ビッチと言われて、綿丘さんの顔がこわばった。
すみれも意地になっているみたいで、強硬な表情を綿丘さんに向けている。
これはマズいよ……。
僕たちがいる場所は明応高校の校門付近だ。
美少女ふたりが声高に言い争って、周囲の注目を集めてしまっている。
生徒たちが僕、綿丘さん、すみれを遠巻きに見つめている。
その人数は十数人で、続々と増えつづけている。
「美人ふたりがけんかしてるぞ」
「新入生かな? すごい巨乳と……もうひとりは気の毒なほど貧乳だな」
「カワイイ男の子もいるね。ちっちゃい。男子の制服を着てなければ、女の子だと思っちゃうかも」
「なんだなんだ、三角関係かあ」
僕たちは好奇の視線を向けられてしまっている。
「ば、場所を変えようよ」
「小鹿くん?」「カナタ?」
「わ、綿丘さん、すみれ、ここは校門だよ? ぼ、僕たち、さらし者みたいになっちゃってる。どこかへ移動しようよ」
僕がそう言って、ふたりともようやく人目を引いてしまっていることに気づいたようだ。
激昂していたすみれも口を閉じた。
僕たちは高校の近くにある公園へ行った。
僕は自動販売機であたたかい缶コーヒーを3つ買い、綿丘さんとすみれに渡した。
「ありがとう」「あったかい」
女の子ふたりはベンチに腰を下ろし、僕はその前に佇んだ。
コーヒーをひと口飲み、綿丘さんはすみれを睨みつけた。
中断していた争いが再開される。
「ビッチとは失礼ね。わたしはビッチじゃない」
「でかい胸でカナタを誘惑したんでしょ? ビッチ以外の何者でもない」
「胸が大きいのはわたしのチャームポイントのひとつ。利用して悪いとは思わない。だからってビッチじゃない。わたしは誰にでもついていくような女じゃないもん。小鹿くんが気になったから声をかけただけ。他の男の子には目もくれないよ」
「だとしても、今日は高校初日よ。出会ったその日に交際を申し込むなんておかしいでしょ。ビッチの所業だわ」
「恋は戦争よ。電撃的攻撃で狙った相手を手に入れる。小鹿くんみたいに魅力的な男の子とつきあうためには、これくらいやって当然よ」
綿丘さんとすみれが激しく口論して、僕は目を白黒させた。
僕のことを綿丘さんは魅力的と言ってくれたが、まったくそうは思えない。
僕には魅力なんてない。
チビで内気で吃音症。まったくモテたことのない陰キャだ。カノジョなんていたこともない。
クラスメイトの女の子から女顔をからかわれて、カワイイ~とか言われるのはしょっちゅうだったけれど。
そんな僕をめぐって、巨乳美少女の綿丘さんと貧乳だけど可愛いすみれが戦っている。
いったいどうしてこうなった?
「だいたいあなたねえ、なんでわたしにそんなに突っかかってくるの? わたしと小鹿くんがつきあおうが別れようが、あなたには関係ないでしょ。放っておいてよ。わたしはこれから彼とごはんを食べに行きたいの!」
「関係あるわよ。カナタはあたしの大切な幼馴染なの。巨乳だけが取り柄のぽっと出の女とつきあうなんて認めない!」
「巨乳だけが取り柄じゃなーい! 顔だってけっこう整ってるわよ!」
「ルックスだけじゃないの!」
「恋愛において容姿は重要な要素のひとつよ」
「そうかもしれないけど、とにかくあなたは認めない!」
「アホか! 人の恋路を邪魔するやつは馬に蹴られて死んじまえって、聞いたことあるでしょ? たとえ幼馴染だとしても、わたしと小鹿くんの恋の邪魔をする権利はないわ!」
「うっ……」
綿丘さんが反撃に出て、すみれはたじたじになった。
確かに綿丘さんの言葉は筋が通っている。
にわかには信じられないことだけど、彼女は僕に恋してるらしい。
これは僕と綿丘さんだけの問題で、幼馴染でも口出しするのはおかしい。
なんですみれはこんなに意地になっているんだ?
「ひ、人の恋路じゃないから!」
すみれは顔を真っ赤にして、泣きそうになりながら僕を見た。全身ぶるぶると震えている。
「あたしだってカナタが好きなの! 大好きなの! 高校に入ったら告白しようって決意してた。あなたが邪魔しなければ、もっとちゃんと告白したのに! 台無しよ! こんなふうに言うつもりなんて全然なかったのに……」
すみれの涙腺が決壊して、「うわーん」と泣き出した。
ええ~っ?!
すみれ、僕のこと好きだったの?
いままでは友達ムーブばかりで、そんな雰囲気なかったじゃん。
嘘でしょう?
「カナタ、好き……」
すみれが僕の前に立って言う。
「小鹿くんはわたしの彼氏よ」
綿丘さんがその間に立ちふさがる。
「どいて。あたしは百万年前からカナタが好きなの」
「百万年前はわたしもあなたも生まれてないでしょ」
「それぐらい好きだって比喩よ。あなたなんかの出る幕じゃない。どいて!」
「どかない。恋に時間は関係ない。わたしはいま小鹿くんが好きなの。それがすべてよ」
これ修羅場なの?
恋愛経験ゼロの僕が、いきなり修羅場に立たされているの?
「小鹿くんはわたしのものよ」
いきなり綿丘さんが僕を抱きしめた。
ビーチボールみたいな胸が押しつけられる。
ふにゅーんと柔らかくて、ぽわんぽわんと弾力がある。
その胸の圧倒的な魅惑には抵抗しがたく、僕は陶然となってしまう。
なんだこの柔らかくてぷにぷにした物体は……。
男をだめにする感覚……。
童貞の僕には刺激が強すぎる……。
「きょ、巨乳め~! カナタから離れろ~!」
「離さない。小鹿くんはわたしの彼氏。抱きしめていいのはわたしだけ」
「くそ~。あたしはあきらめないからな~」
すみれが雑魚悪役みたいな捨て台詞を残して、公園から走り去っていった。
綿丘さんは僕を抱きしめたまま、「あの子には渡さないよ。わたしは本気で小鹿くんが好きなの」と言った。