最初に寿限無さんが現れた。
彼女はシャワー室からぴょこんと顔だけ出して、僕の方を見た。
そして、「い・く・よ」と言って、プールサイドをしゃなりしゃなりと歩いてきた。
寿限無さんは黒いドット柄がプリントされた淡いピンクのビキニを着ていた。
可愛くてセクシーな水着。
小柄でキュートな彼女によく似合っている。
まごうことなき美少女、寿限無さんがおしゃれな水着姿になって、ゆったりとやってくる。
健康的な肌の色が僕の目を刺激した。
手足はすらりと長い。
おへそは縦長に窪んでいた。
僕はストレッチをやめ、息をするのも忘れて見つめてしまった。
彼女は両手を後頭部にやり、しなをつくって、僕の前で立ち止まった。
「どう?」
彼女の胸はハリがあって、綺麗なふたつの半球形を描いていた。
大きすぎることも小さすぎることもなかった。ちょうどよい大きさと言うしかない。
「きらりと比べてもらうんだから、しっかりと見てよね」
「は、はい」
「美乳でしょ?」
「び、美乳ですね……」
寿限無さんのカラダは出るところが出て、引っ込むところは引っ込み、絶妙なバランスを取っていた。
頭のてっぺんからつま先まで、完璧に計算してつくられた彫像のような肉体だった。
美乳とはただ単に胸の形がよいということではなく、全体の中でいかに美しくおさまっているかということなのかもしれない。
スタイルがよいとは、彼女のためにある言葉のように思えた。
ふと視線を感じて振り向くと、小麦色に日焼けした若い男性監視員が、寿限無さんに目を奪われていた。
彼女は半回転して僕に背中と丸いお尻を見せ、「後ろ姿だって悪くないでしょ?」と言った。
僕はこくりとうなずいて、「綺麗です」と答えた。
彼女は満足そうに微笑んでから、ふと僕のお腹のあたりに目を止めた。
「あれ? 小鹿くんも綺麗だね……」
「ぼ、僕なんかが綺麗なはずはないですよ」
「ううん。すごく締まってていいカラダだよ。腹筋割れてるじゃん」
僕が寿限無さんを見つめているように、彼女も僕を食い入るように見た。
「小鹿くん、なにかスポーツやってる?」
「部活とかはやってないです。で、でも運動をするのは好きで、毎朝ランニングをして、筋トレやストレッチも欠かしません」
「そっかあ。それで鍛えられたカラダをしてるんだね。うーん、いや、びっくりした。眼福だね……」
寿限無さんは遠慮のない視線で僕をじっくりと観察した。
やめてほしい……。
「きらりのやつ、男の子に対する審美眼が半端ない。童顔でカワイくて細マッチョとか、あり得ないでしょ。まいったまいった……」
ぶつぶつとつぶやきながら、寿限無さんは更衣室の方へ戻っていった。
かわって綿丘さんが登場した。
しずくのような形のふたつの大きな膨らみを白い水着でつつみ、緊張した面持ちで僕がいる方へ向かってくる。
彼女が歩くと、胸が上下にぷるんぷるんと揺れた。
たわわに実ったでっかい果実……。
昨日見てわかってはいたけれど、やっぱりとてつもない破壊力を持つ胸だ。
監視員は目玉をひん剥いて凝視していた。
プールの中にいる男性たちは口をぽかんと開けて、綿丘さんを目で追っている。
女性たちでさえ唖然としていた。
「小鹿くん、見て……」
綿丘さんが恥じらいながら言う。
僕はごくりとつばを飲み込んだ。
「美しい……」と僕は賛美した。
寿限無さんがバランスの美の女神だとしたら、綿丘さんはアンバランスの美の女神だ。
綿丘さんの水着姿をスケッチブックに写し取ったら、デッサンが狂っていると評されるかもしれない。
しかし現実に目の前にいる彼女は、大きすぎる胸を含めてしっかりと立ち、息づいている。
この稀有なスタイルは、つくりものなんかではなく、生身の女の子の姿なのだ。
アンバランスであるがゆえに、奇跡的に美しい。
「わ、綿丘さん、綺麗だよ」
「小鹿くん、うれしい……」
「き、きみより美しい女性はこの世にいないと思う」
「褒めすぎだよ……」
「ちっとも褒めすぎなんかじゃない。僕の正直な気持ちだよ」
「本当?」
「本当だよ。嘘じゃない。き、き、きみはヴィーナスだ」
「ひゃあ、なに言ってんの?」
綿丘さんが照れて僕を突き飛ばし、僕は水しぶきをあげてプールに転落した。
急に水を飲んでしまって、一瞬溺れそうになった。
僕は懸命にプールの縁をつかんで水面の上に顔をあげ、ごほごほっと咳き込んだ。
「ごめんね、小鹿くん」
「だ、大丈夫だよ」
綿丘さんが手を伸ばして、僕を引っ張りあげてくれた。
プールサイドには寿限無さんが戻っていた。
ガラス越しに差し込む陽光が、ふたりの美女を照らしている。
眩しくて、僕は手のひらを額の上にかざした。
寿限無さんが口を開いた。
「さて、結果発表の時間よ。私の美乳ときらりの巨乳、どちらの方がより綺麗?」
僕の中で答えは決まっていたが、どう伝えるべきか少し迷った。
「じゅ、寿限無さんは綺麗な人だと思います。む、胸もとても形がよくて、文句のつけようがありません……」
「わかってるよ。でも私が知りたいのは、きらりと比べてどうかってことなの」
「あ、あくまでも僕の主観ですが、僕がより綺麗だと思うのは、綿丘さんです。ごめんなさい」
綿丘さんの顔がぱっと輝き、寿限無さんはあーあとつぶやいた。
「こいつの彼氏に訊いたのがまちがいだった。この企画、失敗だったわ……」
「むふふ、完全勝利」
「勝ち誇らないで。小鹿くんはあんたの色香に惑わされているだけよ。客観的に見てもらったら、私の方が勝つに決まってるんだから」
美しいかどうかを客観的に決めるなんて、可能なのだろうかと僕は思った。
美は主観的にしか判定できないもののような気がする。
「小鹿くん、今日は帰るわ。今度私ともデートしてね」
「彼を誘惑しないで! 金属バットで頭を叩き割るわよ!」
「怖……お邪魔虫は退散するわ」
ピンク地に黒いピンドットの水着を着た美少女は、じゃあねと言って去っていった。
乳房対決は終わり、プールサイドには僕と綿丘さんが残った。