PM 2:17
市街地の大通りを走る十数体のマンティノイド。その背後からキリミが接近し、コンバットナイフで首の付け根を次々に切り裂いていく。マンティノイドたちはすでに戦意を失っており、逃げに徹するのみ。
マンティノイドの行く手を遮るようにサシミが立ち塞がり、キリミが取り逃した個体に仕込み針を投げる。針はマンティノイドの眼球を深々と貫いた。
キリミとサシミの頭上を、背中の羽を使って飛ぶマンティノイドが数体。キリミでは攻撃が届かず、サシミが投げた仕込み針も素早くかわされた。逃がすまいと追う2人だが、その距離はどんどん広がっていく。
飛行するマンティノイドたちのさらに上、10階建てビルの屋上からトモミが跳躍。右手に持ったスピリタスの瓶を口につけ、左手のジッポライターに酒を吹きかける。酒は猛火となり、マンティノイドたちを飲み込むと一瞬で灰に変えた。
電線につかまって落下する勢いを殺し、着地するトモミ。キリミ、サシミと合流する。直後、3人が右耳につけているハンズフリーイヤホンから
モロ「皆さん、東京都各地にいる自衛隊の報告によると、マンティノイドはほぼ全滅したとのこと。推定5000体が暴れていたようですが、たった2時間で始末してしまうとは……さすがです」
キリミ「半分以上はババアとシゲミ
モロ「それと、2分ほど前にシゲミさんからポコポコを駆除したとの連絡がありました。これにて、全ての脅威が排除されたことになります」
サシミ「じゃあ任務完了ね。報酬、1人500億。合計2500億」
モロ「ええ。しっかりお支払いいたします。本当にありがとうございました」
トモミ「やりましたね、キリミ、サシミ。お祝いとして、今日の夜は天下一品に行きましょう。パパとおじいちゃんも一緒に」
キリミ「夢がねぇなぁ、お袋。2500億も入るんだからよぉ、もっとスケールでかく、豊洲市場を貸し切って魚介類食いまくるとかやろーぜ」
ハルミ「やめておけ、キリミ」
ビルとビルの隙間の路地から、ハルミがゆっくりと歩み出てきた。
ハルミ「ポコポコに致命傷を負わせるため、アタシャのステルス爆撃機を自爆させた。特殊なカスタマイズを施したオーダーメイドで、価格は1機2450億じゃ。同じものを買い直さねばならん」
サシミ「……ってことは」
ハルミ「報酬2500億からステルス爆撃機の費用を引いた分、50億が今回の報酬じゃ。1人あたり10億」
キリミ「はぁ!?」
ハルミ「10億もあれば充分じゃろう?じゃが、使おうと思えば一瞬で使い切れる金額でもある。節約することじゃな」
キリミ「ふざけんなババア!アタシらに許可なく赤字ギリギリ自爆かましやがって!こちとら500億もらえるから頑張れたんだぞ!それが50分の1って、割に合わねーわ!」
ハルミ「ポコポコを倒すための苦肉の策じゃった。それと、これ以上報酬を減らしたくないのなら、さっさとずらかるぞ。街をぶっ壊し過ぎた。損害賠償請求されたら、50億でも賄いきれん」
キリミ「うっ……」
ハルミ「責任はポコポコとカマキリどもに全てなすりつける。アタシャらはガラス1枚割っていない。ええな?」
顔をしかめるキリミ。その様子を見てトモミとサシミが微笑む。
「行くぞ」と言うハルミを先頭に、4人は自宅へ向かって走り出した。
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山の中腹
地面に正座するシゲミの腫れ上がった左頬に、ガーゼを貼るツバサ。カマキリから人間の容姿に戻っている。
ツバサ「これで良し。あとは病院に行って
シゲミ「ありがとう。多分大丈夫だと思うけど、念のためリオちゃんも病院に連れて行かないと」
シゲミの左隣で横たわり、寝息を立てるリオ。
ツバサ「シゲミさん一人でリオさんを連れて行ける?」
シゲミ「ええ」
シゲミの返事を聞いたツバサは「よいしょ」と言いながら、その場に立ち上がる。
ツバサ「ならお任せするよ。俺は避難しているマンティノイドのところに戻って、戦いには負けたと伝えてくる」
シゲミ「……ツバサくんが最初に予想していたとおりになったわね」
ツバサ「誰が見ても、こういう結末になることは明らかだったさ。シゲミさんとその家族まで動き出した時点で、ポコポコにもマンティノイドにも敗北の道しかなかった」
シゲミ「……アナタたちは、生き残ったマンティノイドたちはどうするの?」
ツバサ「おそらくどこか別の場所に移って、また人間社会に紛れてひっそりと暮らしていくんじゃないかな。カマキリの姿にさえならなければ、俺たちは同族でさえもマンティノイドかどうかわからないし。バレずに生きていけると思う」
シゲミ「この戦いで、マンティノイドという存在が世に知れ渡った。もしアナタたちの正体を、犠牲になった人たちの関係者が見たら攻撃することは確実よ」
ツバサ「だろうね。そしたら潔く死を受け入れるさ。その覚悟で戦いに踏み切ったんだから」
シゲミ「……」
ツバサは左手を振り、シゲミに背を向けてその場を後にした。
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1週間後 AM 7:08
リビングのテーブルに向かい、カツ丼を食べるブレザー姿のシゲミ。テーブルを挟んで反対側の椅子に、ペンギンのキャラクターがデザインされたジェラピケを身にまとうハルミが座り、スマートフォンを操作している。ハルミは画面からシゲミのほうへ視線を移した。
ハルミ「学校行く前によくカツ丼なんてヘビーなもん食えるのぉ」
シゲミ「父上がトンカツ作りにハマっちゃったみたいだから。早く食べ切らないと、ウチがトンカツハウスになっちゃうわ」
ハルミ「とはいえキツいもんはキツいがのぉ。若さゆえか」
ハルミは再びスマートフォンの画面を見る。そしてニュースアプリを開いた。
ハルミ「ポコポコとマンティノイドの攻撃による死者は11万人、負傷者32万人、行方不明者5万人……多大な犠牲が出た。シゲミの学校の人たちは大丈夫じゃったのか?」
シゲミ「生徒や教職員から死者は出なかったみたい。怪我をしたのも私とリオちゃんだけ。だから1週間で授業再開になった」
ハルミ「奇跡じゃな。無事今日を生きられることに感謝せんといかん」
シゲミ「……わかってる。ごちそうさまでした」
シゲミは両手を合わせ、椅子から立ち上がると、どんぶりと箸をキッチンのシンクに持っていった。
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AM 8:12
登校する生徒たちの中を歩くシゲミ。周りからは「大丈夫だった?」という、互いを心配する生徒たちの声が聞こえる。
黙々と進むシゲミの後ろから、「シゲミさん」と男性が呼び止めた。振り返るシゲミ。そこにはツバサが笑顔で立っていた。
シゲミ「ツバサくん!?なんで?どこか別の場所に移るんじゃなかったの?」
ツバサ「と思ってたんだけどね、また転校するってなると手続きが面倒でしょ?だから両親に『ここに残る』ってごねたんだ。そしたら『一人暮らしするなら残っても良い』って許可をもらってさ」
シゲミ「……ああそう」
ツバサ「それに、市目鯖高校にいると普段以上に『超イケメン』ってチヤホヤしてもらえるから。
シゲミ「ふぅん」
ツバサ「ということで、また同じクラスの一員としてよろしく、シゲミさん」
シゲミ「こちらこそ。でも気をつけることね。誰かがアナタの本当の姿を見たとき、私に駆除依頼を出すかもしれないから」
ツバサ「えっ?そしたら見逃してくれるでしょ?」
シゲミ「いいえ。きっちり始末するわ。私はプロだから」
ツバサ「冗談キツいねー」
シゲミ「私、冗談なんて言わないの」
シゲミとツバサは並んで歩き、校舎の中へ入っていった。
<VS ポコポコ様 Round3-完->