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ネクロファグス②

鬼河原おにがわら モロの屋敷 応接室

黒い革製のソファに腰掛けるシゲミ。ローテーブルを挟み、車椅子に乗ったモロがシゲミと向かい合う。


使用人の老爺が、紅茶が入った白いティーカップをトレーに乗せて運んできた。テーブルの上、シゲミとモロそれぞれの目の前に置き、応接室を後にする。


モロは右手でティーカップを取って一口飲むと、話し始めた。



モロ「ご家族の方々にも声をかけたのですが、お忙しいようですね」


シゲミ「妹のキリミは家でゲーム。サシミは遠足って言ってたかしら。母は家事。祖母はステルス爆撃機を買いにアメリカへ行ってるわ」


モロ「ポコポコとの戦いを終え、皆さん元の生活に戻りつつあるようで安心しました」


シゲミ「おかげさまでね。そもそもアナタたち『りょう』がポコポコを捕獲しなければ、戦い自体発生しなかったのだけれども」



シゲミもティーカップを手に取り、淵に唇をつけて中身をすする。モロは持っていたカップをテーブルの上に戻し、小さな笑みを浮かべてシゲミの目を見つめた。



モロ「ずいぶんと根に持たれているようですね。殺し屋であるシゲミに恨まれるなんて、恐ろしくてトイレに行けなくなっちゃいそうです」


シゲミ「安心して。過ぎたことよ」


モロ「ええ。実を言うと全く不安に思っておりません。もっと恐ろしいことが起きようとしていますので」



モロの言葉を聞き、シゲミは眉をひそめる。



シゲミ「どういうこと?」


モロ「『魎』で捕獲した怪異には危険性に応じたランクをつけていて、ランクが高いものほど地下深くに収容していました。低いものから順に3級、2級、1級、特級の4段階に分類し、例えばポコポコは『特級危険怪異』として最深部の地下30階に収容、隔離していたのです」


シゲミ「そう」


モロ「3級から1級までの怪異は全て、ポコポコに捕食されてしまいました。しかし唯一、ポコポコの他にもう1体だけいた『特級危険怪異』が生き延びている可能性が高いのです。私の予想ですが、あのポコポコでさえ手出しできなかったのでしょう」


シゲミ「……つまり、アナタたちの基準でポコポコと同じくらいか、それ以上に危険な怪異がまだ生息していると?」


モロ「はい。そしてその怪異は脱走し、現在は行方知れず」



「はぁ」と大きくため息を吐いたシゲミは、ティーカップをテーブルに置く。



シゲミ「また脱走したのね」


モロ「ポコポコが『魎』本部を破壊した際、逃げ出したのだと思われます。『魎』を設立する前に、私と祖父が捕獲した怪異です」


シゲミ「そういえば、モロさんはお祖父様の意思を継いで『魎』を立ち上げたと言っていたわね?その話と関係が?」



モロは視線を下ろし、数秒沈黙した後、再びシゲミの顔を見て口を開いた。



モロ「私が生まれてすぐ、父と母は怪異によって殺されました。祖父にとっては、大切な娘とその婿を失ったことになります。以来祖父は、膨大な資産を怪異駆除に投入するようになりました。父と母を殺した怪異を駆除した後も祖父は取り憑かれたように日本中、ときには海外にも赴き、怪異と戦い続けたのです。私も物心ついたときには、祖父の助手のようなことをしていました」


シゲミ「アナタも私たち家族の同業者だったのね」


モロ「ですね。しかし先ほど話した怪異、私は『死を貪る者ネクロファグス』と呼んでいます、これと戦った結果何とか捕獲したものの祖父は死に、私は下半身不随に陥りました」



モロは自身の右膝を手でなでる。



シゲミ「……アナタたちは収集癖でもあるの?それほど危険な怪異なら駆除するべきよ」


モロ「無理だったのです。ネクロファグスは切っても、焼いても、水に沈めても、真空の空間に閉じ込めても、高圧電流を流しても数時間で生き返ってしまう」


シゲミ「そんな怪異がいるなんて……」



モロは膝の上で両手を組み、続ける。



モロ「ネクロファグスは体長30cm弱の、条虫のような怪異です」


シゲミ「条虫って、サナダムシみたいな体が細長い寄生虫のこと?」


モロ「ええ。一見するとただの虫。ですがネクロファグスは別の生物の体内に入り込み、脳に侵入します。そして自身より遙かに大きな体を持つ生物をも自在に操れるのです。このネクロファグスの特性を、『寄生憑依きせいひょうい』と名付けました」


シゲミ「寄生憑依……幽霊による憑依とは違うの?」


モロ「ネクロファグスはただ憑依するだけではありません。宿主の脳髄に深く絡みつき、物理的に融合します。お祓いや魔除けなどではネクロファグスの寄生憑依から解放されることはありません。開頭手術を行って取り除く必要があります」


シゲミ「なるほど。そんな怪異、見たことも聞いたこともないわ」


モロ「真に恐ろしいのは、ネクロファグスが寄生憑依するのは人間や動物だけではないこと。同族と言える怪異にも憑依するのです」


シゲミ「怪異に憑依する怪異……」


モロ「私と祖父は、深海に眠っていた巨大な怪異に寄生憑依したネクロファグスと戦いました。その全長は300m超。ネクロファグスは自身の数千億倍はあろう巨体の怪異でも自在に操れます」


シゲミ「300mって、ウルトラマンよりも、ゴジラよりも、エヴァンゲリオンよりもデカいじゃない。どうやって戦ったの?」


モロ「知る必要はありません。今となっては再現できない方法ですので」


シゲミ「いけず」


モロ「300mもある怪異を収容することは難しく、体は深海に沈め、ネクロファグスが寄生憑依したままの脳みそだけを摘出して地下に隔離しました。それまで私は、単に祖父の手伝いとして怪異と戦っていましたが、ネクロファグスにより怪異が如何に危険な存在かを思い知らされたのです」


シゲミ「だからモロさん1人で『魎』を立ち上げ、お祖父様の意思を継いだと」


モロ「怪異を研究し、発生自体を抑止する。それが『魎』の、そして祖父が掲げた目標でした」



シゲミはティーカップを口に運び、残った紅茶を全て飲み干した。



シゲミ「で、今度はその寄生虫の始末を私たちに依頼したいってことかしら?」


モロ「と言いたいところですが、ネクロファグスがどこに逃げたのかわかっておりません。なので今できることは、シゲミさんとそのご家族にネクロファグスの危険性を伝えることのみ。非常に小さい怪異のためそう遠くには逃げていないでしょうが、街中をやみくもに探すのは困難。もし人間か怪異に寄生憑依しているとしたら、もっと難しい……ネクロファグスが体内に入り込んだとしても、その生物や怪異に外見的な変化はありませんので」


シゲミ「打つ手なしか……けど、行方がわからないという割にネクロファグスの生態については詳しく知っているみたいね」


モロ「はい。捕獲後に、調査のための人体実験をしましたから。ネクロファグスを寄生憑依させた検体20名全員に同じような傾向が見られたので、ここまでお話しした生態に間違いはありません」


シゲミ「……やはりアナタは『魎』の発起人だわ。研究のためなら手段を選ばない。その思考が、組織全体に浸透していたようね」

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