手に持っていたトランプを机の上に叩きつけ、椅子から立ち上がるマメオ。左手でシゲミの胸ぐらをつかむ。
マメオ「誰だテメーは?組長に上から目線で話しかけやがって。どこの組のもんだ!?」
シゲミ「2年C組よ」
シゲミの返事を聞き、
ミキホ「2年C組……マメオ、その道に吐き捨てられたガムみたいに汚い手を離せ」
マメオ「ですが組長」
ミキホ「コイツは爆弾魔シゲミだ。お前みたいな三下が手を出していい相手じゃない」
マメオ「シゲミって、あの……」
ミキホ「ああ。東京を襲ったポコポコとかいうバケモノを始末した殺し屋。外見的な特徴も情報と一致している。間違いない」
マメオは表情を引きつらせ、シゲミの胸ぐらから手を離すと、力が抜けたように椅子に尻を落とす。シゲミは胸元を右手で払った。
シゲミ「耳が早いのね」
ミキホ「裏社会を生き伸びるコツは、新鮮な情報を素早く集めることだ。それにシゲミ、お前は裏の連中の間でかなり名が通っているんでな。その活躍ぶりは光と同じくらいの速さで伝わる」
シゲミ「そう。私のことをご存じのようなら話が早いわ。ミキホちゃん、アナタにお願いがあって来たの」
ふっと小さく鼻で笑うミキホ。
ミキホ「奇遇だな。オレも近々お前に挨拶しようと思ってたところだ。マメオ、シゲミに席を譲れ」
マメオ「へい」
マメオは椅子を引いて立ち上がると、机の脇に移動する。ミキホはシゲミに「座れよ」と促した。椅子に座り、ミキホと正面で向かい合うシゲミ。
ミキホ「ポーカーの役はわかるか?」
シゲミ「ええ」
ミキホ「いくら賭ける?」
シゲミ「賭け事はやらない」
ミキホ「お堅いねぇ。まぁいいや。これからビジネスパートナーになるかもしれねぇ相手をすっからかんにしちまうと、付き合いにくくなるしな」
ミキホはマメオに向かってトランプを指さし、「配れ」と指示する。机に広がったトランプを集めるマメオ。全て回収し、山札をシャッフル。ミキホとシゲミにそれぞれ5枚ずつカードを配った。
配られたカードを手に取り、役を確認するミキホ。
ミキホ「爆弾魔シゲミが、オレたちのような木っ端のヤクザを頼るなんて、相当な問題を抱えていると見受ける」
シゲミ「木っ端?謙遜しなくていいわよ。かなりの数の構成員がいて、悪いこともたくさんしてると聞いてる」
ミキホ「違いねぇ」
ミキホは手札を2枚伏せたまま机に置く。マメオが2枚、山札からカードをミキホに渡した。
シゲミも自身に配られたカードを確認する。
ミキホ「で、お前のお願いってのは何だ?」
シゲミ「アナタたちは変な人に詳しいと聞いたの」
ミキホ「たしかに。いろんなのを知ってるぜ。薬で見える幻覚の妖精と籍入れたヤツとか、借金苦で脳と呼吸器以外の体を全部売ってかろうじて生きてるヤツとかな」
シゲミ「そういう異常行動をする人の情報を仕入れるツテがあるの?」
ミキホ「ああ。警察関係者と取引してるんでな。パクられた異常者の情報を流してもらうことくらい容易い」
シゲミはカードを1枚伏せて捨てた。マメオが1枚シゲミに渡す。
シゲミ「ここ1〜2週間、それと向こう1カ月ほど、異常行動が確認された人物の情報を私に共有してほしいの。もちろん対価は払う」
ミキホ「……それはお前の
シゲミ「そうよ」
手札を見ながら考え込むミキホ。3枚捨て、同じ枚数だけマメオからカードを受け取る。
ミキホ「オレがお前に声をかけようと思ってた理由も、お前の仕事に関することでね。新しいビジネスを始めようと考えているんだが、それにはお前の協力が不可欠なんだ、爆弾魔シゲミ」
シゲミ「ビジネス?」
ミキホ「怪異駆除だよ。ポコポコとカマキリ人間が東京を襲撃したことで、怪異を危険視するお偉いさんの数が増えた。そんな方々の不安を取り除く仕事を、うちの組で始めようと思ってな。元々うちの収入は7割が殺しの代行で、ヒットマンを大勢抱えている。狙うのが生きた人間か怪異かという違いこそあるが……殺しは得意分野だ」
シゲミ「……」
ミキホ「しかし、死んでいるはずの怪異をどうやったら殺せるのか、そのノウハウがない。だからお前のような怪異専門で駆除を請け負っている殺し屋にご協力いただきたいってわけだ」
シゲミ「残念だけど、私はヤクザに入るつもりはない」
ミキホ「ならばオレたちからの情報提供もなしだ」
手札を見つめるシゲミ。5秒ほど沈黙した後、口を開く。
シゲミ「じゃあこのポーカーで白黒つけましょう。ミキホちゃんが勝ったら、私は
ミキホ「……いいだろう」
ミキホは机の上に手札を表にして置く。ダイヤ、クローバー、スペードの9が3枚。ダイヤとハートの4が2枚。
ミキホ「フルハウス」
シゲミはミキホの役を見て、自分の手札を机の上に置いた。スペードの10、ジャック、クイーン、キング、エースの5枚。
シゲミ「ロイヤルストレートフラッシュ」
ミキホの顔が強ばる。しかし2秒足らずで笑顔に変わった。
ミキホ「ふっふっ……約束通り、お前の願いを聞いてやろう。だが対価はしっかりもらうぞ。何をくれる?」
シゲミ「アナタが欲しがっている、怪異を殺すノウハウ。私の仕事を見せるわ。これなら私が組に入らなくても、アナタたちだけで怪異駆除ができるようになるでしょ?」
ミキホ「わかってるねぇ」
ミキホが右手を差し出す。シゲミも右手を伸ばし、ミキホと握手をした。2人の手が離れると同時に、マメオが「組長、そろそろ」と、ミキホの目を見て言う。ミキホは椅子から立ち上がった。
ミキホ「爆弾魔シゲミ。名刺交換ってわけじゃないが、お前の仕事を見せてもらう代わりに、私の仕事を見せてやる。ついてこい」