山に入ると、もっと美味しくなるよ。森林浴をして、フィトンチッドをふんだんに浴びよう」
綿丘さんは緑濃い山へ向かって歩を進め、僕はその隣を歩いた。
アスファルト道を10分ほど歩き、四つ角を曲がると砂利道になっていて、すぐに登山口があった。
そこから先は曲がりくねる登山道が山の上の方へとつづいている。
斜面を無数の杉が覆っていた。
どこかでウグイスが鳴いた。
先行する登山者が数人、楽しそうに語り合いながら山道を登っていき、やがて木立に隠れて見えなくなった。
「軽くストレッチをしよう。山で怪我をしないようにね」
綿丘さんは地面にリュックを下ろして、足を伸ばした。
僕も腰や足首を回したりして、柔軟体操をした。
彼女がストレッチをすると、胸がゆらっゆらっと揺れる。
前屈をすると乳房は地表に向かってほわっと伸び、後屈をするとびよんと天に向かって跳ねた。
そこはふにゃふにゃに柔らかくて、上下左右にうねり、柔軟きわまりない。タコよりも柔らかいかもしれない。
いつもながら破壊力抜群で、僕は自然と目を引きつけられてしまった。
「どうかした?」と訊かれたが、きみの胸が魅惑的すぎるんだとは言えない。
「なんでもない」とごまかした。
「ふふっ」と彼女は笑った。
僕が胸を見ていたことは、絶対にお見通しだと思う。
彼女は僕に近寄って、見せつけるように上半身を回した。
ぷるんぷるん、ぽわんぽわーんと揺れ動く柔らかいすいか。
むしゃぶりつきたいという思いを、僕は懸命に押し殺した。
どこかでまたウグイスが鳴いた。