プールで一緒に練習し、綿丘さんは息継ぎができるようになった。
それがあって、僕と彼女の距離はさらに縮まったと思う。
1年1組の教室でも、彼女が僕に微笑みかけたり、話しかけてくれることが増えた。
僕の肩を軽く叩いたり、腕に触れたりといったボディタッチの頻度もあがった。
「ねえ小鹿くん、数学の問題がわからないの。教えて?」
「ぼ、僕も数学は得意じゃないけど……どの問題?」
「これ!」
「……うーん、えーっと……これは式を展開して、こう、こう、こうすれば解けるよ」
「すっごーい。小鹿くん、頭いいね!」
「ねえ小鹿くん、昨日の夜はなにしてたの?」
「あ、アニメを見てたよ」
「なんてアニメ?」
「あ、あの、ちょ、ちょ、ちょっと女の子には言いにくいタイトルなんだけど、『俺は巨乳を愛してる』っていうアニメだよ」
「素敵なタイトルだと思うよ?」
「ねえ小鹿くん、綿丘さんって言って」
「わ、綿丘さん」
「好きって言って」
「す、好き」
「きゃ~っ、綿丘さん好きって言われちゃった!」
そんな感じだ。
高山くんはあきれていた。
「おまえら、カップルとして完成されてきたな。もう完全にバカップルだよ」
「そ、そう思う?」
「それ以外のなにものでもねえだろ」
「そ、そうだよね……」
彼はなまあたたかい目で僕を見ながら、軽く舌打ちをした。
「正直、うらやましいよ」
「えっ?」
「俺もあんなカノジョが欲しい……」
高山くんはそう言った。
本音だと思う。
綿丘さんは人目もはばからず、僕に好意を見せてくれる。
教室の中で僕の腕にしがみついたりする。
女友達に「小鹿くんが好きなの。彼はとってもよい人よ」と言ったりする。
それは気持ちのいいことだった。
綿丘さんがそんな態度なので、僕は男のクラスメイトから嫉妬されたり、女の子たちから距離を取られたりするのではないかと思った。
クラスの中で孤立するかもしれないと怖れた。
でも全然そんなことはなかった。
むしろ逆だった。
「小鹿、綿丘さんの胸の感触、どんな感じ?」などと男子生徒は話しかけてくる。
「ふ、ふわふわのやわやわだよ」
「おお、やっぱりそうなのか」
「彼女、明らかに意識しておまえに押しつけてるだろ」
「そ、そうなのかな?」
「そうなのかな、じゃねえよ。く~、ちくしょう、あやかりてえ」
僕が反応に困って黙ると、獅子谷くんという男子は「避妊はしろよ、ウハハハハ」と高笑いをして、僕の背中をばんばんと叩いた。
高山くん以外にも親しく話せる友達ができた。獅子谷くんだ。
僕と高山くんと獅子谷くんはつるんで、学校帰りにハンバーガーを食べたりするようになった。
バーガーショップで恋バナやエロい話やたわいもない話をした。
僕はよくいじられたが、悪い感じのするものではなかった。
高山くんも獅子谷くんもさっぱりした性格だった。
彼らと何回か話して、高山くんは童貞で、獅子谷くんは経験済みだということがわかった。
僕も童貞だと伝えると、「嘘だろ。あれだけイチャイチャしてて、まだしてねえのかよ」と高山くんは言い、「時間の問題だな」と獅子谷くんは言った。
「小鹿くーん、ちょっとこっち向いて」などと教室で声をかけてくる女子生徒がいたりした。
「あ、うん。なに?」
「いや、特に用はないの。きらりが小鹿くんの顔がすごく整っていて、カワイイっていうから、正面から見てみたくて」
「い、いや、僕の顔は整ってないよ。か、カワイくもない」
「……きらりの言うとおりだわ。カワイイ! すんごくいい顔。背が低いのが惜しいけど、それがむしろ好ポイントかも」
「え? え?」
「きらりの彼氏じゃなかったら、連れ歩きたい。やられたあ。うちのクラスでいちばんいいじゃん!」
僕に話しかけてくる女子は意外なことに少なくなかった。
ときどき綿丘さんが「小鹿くんにちょっかい出すなー」と怒っていた。
家に帰ると、リビングにすみれがいることが多かった。
彼女は僕と綿丘さんのことを聞きたがった。
「まだあの巨乳とつきあってるの?」
「つきあってるよ」
「どこがいいの、あんな胸だけの子?」
「綿丘さんの魅力は胸だけじゃないよ。やさしいし、よく話しかけてくれるし、僕に触ってくれて、甘い匂いがするんだ」
「くは~っ、のろけは聞きたくない!」
「すみれが訊くからだよ。聞きたくないなら、話さない」
すみれは不機嫌そうな顔をして、苦そうにお茶を飲む。
しばらくするとまた訊いてくるのだ。
「巨乳ってどうなの?」
「どうって言われてもなあ」
「正直に言ってよ。あのでかい胸をどう思っているの?」
「どう言えばいいんだろう。脳がとろけるね、正直に言うと」
「脳がとろけるの?」
「とろける。めろめろになる。あれに触れると、他のことは考えられなくなる」
すみれは悔しそうな顔になり、涙をにじませる。
そして「カナタのバカ~っ」と叫びながら家を出ていくのが常だった。
僕と綿丘さんは日に日に親しさを増していった。
ゴールデンウィークが近づいていた。
うららかな昼休み、屋上でふたりきりでお弁当を食べているとき、彼女は言った。
「休みの日にデートしようよ」
「うん、いいね。綿丘さんとデートしたい」
僕はあまりどもらずに彼女と話せるようになっていた。
緊張せずに接することができるようになってきたのだ。
ふたりでいることに慣れた。気を許せる。
「どこか行きたいところはある?」
「すぐには思いつかないなあ。綿丘さんの行きたいところは?」
「わたしのお母さんの趣味は山登りで、たまに連れていってもらうんだ。割と楽に歩けて、綺麗な景色が見られるコースがあるんだけど、行ってみない?」
「行きたい」
そんなやりとりがあって、僕らは山デートに行くことになった。