東京都立
教室の最後列の席に座る
生徒A「市目鯖ってさ、マジで幽霊出るんだって」
生徒B「ヤバー」
生徒A「特に夜が危ないんだってさ。幽霊に会って殺された人がたくさんいるらしい。だから部活とか委員会とかも早く帰らされちゃうんだよね」
生徒B「バリヤバー」
右腕で頬杖をつくサツキ。
サツキ「キミたちさぁ、学校の怪談なんかでワーキャー騒ぐ年じゃないでしょう?世の女子高生たちは、お目当ての男子引っかけてよろしくやってるってのに」
生徒A「でも、こういうオカルトな話って興味引かれない?」
サツキ「1ナノメートルも引かれない」
生徒B「アタシは興味あるかもー」
生徒A「でしょ?サツキもウワサ聞いたら絶対にワクワクするって」
サツキ「そう。で、どんなウワサなの?」
生徒A「毎晩0時になると、音楽室から大勢の男女の合唱が聞こえるんだって。『グリーングリーン』をアカペラで歌ってるらしい」
サツキ「何それ。かわいらしい」
生徒B「かわいらしい?結構悲しい歌を選んでると思うけどねー」
生徒A「このウワサ、まだ続きがあって。歌を聞いちゃうと体の自由が利かなくなって、終いには魂が抜き取られて合唱団と一緒に夜な夜な歌い続けることになるらしい」
生徒B「激ヤバー」
サツキ「ウソくさ」
生徒A「本当のところどうなのかわからないけど、全くのデマとも言い切れないんだよね。ほら、私たちが市目鯖に入学する2年くらい前、遠征中の合唱部が乗ってたバスが事故起こして、部員みんな死んだじゃん?」
生徒B「知ってるー」
生徒A「当時の合唱部員たちは自分の死に気づいてなくて、今も音楽室で練習してるんじゃないかって言われてる。しかも、近所の人たちから学校に苦情が来てるんだって。『夜中まで生徒の歌が聞こえてうるさい』って。だから校長が対策を考えてるそうだよ」
サツキは5秒ほど黙り、再び口を開く。
サツキ「怪談におあつらえ向きな事故が起きたから、誰かが悪ふざけでウワサを流したんじゃないの?苦情っていうのも、肝試し感覚で夜の学校に忍び込んだ生徒の声が原因とか」
生徒B「頑なに信じないねー、サツキ」
サツキ「絶対に信じない。幽霊なんて幻想でしょ」
生徒A「そこまで言うなら、自分で確かめてみたら?合唱部の幽霊が本当にいないかどうか」
サツキ「えっ?」
生徒A「信じてないなら、夜の音楽室に行くのも怖くないでしょ?アタシらは無理よ。幽霊信じてるから」
生徒B「マジ怖いー」
サツキ「……いや、私そんなくだらないことしてるヒマないから。読んでない同人誌がいっぱいあって」
生徒A「ビビってんだ?」
サツキ「……ビビってなんか」
生徒A「あれだけ否定したわりには内心ちょっと信じちゃって、行くの怖いんでしょ?」
生徒B「激ダサー」
大声で笑う女子生徒2人。サツキは眉間にしわを寄せ、勢い良く椅子から立ち上がる。
サツキ「いいよ、わかったよ。今夜行って確かめてくる。ケータイで動画も撮ってくるから。もし合唱部の幽霊がいなかったら、明日から1週間、昼休みに焼きそばパン奢れよ」
生徒B「いいよー」
生徒A「楽しみにしてる」
サツキは机の右横のフックにかけていたスクールバッグを手に取ると、肩を怒らせながら教室から出て行った。
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AM 0:03
市目鯖高校
照明が全て消えた、真っ暗な校舎内を歩くサツキ。頼りになるのは廊下の壁に所々設置された非常灯と、右手に持つガラケーの光のみ。階段を上がり、音楽室がある4階を目指す。
4階の廊下に出ると、どこからか微かに人間の声と思しき音が聞こえてきた。「まさか」と半信半疑になりながら、音がする方向へ歩みを進めるサツキ。音は目的地である音楽室の扉の向こう側から響いていた。
サツキは音楽室にゆっくりと近づき、中腰になって扉を数センチだけ開ける。左目で中を覗くと、教室の奥にブレザー姿の男女40人ほどが3列に並んで合唱していた。サツキから見て右側に男子生徒が、左側に女子生徒が立っている。
「「「「〜♪」」」」
彼らが歌っているのは、間違いなく『グリーングリーン』。サツキの背中を冷や汗が伝う。ゴクリと生唾を飲み込み、扉の隙間からケータイで動画を撮影し始めた。
「「「「〜♪」」」」
歌い続ける学生たちの体はうっすらと透け、最奥にある黒板が見える。
「「「「〜♪」」」」
曲が2番に入ると同時に、サツキの意に反して体が直立した。ガラケーを床に投げ捨て、扉を開けて入室。生徒たちと向かい合うように立つ。「何で?何で?」と心の中で連呼するが、言葉として発することはできず、指先すら動かない。
「「「「〜♪」」」」
サツキの頭が後ろに倒れ、顔が天井を向く。そして足の裏が床から離れ、体が浮かび上がった。
「「「「〜♪」」」」
全身の力が抜け、意識がもうろうとする。幽体離脱をするかのように、サツキの体からもう1人のサツキがズルズルと抜け出てきた。
「「「「〜♪」」」」
3番を歌いきった瞬間、爆音とともに音楽室の扉が内側へ吹き飛ぶ。合唱部員の幽霊たちは一斉に歌うのをやめ、扉のほうを凝視した。抜けかけていたサツキの魂が体に戻り、床に崩れ落ちた。
はぁ、はぁ、と息を切らすサツキの目に、爆煙の中から現れた1人の幼女が映る。黒髪のショートボブで、白いワイシャツに深紅のサスペンダー付きスカートを着ている。
幼女は足音を立てず、サツキと合唱部員たちの間に素早く割って入った。
幼女「聞いた人の魂を震わせ、意識を操る歌声。見事だわ。素晴らしい歌唱力があるからこそできる技。せっかくなら誰もいない音楽室じゃなく、大勢がいる天国で披露したらどうかしら?」
合唱部員たちは大きく息を吸い込み、『グリーングリーン』の4番を歌い出す。
「「「「〜♪」」」」
幼女はスカートの左右のポケットから手榴弾を2つずつ取り出し、口でピンを引き抜くと合唱部員たちに向かって投げつけた。部員たちの足下に転がる手榴弾。幼女は振り返り、背後で腰を抜かしているサツキの両耳を手で塞ぐ。
手榴弾が爆発し、衝撃が音楽室中に伝わった。40人による大合唱は爆発音によって上書きされ、粉塵が彼らを飲み込む。サツキの耳から手を離す幼女。合唱部員たちは全員その場から消え去っていた。
信じられない出来事の連続に、目を丸くするサツキ。口をポカンと開けたまま、立ち上がれずにいた。幼女が「大丈夫?」と口にする。
サツキ「えっと……あの……」
幼女「あと少しで文字通り幽霊部員になるところでしたね」
サツキ「キ、キミは……?」
幼女「校長先生の依頼で幽霊の駆除に来ました。爆弾魔シゲミ、5歳です」
幼女・シゲミは小さな手をサツキに差し出した。手をつかみ腰を起こすサツキ。見た目からは想像できないほど、幼女が握り返す力は強い。
シゲミは「ここで起きたことは、ヒミツにしておいてください」と言い、何事もなかったかのように無表情で音楽室を後にした。
呆然とし、数分間その場を動けなかったサツキ。次第に気分が高まっていくのを感じた。絶対にあり得ないと思っていた幽霊。そして幽霊を駆除する謎の幼女。サツキの理解を超えた存在が、この世に確かにいる。そのことに心の底からワクワクし、「もっと知りたい」と強く感じたのである。
この一件以来、サツキは27歳で生涯に幕を閉じるまで、幽霊や妖怪などを追いかけ続けた。
<おまけ-完->