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第10話 プール

 日曜日の待ち合わせは午前10時、ターミナル駅西口のペデストリアンデッキにある飛翔という名のモニュメントの前。

 寿限無さんがそう決めて、チャットアプリで連絡してきた。

 また綿丘さんを待たせるのは嫌だったので、僕は約束の1時間15分前にそこに着いた。さいわい彼女はまだいなかった。

 けれど寿限無さんはすでにいた。驚愕の早さ。僕はびっくりした。


「やっほー、小鹿くん、早いねえ」

「お、おはようございます。じゅ、寿限無さんも早いですね」

「私が企画した水着勝負だからね。きみたちを待たせるわけにはいかないじゃん」

「い、いつから待ってるんですか?」

「ほんの5分前だよ」

 そう言って、寿限無さんはにまっと笑った。


 彼女の髪型は今日もツーサイドアップ。

 黒いリボンがついたくすんだピンクのブラウスと黒いミニスカートを着て、厚底の黒いシューズを履いていた。 


「私の私服どう? 可愛い?」

「あ、はい。可愛いです」 

「ありがとう! 小鹿くんもカワイイよ!」

「お、男はカワイイって言われてもうれしくないんですよ」

「そうかなあ。男女問わず、可愛いは正義だと思うけどな」


 寿限無さんは僕の周りをくるりと回った。

 僕は青いカーディガンと白いパンツという格好だ。


「うん。やっぱり小鹿くんはカワイイ。ねえ、私とつきあわない?」

 寿限無さんは実に軽く、そんなことを言った。

「だ、だめですよ。僕はもう綿丘さんとつきあっているんです」

「そんなこと言わないでさあ。私に乗り替えなよ。私、いっぱい尽くすよ!」


 そのとき綿丘さんが現れて、寿限無さんの頭をチョップした。

「いてっ」

「小鹿くんにちょっかい出すなって言ったでしょ?」

「ごめんごめん。冗談だよ」

「わたしから小鹿くんを取ったら、コンクリート詰めにして東京湾に沈めてやるから」

「怖……」

 寿限無さんが震え、僕も僕のカノジョがちょっと怖くなった。


「私をビビらせようって作戦ね。水着対決では絶対に負けないから」

「まあせいぜいがんばってね」

 寿限無さんが勢い込み、綿丘さんはふふんと笑った。

「行こう。勝負の場所は運動公園のプールよ」


 寿限無さんが先頭に立って歩き、ペデストリアンデッキから階段を下りて、バス停へ行った。

 運動公園は駅から少し離れていて、しばらくバスに乗った先にある。

 綿丘さんも約束よりかなり早くやってきたので、9時10分発のバスに乗ることができた。

 僕たちは最後尾の席に3人並んで座った。僕は真ん中で綿丘さんと寿限無さんに挟まれた。

 バスは空いていて、僕らの他にはスーツ姿の中年男性と赤ちゃんを抱っこした女の人が乗っているだけだった。


「プールなんて中学の授業以来よ」

「きらりは泳げないんだっけ?」

「少しは泳げるわよ。息継ぎができないだけ」

「どうして泳ぎが苦手なのかしら。おっきな浮袋がふたつもついているのにね」

「乳房は浮袋じゃないわよ」

「おっぱい浮くでしょ?」

「そりゃあ浮くけどさ」


 綿丘さんと寿限無さんは意外と仲がよくて、ぽんぽんと会話のキャッチボールをした。


「そのでかいおっぱいちょっと触らせてもらっていい?」

「これに触れていいのは小鹿くんだけ」

「いいなあ小鹿くんは。昨日はデートだったんでしょ。揉みまくったの?」


 僕は赤面するばかりで黙っていた。

 スーツを着た男性がぎょっとしてこちらを向いた。

 信号待ちをしていた運転手はバックミラーを見た。鏡で僕と目が合った。


「公共交通機関の中で下品なことを言わないで。ミチルの飲み物にふぐ毒を混ぜるわよ」

「怖……ふぐ毒持ってるの?」

「つねにポケットにしのばせているわ。テトロドトキシン。青酸カリの1000倍の猛毒よ」


 寿限無さんが震えあがり、僕はくすくすと笑った。

 ふたりは子猫のようにじゃれあっているだけなのだ。

 それがなんとなくわかってきた。


 運動公園前でバスを降りた。 

 公園の周りには桜の樹が植わっている。

 野球場、サッカー場、テニスコートなどが整備されていて、僕たちの目当ての温水プールもある。

 公営のプールで入場料は格安だ。


 自動販売機で入場チケットを買い、温水プールがある建物の中に入る。

 更衣室はもちろん男女別になっていて、女の子たちといったん別れる。

 僕は服を脱いでロッカーに放り込み、濃紺のハーフパンツタイプの水着を穿いた。 

 自動で水が出るシャワー室を通り、屋内プールへ行く。


 そこで「明るい……!」と僕はつぶやいた。


 運動公園プールは全面ガラス張りの建物の中にあり、太陽の光が差し込み、開放的な雰囲気だった。

 25メートルプールが浮きロープで7コースに分けられている。 

 ウォーターパークではないから流れるプールやウォータースライダーなどはないが、混雑していなくて、水泳をするには申し分ない環境だ。

 監視員が金属製の階段がついた監視台に乗って、プールを見守っている。


 僕はプールサイドでストレッチをしながら、綿丘さんと寿限無さんが来るのを待った。

 水の中では数人の男女が真剣に泳いでいる。きちんとした競泳用の水着を着ている人がほとんどだった。

 僕は昨日水着売り場で見た綿丘さんの白いビキニ姿を思い出した。

 もしかしたら彼女は、ここでは場ちがいな存在となるかもしれない。

 破壊力抜群の巨乳。

 すさまじく目立つだろうな……。

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