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幻のニューネッシー①

東京都内の宇津墓うつぼ駅は濁った川沿いに建つ駅で、改札を出て徒歩30秒のところに釣り堀がある。川の一角を池のように区切り、こいのフィッシングが楽しめる施設だ。


池の隅で1mほどの間隔を空けて並び、釣り糸を緑色の水面に垂らすカズヒロ、サエ、シゲミ、トシキ。それぞれ裏返した黄色いビールケースに座り、レンタルした竹製の釣り竿を握っている。


およそ1時間ほど続けているが、全員合わせても現在まで釣果はゼロ。しかし彼らの目的は鯉を釣り上げることではない。



サエ「誰か早く釣ってよ〜。何でもいいから、


カズヒロ「ウワサとはいえざっくりとし過ぎだよなー。『宇津墓駅近くの釣り堀で池の鯉以外のものを釣ると何でも願いが叶う』って。小学校の七不思議でももっと具体性あるぜー」


トシキ「とか言いながら、僕たち1時間も釣りしてるわけで。漠然としたウワサでも効果はあるんだよ。それに今回は珍しくシゲミちゃんがやる気だし」


シゲミ「私、どうしても買いたい新型の手榴弾があるの。でも海外でしか販売されてないしネットでも取り寄せられなくて。だから手に入れるきっかけがほしい。空から降ってくるとか」


カズヒロ「……本当に釣られてるのは俺たちのほうかもなー」



トシキは釣り糸が池の中に引っ張られるのを感じ、竿を上げる。水中から上がった釣り針には、鯉ではなく小さな塊がついていた。大きさは10cm程度、色は全体的に茶色っぽい。形はキリンが首を下げて水を飲んでいる姿のように見える。



トシキ「なんだこれ!?」



塊を釣り針から外し、地面に置くトシキ。微かに腐敗臭を放っている。



シゲミ「……鯉以外のもの、釣れたわね」


サエ「それが願いを叶えてくれる何か?見た目キモいんだけど〜」


カズヒロ「縁起の良いものには見えないなー」


トシキ「これ……まさかニューネッシー!?小さいけどニューネッシーじゃないかい!?」


サエ「何それ〜?」


トシキ「1977年に太平洋で巨大な腐乱死体が引き揚げられてね。その形がイギリスのネス湖に生息するといわれる未確認生物ネッシーに似ていることから『ニューネッシー』と呼ばれたんだよ。まさかこの釣り堀にもいたのか……見てよ、僕が釣り上げたこの塊、なんとなく首長竜っぽくないかい?ネッシーは白亜紀に生きた首長竜の生き残りという説があるんだ」


サエ「いや絶対違うっしょ〜?ただのゴミじゃないの〜?」


トシキ「サエちゃん、心霊同好会ならもっとロマンを持ちなよ!」


カズヒロ「ニューネッシーの正体はウバザメの腐乱死体って説が濃厚だよなー。トシキが釣り上げたそれも、池の鯉が死んで腐って、ネッシーっぽい形になっただけじゃねー?そもそも小さ過ぎるしー」


トシキ「現実主義者どもめ!シゲミちゃんはどう思う?」


シゲミ「私も釣るわ、ニューネッシー」


トシキ「さすがシゲミちゃん!何度も怪異と対面してるだけあって理解が早いね!じゃあ僕はお先に自分の願いを叶えてもらうよ。何にしようかなぁ……?」



トシキは空を見上げて数秒考え込んだ後、目を閉じて両手を胸の前で組み、顔を地面のニューネッシーらしきものへと向ける。



トシキ「僕の身近で怪現象がたくさん起きますように……できれば安全なものでお願いします」



トシキが祈りを捧げた直後、右側に2mほど離れて置いてあったビールケースに若い男性が座り、釣りを始めた。オールバックで黒いタキシードを着た色白の男性。右手で釣り竿を持ち糸を池に垂らし、左手で日傘を差している。


一見すると釣り堀の客とは思えない出で立ちをした男性に、いぶかしげな表情を向けるトシキ。トシキと目が合った男性は笑顔を浮かべた。



男性「釣れてますか?」


トシキ「ええ、まぁ……あの、失礼ですがアナタは何者ですか?」


男性「通りすがりの吸血鬼です」


トシキ「吸血鬼!?」


吸血鬼「ああそんなに驚かないで!私、吸血鬼といっても人間の血は吸わないタイプでしてね!代わりに赤ワインを飲むようにしてるんです!だから安心してください!ここにも、単に釣りを楽しみに来ただけなんです!」


トシキ「実害なさそう!こんな吸血鬼がいるんだ……」



吸血鬼は「失礼しました」とトシキに言い、釣りに集中し始めた。少しの間呆然としたトシキだが、口元がにやける。早速ニューネッシーらしきものの効果を実感した。

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