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第14話 揺れるストレッチ

 放課後、僕と綿丘さんは明応高校の最寄り駅に向かって歩きながら、山デートの打ち合わせをした。


「どんなに低い山でも、山歩きで絶対安全ということはないの。靴はちゃんとしたものを履いた方がいいわ」

「登山専用の靴ってこと?」

「そう。山の中で滑って転んで、捻挫でもしたら大変だからね。滑りにくいハイキングシューズがいい」

「持ってないよ」


 綿丘さんは右手の人さし指をあごに当てた。

 そんな考える仕草が可愛らしい。


「じゃあこれから買いに行かない?」と彼女は提案した。


 綿丘さんは行動が早い。

 思いついたらすぐ動くというようなところがある。

 入学式の日には、いきなり「つきあって」と言われた。

 僕にはそこまでの積極性はない。

 どちらかと言うと引っ込み思案で受け身な性格だ。

 彼女がぐいぐい引っ張ってくれて、僕を連れ出してくれるのは心地よかった。


「行く」

「善は急げだね」


 僕たちは電車に乗り、3つ先のターミナル駅で降りた。

 綿丘さんが登山用品店へ案内してくれた。


「彼の軽登山用のハイキングシューズが欲しいんです」

 彼女は店員さんと相談して、候補の靴をいくつか選んだ。

 僕はそれを履き、店内を歩いて、履き心地を確かめた。

「これがいいかな」

 店員さんの話や実際に履いてみた感じや値段を考慮して、僕はローカットで防水性を備えた登山靴を購入した。


「ありがとう、綿丘さん」

「どういたしまして。小鹿くんと山に行くのが楽しみだよ」


 店から出て、跳ねるようにいきいきと街を歩く綿丘さん。

 こんなに素敵なカノジョは世界中を探しても他にはいないだろう。

 僕は靴を選んでくれたお礼として、彼女にコーヒーとドーナツをごちそうした。

 山デートの待ち合わせは、4月の祝日の午前7時、ターミナル駅のホームということになった。


 当日、僕は約束の時間の30分前に着いたが、やはり綿丘さんはすでに待っていた。

 彼女は濃いピンクのウインドブレーカーに茶色のハーフパンツ、黒い登山タイツ、ミドルカットのトレッキングシューズという格好だった。大きめのオレンジのリュックサックを背負っている。

 どこから見てもばっちりと決まっている山ガールという装いだ。


「かっこいいね。山に慣れてる女の人って感じがする」

「そんなに慣れてるわけじゃないけどね。まあ山歩きしやすい格好ではあるよ」


 僕は登山ウェアを持っていないので、ランニングウェアを着て、先日買ったハイキングシューズを履いていた。

 小型の青いリュックを持ち、2リットルのペットボトルのスポーツドリンクとコンビニおにぎりを入れている。


「小鹿くんも動きやすそうな格好だね」

「ふだんのジョギングのスタイルだよ」

「いいんじゃない? 今日は低山ハイキングだから、気負うことはないよ」


 僕たちはJRの下り線に乗った。

 電車は鉄路を叩き、ガタンゴトンという音を響かせた。

 綿丘さんは車窓を見たり、僕の顔を見て微笑んだりした。

 鉄橋を渡っているとき、彼女は「あっ、富士山が見える」とはしゃいだ声をあげた。

 空は群青色に晴れ渡り、雲はわずかしかなかった。


 途中で私鉄に乗り換えた。

 行き先は完全に綿丘さん任せで、僕はどこへ行くのかまったくわからなかった。

 この子について行けばいいとしか考えていなかった。

 ガタンゴトン、ガタンゴトン……。

 僕はうとうとして、いつの間にか眠ってしまった。


「もうすぐ着くよ」と綿丘さんに起こされた。

 僕は彼女にもたれかかって、ぐっすりと眠っていた。

「ごめん。重かったよね」

「いいのよ。小鹿くんとくっついているのは好きだし、カワイイ寝顔が見られてうれしかった」


 彼女にカワイイと言われると、やっぱり抵抗がある。

 できれば男らしいと言ってほしいのだが、僕がそう望むのは無理があるかもしれない。

 今日だって完全に彼女にリードしてもらっている。

 まあいいや……。

 どんな形であろうと、綿丘さんのそばにいられるのはしあわせだった。


 僕たちが降りた駅からは、山がすぐ近くに見えた。

「ここは関東平野の端っこなんだ。ここから山地が始まるんだよ」

「空気が美味しい気がする」

「そうだね。山に入ると、もっと美味しくなるよ。森林浴をして、フィトンチッドをふんだんに浴びよう」


 綿丘さんは緑濃い山へ向かって歩を進め、僕はその隣を歩いた。

 アスファルト道を10分ほど歩き、四つ角を曲がると砂利道になっていて、すぐに登山口があった。

 そこから先は曲がりくねる登山道が山の上の方へとつづいている。

 斜面を無数の杉が覆っていた。

 どこかでウグイスが鳴いた。

 先行する登山者が数人、楽しそうに語り合いながら山道を登っていき、やがて木立に隠れて見えなくなった。


「軽くストレッチをしよう。山で怪我をしないようにね」


 綿丘さんは地面にリュックを下ろして、足を伸ばした。

 僕も腰や足首を回したりして、柔軟体操をした。

 彼女がストレッチをすると、胸がゆらっゆらっと揺れる。

 前屈をすると乳房は地表に向かってほわっと伸び、後屈をするとびよんと天に向かって跳ねた。

 そこはふにゃふにゃに柔らかくて、上下左右にうねり、柔軟きわまりない。タコよりも柔らかいかもしれない。

 いつもながら破壊力抜群で、僕は自然と目を引きつけられてしまった。


「どうかした?」と訊かれたが、きみの胸が魅惑的すぎるんだとは言えない。

「なんでもない」とごまかした。

「ふふっ」と彼女は笑った。


 僕が胸を見ていたことは、絶対にお見通しだと思う。

 彼女は僕に近寄って、見せつけるように上半身を回した。

 ぷるんぷるん、ぽわんぽわーんと揺れ動く柔らかいすいか。

 むしゃぶりつきたいという思いを、僕は懸命に押し殺した。

 どこかでまたウグイスが鳴いた。

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