昼休みになった。
僕が自分の席でお弁当を食べようとしていると、綿丘さんがやってきた。
「小鹿くん、一緒に食べよう?」
「う、うん」
「ふたりきりで食べたいな。屋上へ行こうよ」
「ふ、ふたりきり? い、いいけど……」
可愛い声で誘ってくれて、正直言ってとてもうれしい。
でも周囲の目が痛かったりする。
クラスメイトの男子たちは殺気を込めた視線を投げかけてくるし、女子たちは好奇心をあらわにして僕たちを見ている。
彼女が歩くと、柔らかくてとびきり大きな胸がぷるんと揺れる。
屋上へ行くと、爽やかな春の風が吹いていた。
そこには誰もいない。僕たちふたりきりだ。
コンクリートの床にぺたっと座り、綿丘さんは僕に笑いかけてくれた。
ぱっちりとした大きくてつぶらな目。厚みのある桜色の唇。
彼女は本当に美人で色っぽい。
見惚れて、巨乳にも目が行ってしまう。それは不可抗力だ。
僕たちはお弁当を食べ始めた。
彼女は積極的に話しかけてくれた。
僕の卵焼きに興味を示したので、どうぞと言って進呈した。
「小鹿くんの卵焼き、甘くて美味しいね」
「お、お母さんがつくってくれたんだ」
「小鹿くんのお母さん、料理上手なのね。いいなあ。絶対にかなわないけれど、わたしの卵焼きも食べてみない?」
「う、うん。じゃあもらおうかな」
「あーん」
綿丘さんは箸で卵焼きをつまんで、僕の口の前に運んだ。
「ちょ、ちょっと恥ずかしいよ」
「誰も見てないよ。あーん」
「あーん……。あ、美味しい。出汁巻き卵だね」
「わたしが自分でつくったんだよ」
「わ、わ、綿丘さんの手づくり? すごく美味しいよ!」
「ありがとう」
「あたしが見てるんだけど」
背後から声がして、振り返るとすみれが立っていた。
「あなたたち、なにやってるの? 学校でイチャイチャしないで!」
「ストーカーがいた……」
「ストーカーじゃない! ふたりが屋上へ行くのを見かけたから、気になってついてきただけ」
「それ、ストーカー以外の何者でもないから。わたしたちふたりの時間を邪魔しないで」
「あたしのカナタを取らないで!」
また綿丘さんとすみれが言い争いを始めてしまった。
綿丘さんはすり寄ってきて、僕の左腕にしがみついた。
ふよよ~んと当たっている。
くらくらしてしまう甘美な感触……。
すみれが対抗して、僕の右腕に抱きついてきた。
そちらも胸が当たっているはずだが、ソフトな感触は極めて乏しい。
すみれは貧乳なのだ。
女の子らしい柔らかさはもちろん多少はあるのだが、綿丘さんと比べると雲泥の差だ……。
「小鹿くんはわたしのものよ」
「色香だけで誘惑しないで!」
「色香だけじゃないけど、そういうのも大切よ。男女は惹かれ合い、いずれ肉体の関係を持つ。お互いのカラダに興味があるのは自然なことだわ」
「にっ、肉体の関係?」
「わたしと小鹿くんは恋人同士だもの。そのうちにそういう関係になると思う。いいよね、小鹿くん?」
「あ、は、はい。わ、わ、綿丘さんさえよければ……」
僕はそう答えてしまった。
巨乳美少女から誘惑されて、断われる男子高校生はいないと思う。
「うぐ……巨乳が憎い……」
「貧乳でも需要はあると思うわよ。あなたけっこう可愛い顔してるもん。小鹿くん以外を当たってね」
「どうしてカナタなの? あなたくらい綺麗なら、よりどりみどりなんじゃないの? あたしにはカナタしかいないの! 小学生のときから好きだったのよ。あたしに譲ってよ!」
すみれは悲痛な表情でそう言った。
そんなに僕を好きだったの?
ずっとさっぱりしたつきあいだったからわからなかったよ。
「遅かったわね。小鹿くんは渡さない。あなたがぐずぐずしてたから悪いのよ」
「なんでカナタなのよ?」
「わたしは童顔でちっちゃい男の子が大好きなの。小鹿くんはどストライク。こんなに好みの男の子は他にいないわ」
「要するにルックスなの?」
「初めはそうだった。いまは内面も好きよ。内気でおとなしいけれど、芯はしっかりしているところ。他人を思いやれるやさしいところ。わたしの料理を素直に褒めてくれるところ」
「当たっているけど! カナタはしっかりした男の子でやさしくて素直だけど! あなたに言われるとムカツクーっ! あたしの方がカナタのいいところ百万倍も知ってるもん!」
「百万倍は知らないでしょ」
「それだけ大好きだって比喩なんだってば! とにかくカナタから離れてーっ!」
「イヤ」
綿丘さんは僕の腕にさらに強く巨乳を押しつけてきた。
「うぎゃーっ、くそ~、あたしはあきらめないからな~」
すみれは号泣して、嵐のように屋上から走り去った。
「楽しい幼馴染さんね。ストーカーされるのは困るけど」
「い、いい子なんだよ」
「そうでしょうね。あの子からは小鹿くんへの純粋な好意を感じるわ」
「ほ、本当に僕のことを好きだったなんて……」
「小鹿くんの恋人はわたしよ。いまさらあの子のところへは行かないでね」
「うん……」
すみれは大切な幼馴染。
綿丘さんは「小鹿くんの全肯定カノジョになりたい」とまで言ってくれた女の子。
どちらも傷つけたくない。
「わたしもあの子も、ふたりとも傷つけたくないとか思ってない?」
「ちょっとそんなことを考えた……」
「わかりやすい男の子だなあ、小鹿くん。やさしいね」
「…………」
「でもだめよ。わたしを選んだら、あの子は傷つく。あの子を選んだら、わたしは傷つく。世界はそういうふうにできているの。小鹿くんを好きな女の子が、ふたりともしあわせになることはない」
「わかってるよ……」
綿丘さんは僕の手を取り、彼女の胸へといざなった。
僕の手のひらは柔らかいすいかに触れた。
「揉んでいいのよ」と彼女は言った。
「でもこれを揉みたいなら、あの子のことはあきらめてね」
僕は揉んだ。
柔らかくてふわふわ。
それでいてぽにぽに押し返してくる妙なる弾力……。
こんなもの、拒否できるわけがない。