ヒョウモンダコ大学4号棟地下
室内には巨大な水槽がいくつも並び、緑色の溶液に浸された裸の人間や動物、昆虫が格納されている。人間とも既存の動物とも形容しがたい生命体も多数。
ラボの最奥で椅子に座り、デスクの上に置いたパソコンを操作する混堂。前頭部から頭頂部までハゲ上がり、黒縁のメガネをかけ白衣を着ている。
混堂がキーボードのエンターキーを押そうとした寸前、ラボ内に大きな爆音が響いた。手を止めて椅子から立ち上がる。背後を向くと、ブレザー姿の女子高生が立っていた。
シゲミ「アナタが混堂教授ね」
混堂「そうだが……誰だ貴様は!?外は私の実験体たちに見張らせていたはず!?」
シゲミ「全て駆除した。一緒に来てもらうわ」
混堂はパソコンのほうへ向き直り、キーボードを激しく叩く。直後、シゲミが手刀を混堂の首に見舞った。気絶してキーボードの上に倒れ込む。混堂の襟首を掴んだシゲミは、その体を右脇に抱えラボを後にした。
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混堂が目を覚ます。革張りのソファの上に座らされていた。手首と足首を結束バンドで縛られ、身動きが取れない。目の前には、同じ形のソファに座る見知らぬ女性と、ラボに乗り込んできた女子高生。
混堂「なん……だ……ここは……?」
シゲミ「目を覚ましたわね」
混堂「な……なぜ私を?」
歯砂間「お前には今後、私たち『
混堂「『魎』……?」
歯砂間「もう怪異を生み出す研究はさせない。外にも出さない。一生隔離する。命がある限り、私たちにその知識を提供し続けろ」
混堂はシゲミと歯砂間をにらみつける。
混堂「貴様らが何者かは知らんが、私を拉致したようだな……こんなことをしてタダで済むと思うなよ!私がいなくなったと大学が気づけばすぐ警察に通報する!貴様らなどあっという間にブタ箱行きだ!」
歯砂間「……たしかに、何の下準備もなく拉致っちゃったからなぁ。警察を誤魔化すのは骨が折れる。本部のほうで対応してくれるかなぁ?」
左手でこめかみを押さえ、悩む歯砂間。その様子を見てシゲミが、スカートの左ポケットからスマートフォンを取り出した。
シゲミ「歯砂間さん、もし混堂教授を公的に死んだことにできるとしたら、いくら出します?」
歯砂間「本部に相談する必要はあるけど、1000万……いや2000万かな」
シゲミ「じゃあ2000万で」
シゲミはスマートフォンを左耳に当て、電話をかける。
シゲミ「父上、今から情報を送る人を死亡扱いにしてほしい。死因は……実験中の事故が自然かしら?細かい辻褄合わせは任せるわ。24時間以内にお願い。あと見積もりをもらえる?完了したら連絡をちょうだい。いつもの口座に報酬を振り込んでおくから」
通話を終えるシゲミ。
シゲミ「明日の今頃には、混堂教授はこの世にいないことになっているでしょう。役所や警察、職場にも死亡したと連絡が行き、
混堂「……なんだと?」
シゲミ「私の父は人間の生死を偽装するプロ。生きている人間を死んでいるように、死んでいる人間を生きているように見せかけられるの。混堂教授、アナタはもうすぐ社会的には死んでいることになる」
混堂「で、電話1つでそんなことが……」
歯砂間「へぇ。シゲミさんの家族のことは調べたけど、お父様の情報は全く手に入らなかったんだよね。そんなことができる人だとは」
シゲミ「父の本来の役割は、私たち家族の仕事中に死人が出た場合の情報処理」
歯砂間「家族みんな殺し屋なのかと思ってた。ちなみに、混堂の家族に遺体が届くと言っていたけど、それはどうやるの?」
シゲミ「知らない方がいいわ」
歯砂間「……企業秘密ってわけね」
ソファから立ち上がるシゲミ。
シゲミ「これで依頼達成ということで良いですか?授業に間に合わなくなっちゃうからもう行きます。報酬は最初に提示してもらった5000万に、混堂教授の死を偽装した分の2000万を上乗せした合計7000万。さっき伝えた口座に入金しておいてくれます?」
歯砂間「わかった。今月末までに振り込むよ」
シゲミはソファの後ろを回り、応接室の扉の前へ移動する。ドアノブに手をかけたと同時に、歯砂間が「シゲミさん」と声をかけた。扉を開ける手を止めて振り返るシゲミ。
歯砂間「私たち『魎』は優秀な人材を求めている。混堂のような研究員だけでなく、怪異を駆除する兵士も。シゲミさん、私設特殊部隊の一員として『魎』に正式に加入してもらえないかな?」
シゲミ「お断りします。アナタたちのことを完全に信用したわけじゃないし、私、集団行動が苦手なので」
歯砂間「そっか、残念。でも近いうちにまた仕事をお願いすると思う。悪さをする怪異は多いからね。だから今後ともよろしく、爆弾魔・シゲミさん」
シゲミは無言で扉を開き出て行った。
歯砂間「さて混堂
混堂「わ、私に何をやらせる気だ……」
歯砂間「怪異に関する研究と聞いてるけど、具体的な情報は私たち支部にまで降りてきてないんだよね。たぶん死ぬほど働かされるだろうけど、死にはしないよ」
混堂「や、やめろ……やめてくれ……私の研究は」
混堂が座るソファの後ろに回り込む歯砂間。ズボンの右ポケットから取り出した白いハンカチで混堂の鼻と口を覆う。
歯砂間「お前が残したデータは1つ残らず『魎』が回収し活用する。保存したエッチな画像も全部、世に出回ることはないから安心しろ」
ハンカチに染みこんだ化学薬品の匂いを嗅ぎ、混堂は意識を失った。
<怪異研究機関『魎』-完->