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第13話 巨乳との日常

 プールで一緒に練習し、綿丘さんは息継ぎができるようになった。

 それがあって、僕と彼女の距離はさらに縮まったと思う。

 1年1組の教室でも、彼女が僕に微笑みかけたり、話しかけてくれることが増えた。

 僕の肩を軽く叩いたり、腕に触れたりといったボディタッチの頻度もあがった。


「ねえ小鹿くん、数学の問題がわからないの。教えて?」

「ぼ、僕も数学は得意じゃないけど……どの問題?」

「これ!」

「……うーん、えーっと……これは式を展開して、こう、こう、こうすれば解けるよ」

「すっごーい。小鹿くん、頭いいね!」


「ねえ小鹿くん、昨日の夜はなにしてたの?」

「あ、アニメを見てたよ」

「なんてアニメ?」

「あ、あの、ちょ、ちょ、ちょっと女の子には言いにくいタイトルなんだけど、『俺は巨乳を愛してる』っていうアニメだよ」

「素敵なタイトルだと思うよ?」


「ねえ小鹿くん、綿丘さんって言って」

「わ、綿丘さん」

「好きって言って」

「す、好き」

「きゃ~っ、綿丘さん好きって言われちゃった!」


 そんな感じだ。

 高山くんはあきれていた。


「おまえら、カップルとして完成されてきたな。もう完全にバカップルだよ」

「そ、そう思う?」

「それ以外のなにものでもねえだろ」

「そ、そうだよね……」


 彼はなまあたたかい目で僕を見ながら、軽く舌打ちをした。


「正直、うらやましいよ」

「えっ?」

「俺もあんなカノジョが欲しい……」


 高山くんはそう言った。

 本音だと思う。


 綿丘さんは人目もはばからず、僕に好意を見せてくれる。

 教室の中で僕の腕にしがみついたりする。

 女友達に「小鹿くんが好きなの。彼はとってもよい人よ」と言ったりする。

 それは気持ちのいいことだった。


 綿丘さんがそんな態度なので、僕は男のクラスメイトから嫉妬されたり、女の子たちから距離を取られたりするのではないかと思った。

 クラスの中で孤立するかもしれないと怖れた。

 でも全然そんなことはなかった。

 むしろ逆だった。


「小鹿、綿丘さんの胸の感触、どんな感じ?」などと男子生徒は話しかけてくる。

「ふ、ふわふわのやわやわだよ」

「おお、やっぱりそうなのか」

「彼女、明らかに意識しておまえに押しつけてるだろ」

「そ、そうなのかな?」

「そうなのかな、じゃねえよ。く~、ちくしょう、あやかりてえ」


 僕が反応に困って黙ると、獅子谷くんという男子は「避妊はしろよ、ウハハハハ」と高笑いをして、僕の背中をばんばんと叩いた。

 高山くん以外にも親しく話せる友達ができた。獅子谷くんだ。

 僕と高山くんと獅子谷くんはつるんで、学校帰りにハンバーガーを食べたりするようになった。

 バーガーショップで恋バナやエロい話やたわいもない話をした。

 僕はよくいじられたが、悪い感じのするものではなかった。

 高山くんも獅子谷くんもさっぱりした性格だった。

 彼らと何回か話して、高山くんは童貞で、獅子谷くんは経験済みだということがわかった。

 僕も童貞だと伝えると、「嘘だろ。あれだけイチャイチャしてて、まだしてねえのかよ」と高山くんは言い、「時間の問題だな」と獅子谷くんは言った。


「小鹿くーん、ちょっとこっち向いて」などと教室で声をかけてくる女子生徒がいたりした。

「あ、うん。なに?」

「いや、特に用はないの。きらりが小鹿くんの顔がすごく整っていて、カワイイっていうから、正面から見てみたくて」

「い、いや、僕の顔は整ってないよ。か、カワイくもない」

「……きらりの言うとおりだわ。カワイイ! すんごくいい顔。背が低いのが惜しいけど、それがむしろ好ポイントかも」

「え? え?」

「きらりの彼氏じゃなかったら、連れ歩きたい。やられたあ。うちのクラスでいちばんいいじゃん!」


 僕に話しかけてくる女子は意外なことに少なくなかった。

 ときどき綿丘さんが「小鹿くんにちょっかい出すなー」と怒っていた。


 家に帰ると、リビングにすみれがいることが多かった。

 彼女は僕と綿丘さんのことを聞きたがった。


「まだあの巨乳とつきあってるの?」

「つきあってるよ」

「どこがいいの、あんな胸だけの子?」

「綿丘さんの魅力は胸だけじゃないよ。やさしいし、よく話しかけてくれるし、僕に触ってくれて、甘い匂いがするんだ」

「くは~っ、のろけは聞きたくない!」

「すみれが訊くからだよ。聞きたくないなら、話さない」


 すみれは不機嫌そうな顔をして、苦そうにお茶を飲む。

 しばらくするとまた訊いてくるのだ。


「巨乳ってどうなの?」

「どうって言われてもなあ」

「正直に言ってよ。あのでかい胸をどう思っているの?」

「どう言えばいいんだろう。脳がとろけるね、正直に言うと」

「脳がとろけるの?」

「とろける。めろめろになる。あれに触れると、他のことは考えられなくなる」


 すみれは悔しそうな顔になり、涙をにじませる。

 そして「カナタのバカ~っ」と叫びながら家を出ていくのが常だった。


 僕と綿丘さんは日に日に親しさを増していった。

 ゴールデンウィークが近づいていた。

 うららかな昼休み、屋上でふたりきりでお弁当を食べているとき、彼女は言った。


「休みの日にデートしようよ」

「うん、いいね。綿丘さんとデートしたい」


 僕はあまりどもらずに彼女と話せるようになっていた。

 緊張せずに接することができるようになってきたのだ。

 ふたりでいることに慣れた。気を許せる。


「どこか行きたいところはある?」

「すぐには思いつかないなあ。綿丘さんの行きたいところは?」

「わたしのお母さんの趣味は山登りで、たまに連れていってもらうんだ。割と楽に歩けて、綺麗な景色が見られるコースがあるんだけど、行ってみない?」

「行きたい」


 そんなやりとりがあって、僕らは山デートに行くことになった。

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