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新しい家族

 やぁ。僕の名前は樹騎矢じゅきや。人面犬。年齢は4歳。生まれてすぐに両親が死に、東京都内でずっと野良犬をやってきた。


 「野良犬は自由気ままでうらやましい」なんて言う人間もいるらしいけど、本気で野良犬になりたいなんて人はいないと思う。人間が出すゴミを漁り、残飯で食いつなぐ日々。いくらゴミ袋を食い破っても、ガラスとか、電球とか、食べられないものしか入ってない日もある。ようやく見つけても、汚いし腐りかけでヒドイ臭い。


 飲み水だって最悪。雨が降ってできた水たまりか、蚊の幼虫がウヨウヨいそうな公園の池から摂取する。想像しただけでもイヤな気分になるでしょう?


 たしかに野良犬は、毎日寝る時間も起きる時間も決まっていないし、仕事も勉強もしなくていい。でも生きるためにはゴミ同然のものを飲み食いしないといけない。そんな暮らしに耐えられる人間は、ほとんどいないんじゃないかな。たとえどれだけ自由だとしても。


 でもたまに、包丁すら入れられていないトマトとか、お肉がたっぷりついたチキンの骨なんかが捨てられていることもある。そういうのを見つけたときは超ラッキーなんだけど、「こんなに食べられる部分が残っているのに捨てるなんて、人間の舌はずいぶん肥えてるんだな」と腹が立つ。野良犬生活はストレスも多いんだ。


 しかも僕はただの犬じゃない。人面犬だ。顔が人間で体が柴犬。こんな生物はまずいない。生物というか、不気味な怪異。他の犬を見つけて話しかけようとしても、めちゃくちゃ警戒されて吠えられる。じゃあ人間と仲良くできるかというと、それも無理。珍しがって捕まえようとするイカレ野郎とか、石を投げてくるクソガキばかり。だからずっと孤独。誰も僕を仲間だと認めてくれない。


 死んでいないから生きている。そんな虚しい毎日を繰り返す中、あの人たちは現れた。ポコポコ様とサツキさん。2人は僕を家族のように扱ってくれた。誰もいない安全な無人島で、獲れたての魚介類を食べる優雅な暮らしをさせてくれた。2人に出会ったことで、僕の犬生は幸せの絶頂になったと確信したんだ。


 でも、幸せって長くは続かないんだよね。ポコポコ様と僕は人間に捕まり、サツキさんは殺された。サツキさんの死を知ったポコポコ様は、自滅覚悟で人間に復讐を始めた。僕の大事な人たちが立て続けにいなくなってしまう。運命とはなんて残酷なのだろう。


 僕もポコポコ様と一緒に戦って死のうと思った。でもポコポコ様はダメだと言った。危ないから避難していろと。悲しかったけど、なんて慈悲深い方なのだろうと思った。自分が死ぬかもしれないというのに、僕のことを気遣ってくれるなんて。ポコポコ様は自分を「邪神」と言っていたけれど、僕にとってあの方は「邪」なんてつかない「神」だ。僕を闇から光へと導いてくれた、まぎれもない「神」なんだ。


 結局僕は、マンティノイドというカマキリと人間を配合した雑種の怪異に連れられ、彼らの秘密基地に隠れることになった。正直、虫は苦手だ。デカい虫ほど嫌い。早く秘密基地から出たかった。ポコポコ様に迎えに来てほしかった。でも来なかった。いくら待っても、神はいらっしゃらなかった。


 また孤独な野良犬生活に戻るのだろう。そう思いながらうつむいていると、誰かに拾い上げられた。マンティノイドの夫婦が、大きな両目で僕を見つめている。「触るな気持ち悪い。複眼でこっちを見るなゲスども」と思ったけど、彼らの話を聞いて考え方が変わった。彼らが大事に育ててきた一人息子が、ポコポコ様と人間との戦いに参加したらしい。でも帰ってこないそうだ。たぶん死んでしまったんだと思う。


 仲良く暮らしてきた家族に、大きな穴がぽっかりと空いた。その穴をほんのちょっとでも埋めたいと思って、彼らは僕を新しい家族として迎え入れようとしたみたい。


 僕は家族を2回失った。だから彼らの気持ちがよくわかる。家族を失った者同士、これから肩を寄せ合って生きていくことにした。


 ポコポコ様、サツキさん。わがままかもしれませんが、どうか僕と新しい家族が穏やかに過ごせるよう空の上から見守っていてください。

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