綿丘さんと店員さんが相談し合って、セクシーな水着を選んでいる。
僕はこんなところにいていいのだろうか。
なんだかいたたまれない。
でも、僕は彼女の水着姿をもっと見たいとも思っている。
綿丘さんから目が離せない。
「この黒のモノキニはいかがでしょうか」
店員さんが水着を差し出すと、「ありがとうございます」と言って、綿丘さんは受け取った。彼女は礼儀正しかった。
「試着するから、待っててね」
綿丘さんが僕に微笑みかけてくれた。
僕はうなずいた。
店から逃げ出したいような心躍るような相反する気持ちが同時に胸の内にある。
カーテンが開いて、綿丘さんが姿を現した。
黒いワンピースの水着で、ウエスト部分が大きくカットされて肌が露出している。
大人っぽくて、カッコよくて、なかなかにエロい水着だった。
僕は見惚れるしかなかった。
漆黒の水着が、彼女の肌の白さを際立たせている。
「どう?」
「き、綺麗だよ。似合ってる」
「さっきの白と比べてどっちがいいかな?」
「わ、わからないよ。白も黒も素敵だと思う」
「そっか。でもどちらがいいかきちんと考えておいてね。わたし、小鹿くんがいちばんいいって言った水着を買うつもりだから」
「ええ~っ?」
僕は困惑した。
自分が気に入ったものを買えばいいのに……。
けれどうれしい気持ちもまちがいなくあって、ドキドキした。
「このピンクのクリスクロスビキニはいかがですか?」
「試着させてください」
綿丘さんはまた水着を着替えて、僕に披露してくれた。
派手なショッキングピンクの水着で、首の下とバストの下で布地が交差したデザインだった。
クロスしている部分が妙に色っぽくて、彼女の肉感を強調している。
頭がくらくらした。
また鼻血が出てしまいそうだ。
「これはどうかな?」
「い、いいと思う。綿丘さんはすごい美人だから、なにを着ても似合うね」
「ひゃあ、お世辞は言わなくていいよ」
綿丘さんは照れながら喜んだ。
僕の言葉はお世辞なんかではなく、まったくの素直な感想だった。
彼女はまた女性店員と相談を始めた。
「これはどうです?」
「うーん、もうちょっと別のタイプはないですか?」
「ではこれなんていかがでしょう? 着るのはちょっと勇気がいるかもしれませんが、彼氏さんは喜んでくれると思いますよ」
「うわ……それすごいですね。どうしようかなあ」
「ごめんなさい。調子に乗りすぎました。これはないですよね」
そんな会話を交わしている。
いったいどんな水着を選んでいるのだろう。
綿丘さんは僕の顔を見ながら、しばらく迷っていた。
「いや、それでいいです。試着してみます」
彼女は顔を紅潮させて、ベージュのカーテンを開け、小部屋の中に入った。
しばらくしてから、「小鹿くん、中に入ってきて」という声が聞こえた。
「え? ぼ、僕も試着室に入るの?」
「うん。この水着はちょっと恥ずかしくて、小鹿くん以外には見せたくないの。このお店、わたしたちの他にもお客さんがいるじゃない? だから……」
「わ、わかった」
僕は靴を脱いで、試着室に入った。
狭いところでふたりきりになって僕が見たのは、圧倒的な白い肌。
綿丘さんが身につけているのは、ただのひものようなシロモノだった。
黄緑色のひも。
乳房の頂点あたりと股間の絶対に隠さなくてはいけない部分だけに、申し訳程度にごくわずかな布があった。
「マイクロビキニ。店員さんにすすめられて着てみたんだけど、どう、かな……?」
綿丘さんが恥ずかしそうに上目遣いで僕を見る。
彼女はほとんどハダカみたいな状態だった。
もしかしたら裸体よりも刺激的な格好かもしれない。
胸の谷間に汗が一滴浮かんでいた。
「ご、ごめん。最高だけど、目の毒だよっ!」
再び鼻の奥の毛細血管が切れて、僕は血が流れ落ちないように押さえながら試着室から逃げ出した。
鼻の穴にティッシュを突っ込んで、口で深呼吸。
スーハー、スーハー。
落ち着け。
あのひもについて考えてはいけない。
目をつむって、大自然を想像しよう。
けがれのない白い砂浜、穏やかに凪いでいる大海原。
空にはカモメが飛んでいる。
ふう、少し落ち着いてきた。
海はいいなあ……。
脳裏の風景に人物が登場してきた。
僕は砂浜に座っていて、隣に綿丘さんがいる。
彼女が着ているのは、黄緑色のマイクロビキニで……。
ああっ、それを考えちゃだめだっ!
と思うのだけど、眩しい姿態が繰り返し脳内に浮かんできてしまうのだった。
何分か経ってようやく鼻血が止まり、僕はティッシュを抜き取った。
「ごめんね、小鹿くん。鼻血止まった?」
呼びかけられて、僕は振り返った。
綿丘さんが心配そうに僕を見ている。
彼女はもう水着ではなく、白のニットを着て、黒いスカートを穿いていた。
「もう大丈夫だよ」と僕は言った。
「で、どう? どれがいちばんよかった?」
「そ、そうだね……」
僕は首を傾げて考えた。
直感に従おう。
「どの水着も似合っていたけれど、どれかひとつを選ぶなら、最初の白いやつかな」
綿丘さんはにっこりと笑った。
「じゃあ買ってくるね」
彼女は白いビキニを手に取ってレジへ行き、支払いをした。
その後、僕たちは街をぶらつき、綿丘さんおすすめのラーメン屋さんへ行って、濃厚な煮干しラーメンを食べた。
「す、すごく濃い煮干しスープだね」
「食べられる?」
「美味しいよ」
「それはよかった」
彼女は豪快に麺をすすり、僕はゆっくりと味わって食べた。
店を出て駅へ向かいながら、綿丘さんとおしゃべりした。
「明日のプール、楽しみだね」
「そ、そうだね」
「でもミチルが邪魔だなあ。小鹿くんとふたりきりだったらいいのに」
「ま、まあ、寿限無さんのおかげでプールに行けることになったわけだし、仲よくやろうよ」
「それもそうだね。小鹿くんはやさしいなあ」
僕は特別にやさしいわけではない。
ふつうだ。
綿丘さんが街を歩くと、多くの男たちが振り返って彼女を見る。
露骨に彼女の胸を凝視する男の人もいる。
隣を歩く僕を不思議そうに眺める人もいた。
僕では彼女に釣り合わないと思われているのかもしれない。
でも僕はうつむかず、前を向いて歩いた。
綿丘さんは僕が選んだ白い水着が入ったトートバッグを持っている。
彼女にふさわしい男になりたい。