僕の頭は混乱し、わけがわからなくなっている。
その原因はふたりの女の子だ。
今日初めて会ったばかりの巨大マシュマロ美少女、綿丘きらりさん。彼女が僕を好きだと言う。
長年仲よくしている可愛い幼馴染、草原すみれ。彼女まで僕に衝撃の告白をした。
なにが起こっているんだ?
ドッキリなのか?
冴えない僕を勘ちがいさせて、後で笑おうとしているのか?
いや、すみれがそんな悪質ないたずらをするはずがない。
綿丘さんも僕をきゅっと抱きしめて、切なそうな目をしている。演技とは思えない。
「あの子も小鹿くんが好きなんだね……」
「し、知らなかったです。ぼ、僕とすみれはずっと仲のいい友達で、そうとしか思っていなかったから……」
「でも彼女はきみのことを好きだった」
「そ、そうみたいですね。び、び、びっくりしました」
「わたしもきみが好き。嘘じゃないよ」
「ちょ、ちょっと信じられないです。綿丘さんはものすごい美人だけど、僕なんかなんの取り柄もなくて……」
「自分を卑下するのはやめて」
綿丘さんはまだ僕を抱きしめていて、ぎゅうっと腕に力を込めた。
「小鹿くんは自己肯定感が低すぎる。きみは魅力的な男の子だよ」
彼女の言葉には微塵も迷いがなかった。
その後、僕たちは駅前の商店街でラーメンを食べた。
濃厚な味噌ラーメンで、しゃきしゃきしたもやしが山盛りになっていて、とても美味しかった。
綿丘さんは熱々の麺を豪快にすすって、スープを一滴残らず飲み干した。
気持ちのいい食べっぷりだった。
「わたし、ラーメン大好きなんだ」
そう言って笑う綿丘さんは、天使のように可愛らしかった。
僕と巨乳美少女がカウンターに並んで座ってラーメンを食べている。
現実の出来事とは思えない。
僕は長い夢を見ているのではないだろうか……?
ーー夢ではなかった。
翌朝、僕が1年1組の教室に入ると、綿丘さんが巨乳を揺らして駆け寄ってきた。
「おはよう、小鹿くん」
「お、おはようございます、綿丘さん」
「もう、堅いなあ。同い年で恋人同士なんだから、タメ口でいいよお」
「こ、これ、癖なんです。なんとなく、敬語を使っちゃうんですよね」
「草原さんにはタメ口だったじゃん」
「す、すみれとはつきあいが長いから」
「わたしにもフレンドリーに話してほしいなあ」
「わ、わかりました」
「敬語だめ」
「わ、わかったよ、綿丘さん」
「名前の呼び方も堅いなあ。きらりって呼んでよ」
「う、ちょっとそれはハードルが高いかも……」
「うふっ、じゃあそれはいつかね」
綿丘さんは僕にウインクして、自分の席に戻っていった。
朝っぱらからドキドキした。
綺麗な顔とすいかみたいな胸を持つ美人が僕に親しく話してくれた。
やっぱり夢ではなかったんだ……!
「綿丘さんとずいぶん親しくなったんだな」
同じ中学出身の高山陽介(たかやまようすけ)くんが僕に話しかけてきた。
高山くんは身長180センチの爽やかなイケメンだ。
「は、はい。なんかなりゆきで……」
「恋人同士って言われてたぞ。ホントかよ?」
「ほ、ホントみたいですね。ぼ、僕にも信じられないんですけど……」
「俺にもタメ口でいいぜ、小鹿」
「う、うん。じゃあそうさせてもらうよ、高山くん」
「あの子にいきなり告ったのか?」
「いや、あの、その、僕の方が告白されたんだ……」
「ええーっ、すげえじゃん。あの超絶美人でおっぱいでかい綿丘さんから告られたのかよ?」
がつっ、と高山くんの頭が殴られた。
いつの間にか綿丘さんが近づいていて、ゲンコツで殴ったのだ。
「おっぱいでかいって言わないで。たとえそれが事実でも」
「ごめん、綿丘さん。つい……」
「わたしの胸について語っていいのは小鹿くんだけ」
「小鹿はいいのかよ」
「いいのよ。小鹿くんは彼氏だから、なんでも許されるの」
「すげえな。彼氏のことは全肯定なの?」
「そうよ」
綿丘さんはにやっと笑って、教室の中でぎゅっと僕を抱きしめた。
それを見ていたクラスメイトの女子たちが、きゃーっと騒いだ。
「わたしは小鹿くんの全肯定カノジョになりたい。きみは自己肯定感が低すぎるよ。でもその分、わたしがきみをめいっぱい肯定してあげる。きみのすべてが正しい」
彼女は僕を抱き、巨大なふたつの半球体をくにゅくにゅと押しつけつづけた。
高山くんの口から「くっ、うらやましい……」という言葉が漏れた。
「綿丘さん、小鹿と初対面じゃなかったのか?」
「昨日が初対面よ」
「それなのに、なんでそんなに小鹿のことを信じ切っちゃってるの?」
「女の勘よ」
綿丘さんの言葉には相変わらず迷いがない。
僕の方が戸惑ってしまう。
僕と綿丘さんでは、明らかに釣り合いが取れていない。
言うまでもなく、彼女が上で、僕が下だ。
「小鹿くんは素敵な男の子よ。カワイくてやさしい。高校で知り合えて、同じクラスになれて、わたしはラッキー」
「わ、綿丘さん、勘ちがいしてるよ。僕は気が弱くて、カッコ悪い男だよ」
「わたしの勘ははずれないのよ」
僕という存在に対する僕と綿丘さんの評価が乖離しすぎている。
「綿丘さん、こ、今回ばかりははずれると思う……」
「小鹿くん、自信を持って! 昨日、校門でわたしと草原さんが口論しているとき、きみは冷静に周囲を観察していた。わたしたちを公園へ導いてくれた。きみには広い視野がある!」
「い、いや、それは周りの目が気になっただけというか……」
「謙虚なところもいいなあ。でももうちょっと自分に自信を持っていいと思うよ」
綿丘さんはまだ僕を抱きしめている。
教室中の注目を集めていて、僕は恥ずかしくて仕方がないが、彼女は気にしていないみたいだ。
教室に担任教師の花園芳香(はなぞのよしか)先生が入ってきた。
20代後半くらいの綺麗な女の先生だ。
「うわー、綿丘さんと小鹿くん、仲いいのねえ。先生、妬ましいわあ」
色っぽい声で花園先生は言った。
「教室で抱き合うのはよくないわよお。離れてねえ」
綿丘さんは両腕を僕から離して、自分の席に座った。
彼女のフローラルな残り香が僕の周りに漂っている。
夢を見ているんじゃないか、と思わずにはいられなかった。