「プールは行ったっていいけど、わたしと小鹿くんのふたりでかな。ミチルと一緒なんて論外」
「あれ~、怖いの? 逃げるの? それじゃあ私の不戦勝ね。やっぱり巨乳は美乳にはかなわないのよ」
「あんたなんかに負けやしないわ」
「じゃあ勝負しようよ。ふたりの水着姿を小鹿くんに見てもらって、どっちが綺麗か決めてもらおう。まあ私の美乳が彼を悩殺して決まりだろうけど」
「小鹿くんを悩殺するのはわたしよ!」
というようなやりとりがあって、今度の日曜日に3人で温水プールに行くことになった。
綿丘さん、煽り耐性が弱すぎるよ。
その日家に帰ると、リビングにすみれがいて、お母さんとお茶を飲んでいた。
うちの家とすみれの家は家族ぐるみのつきあいで、こういうことはめずらしくない。
すみれは僕を見て、「おかえり」と言った。
母は僕とすみれを交互に見て、うふっと笑った。
「私は買い物に行ってくるわね。ふたりでゆっくりおしゃべりでもしてなさい」
母は僕とすみれが早くくっつかないかと期待しているようなふしがある。
僕はカノジョができたことを両親には言っていない。そんなことを言うのは照れくさい。
母はそそくさと外出していった。
自分の分のお茶を淹れて、すみれの対面に座った。
彼女とはつきあいが長く、ほとんどどもらずに話すことができる。
気の置けない仲で、なんでも伝え合う。
すみれが僕に告白した後でも、僕たちは気まずくはならなかった。
「あの巨乳の子と仲よくやってるの?」
「うん。日曜日にプールに行くことになったよ」
「プール?」
「なんだかなりゆきでね。3組の寿限無ミチルさんという女の子と綿丘さんが張り合って、水着対決をすることになったんだ」
「なんなの、水着対決って?」
すみれの眉間にしわが寄った。
僕は彼女の機嫌を損ねたことを悟ったが、いまさら話題を変えることはできなかった。
剣呑な目つきで話のつづきを待っているすみれに、正直にすべてを明かした。
「寿限無さんが美乳は至高だと言って、綿丘さんを煽ったんだ。それで綿丘さんと寿限無さんのどちらがより綺麗か、水着を着て争うことになった。巨乳と美乳の対決ってことらしい」
「は? ふたりともバカじゃないの?」
「僕もアホらしい勝負だなと思わないこともないけれど、とにかくプールに行くことは決定だよ」
「それでどっちが綺麗か、どうやって決めるのよ?」
「僕が……」
僕は少し言い淀んだ。すみれの表情は鬼女のようになっていた。
「僕が判定する……」
「バカが3人いる……」
すみれはガクガクと身体を震わせた。
「カナタのバカぁ!」
彼女は目に涙をためて走り去った。
巨乳と美乳のどちらがより綺麗なのか、僕にはわからない。
でも貧乳が勝つのはむずかしいだろう。
すみれには悪い話をしてしまったな、と思って僕は少し後悔した。
すみれには悪いけれど、彼女の好意に応えることはできない。
僕は初めてできたカノジョに心を奪われている。
綿丘さんが好きだ。
彼女のストレートな人となりが好きなのか、あの美貌と巨乳にまいってしまったのか、どちらかはわからない。
たぶん両方だろう。
綿丘さんのすべてがいい。
あんなに甘くて綺麗な人から迫られて、好きにならずにいられる男子高校生なんてきっといない。
綿丘さんと校舎の屋上でお昼ごはんを食べることが習慣化している。
「土曜日に水着を買いに行きたいの」と屋上で彼女は言った。
にっこり笑って、「つきあってよ」と誘われた。
土曜日は空いている。
美しいカノジョと買い物デート。
デートなんて初めてで緊張するが、もちろん行くしかない。
綿丘さんからの誘いを断るという選択肢はない。
ーーそして訪れた土曜日。
午前11時にターミナル駅の中央改札で待ち合わせということになっていた。
綿丘さんを待たせるわけにはいかない。
僕は10時30分に待ち合わせ場所に到着した。
改札を出たところに、まめの木と呼ばれる待ち合わせスポットがある。
ジャックと豆の木を連想させるらせん状のモニュメントがそびえている。
その前に立って彼女を待とうとしたら、「おはよう、小鹿くん」と呼びかけられた。
綿丘さんだった。
彼女は僕よりも早く着いていたのだ。
「お、おはよう、綿丘さん。待った?」
「ううん、全然待ってないよ。ほんの30分だけ」
綿丘さんは明るい笑顔で答えた。
ということは、彼女は10時には来ていたのだ。
いくらなんでも早すぎない?
次に待ち合わせをすることがあったら、遅くとも1時間前には着いていようと僕は決意した。
綿丘さんは上品な白のハイネックニットとサイドにスリットが入った黒いスカートを着て、黒のブーツを履いていた。
ニットは彼女のカラダのラインを美しく浮かびあがせている。
大きく盛りあがるふたつの半球を見て、僕は息を飲んだ。
「綺麗だ……」
僕は思わずつぶやいた。
お世辞とかデートする相手に対する礼儀とかではない。
本当に心から綺麗だと思ったのだ。
そう思っているのはおそらく僕だけではない。
まめの木の周辺にいる男性は、みんな綿丘さんに目を奪われていた。
「ありがとう」
綿丘さんは長いまつげを伏せて、恥ずかしそうに微笑んだ。
なんだこの可愛い生き物……。
僕の胸はドキドキと高鳴った。
こんなに美しい女の子と僕は水着を買いに行こうとしているのだ。
これは現実なのか?
夢じゃないのか?
僕はまたそんなことを考えた。高校入学後、何度そう思ったかわからない。
僕たちは駅ビルの中のチェーンのカフェに入り、軽く昼食を済ませた。
僕はハムとチーズのサンドイッチとホットコーヒー、綿丘さんは抹茶ドーナツとアイスティー。
「ちゃんとしたごはんは水着を買った後で食べようね。美味しいラーメン屋さんを知ってるんだ」
「ほ、本当にラーメン好きだね、綿丘さん」
「小鹿くんはラーメン嫌い?」
「い、いや、好きだよ。ラーメンは大好きだ」
「ラーメンの食べ歩きしようね。一緒にいっぱい食べよう」
「うん」
めちゃくちゃ綺麗なカノジョとラーメンの食べ歩きをする。
それはとても素敵なことのように思えた。
僕たちは駅前にある大型の商業ビルに入った。
ファッションや雑貨の店舗がたくさんあって、水着も売っている。
人生初のデートが巨乳のカノジョとの水着ショッピング。
僕にはふつうのデートがどういうものなのかよくわからないが、これがかなりレアであることはまちがいない。
綿丘さんが水着売り場に入っていく。
僕はその後についていく。
澄ました顔をしていた女性の店員が、綿丘さんの巨大な胸の膨らみを見て、驚愕の表情になった。
綿丘さんはまっしぐらにビキニのコーナーへ行き、セクシーな水着を物色し始めた。
白と水色のビキニを持って、「どっちが似合うかな?」なんて僕に訊く。
彼女がビキニを着ているところを想像して、僕は赤面した。
こ、これは初心者には高度すぎるデートではないだろうか?
僕はいまさらながらに痛感した。