入学式の日の放課後、僕は綿丘さんと連れ立って校庭を歩いている。
「お昼ごはんを一緒に食べましょう。なにがいいかなあ。小鹿くん、ラーメンは好き?」
「は、は、はい。ラーメンですか。す、好きです」
相変わらずの吃音で僕は答える。
歩いていると、彼女のすいかサイズの胸がぶるんぶるんと揺れる。
でかい……。
見てはいけないと思いながらも、目を向けずにはいられない。
どうして昼食を一緒に取ることになっているのだろう。
あ、僕と綿丘さんがつきあっているからか。
ついさっき、「わたしとつきあってくれる?」と彼女は言い、僕は「つきあいます」と答えた。
その「つきあう」は恋人的な「つきあう」なのだろうか。
それとも「ちょっとごはんでもつきあって」という程度の軽い意味の「つきあう」だろうか。
よくわからない。
僕たちは「好きだ」と告白し合ったわけではない。
そもそも今日出会ったばかりだ。
僕は綿丘さんのことをなにも知らないし、彼女も僕のことを知らないはずだ。
知っているのはルックスだけ。
彼女は巨乳で美人。僕は童顔で背が低い。
僕は巨乳に圧倒され、彼女は「童顔が好き」と言った……。
僕と綿丘さんは並んで歩き、学校から出ようとした。
校門のそばに見慣れた女の子が立っていて、目が合った。
「カナターっ、待ってたよ。一緒に帰ろう」
僕に話しかけてきた子の名前は、草原(くさはら)すみれ。
小学生のときから仲のよい幼馴染だ。
やんちゃな男の子のようだったすみれも可愛らしく成長し、女子高生になった。
顔立ちの美しさだけなら、綿丘さんにも負けていない。
綿丘さんは綺麗系、すみれは可愛い系。どちらも美少女だ。
はっきりと異なっているのは胸の大きさ。
端的に言うと、綿丘さんは巨乳、すみれは貧乳だ。
すみれは成長した。
ただしそれは、胸を除いての話だ。
胸だけは不思議と成長しない。膨らまない。
身長は女の子としては高く、170センチ近くあるが、胸は小学生時代と変わらず、ぺったんこのまま。
すみれは綿丘さんと同じ明応高校のダークブルーの制服を着ている。
だが、ふたりの様相は大きくちがう。
綿丘さんの胸は制服をぱつーんと押しあげている。
だがすみれの胸はなま板のように平らで、制服にはいささかも盛りあがりがない。
すみれは僕の隣にいる巨乳美少女に気づいたようだ。
二次元の創作物の中にしか存在しないようなど迫力のおっぱいを、唖然として見つめた。
「すいか……?」とつぶやいた。
「失礼ね。すいかじゃないわ。メロンと言ってよ」
綿丘さんが反論したが、論点はそこなのだろうか。
「大玉のメロン、小玉のすいかかな」
「それでいいわ」
それでいいんですか、綿丘さん……。
「ところであなた、小鹿くんの知り合いなの?」
「知り合いなんてもんじゃないわよ。あたしはカナタの幼馴染で親友なの。1年2組の草原すみれよ」
「わたしは1年1組の綿丘きらり。今日から小鹿くんとつきあうことになったから」
それを聞いた瞬間、すみれの顔が固まった。
「つきあう……? え、なにそれ?」
「つきあうって、彼氏彼女的なつきあう?」
すみれは僕と綿丘さんの顔を交互に見ながら、誰にともなく訊いた。
「そうよ」と綿丘さんは即答した。
そうか。やっぱり彼氏彼女的な「つきあう」なのか。
じゃあこの巨乳ですごく綺麗な女子高生、綿丘きらりさんは僕の恋人ってこと?
ホントに?
彼女がはっきりと言っても信じがたい事実だった。
すみれも驚いて、口をぽかんと開けている。
「カナタ、このすいか女がわけのわかんないことを言ってるけど、本当なの?」
「すいか女じゃない! せめてメロン女って訂正しなさい!」
「どっちだっていいわ! で、この大玉メロン女はカナタのカノジョなの?」
「あ、ああ、僕も信じられないけど、どうやらそうみたいだね。僕と綿丘さんはいちおうつきあっているみたい……」
「小鹿くん、いちおうじゃなくて、わたしたちはきちんとつきあっているのよ!」
「ご、ごめん、綿丘さん……」
すみれは呆然として、しばらく言葉を失った。
「……どういうことなの? カナタは前からこの小玉すいか女と知り合いだったの?」
「いや、今日同じクラスになって、顔見知りになったばかりだよ」
「それでつきあうって? おかしくない? ふたりともお互いのこと、理解し合ってるの? そんなわけないよね」
僕は沈黙した。
確かにおかしいよね、この展開。
入学式の日、カノジョいない歴が年齢とイコールな僕に、いきなり恋人ができるなんて……。
「なにもおかしくなんかないわ」
綿丘さんは朗々とした声で言い返した。
「わたしは小鹿くんにつきあってとお願いし、小鹿くんはつきあいますと答えてくれた。ゆえにわたしたちは彼氏彼女。反論は許さない」
「反論するわよ。あなた、カナタのこと前から知っていたの?」
「いいえ、知らなかったわ」
「じゃあなんでつきあってなんて頼んだの? やっぱりおかしいよ。あり得ない」
綿丘さんは口角をあげて妖艶に笑い、右手の人さし指をすみれに突きつけた。
「ひとめぼれって言葉を知らないの?」
すみれはまた少しの間、声を発することができなくなった。
「……ひとめぼれ? カナタにひとめぼれしたって言うの?」
「そうよ。悪い?」
「悪くはないけど、カナタにひとめぼれされる要素ある? 背は低いし……」
おい、すみれ、なにげに失礼なことを言うな。事実でも傷つくんだよ。
「小鹿くんは童顔でカワイイ。ひとめぼれしたっておかしくはないでしょう?」
「確かに可愛い系の男の子だけど……」
「わたしは小鹿くんの顔が好き。ちっちゃくてカワイイところが好き。抱きしめたくなっちゃう。だからつきあってと頼んだの。わかってくれた? わたしたち、これからごはんを食べに行くんだから、もう邪魔しないで」
「顔が好き……?」
すみれは絶句し、立ち尽くした。
綿丘さんはごく自然に僕の手を握り、歩いてすみれの横をすり抜けようとした。
「み、認めない! ルックスだけ気に入って、いきなり彼氏彼女だなんて認めない! カナタ、そのビッチと離れて!」とすみれは叫んだ。