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怪異研究機関「魎」②

歯砂間はざまは手にしたタブレット端末で映像を再生する。コンクリートがむき出しの薄暗い廊下。映像は撮影者の視点とほぼ同じくらいの高さと思われる。突如、撮影者が悶え苦しみ、画面の下のほうから血飛沫が舞った。映像がぐるりと反転し天井へと向く。その先には、無数の牙が生えた横に長い口があった。赤い扁平の頭で、その両脇に目らしきものがついており、頭頂部から2本の触覚が伸びているムカデのような頭。口が大きく開かれた直後、映像が停止した。


タブレットをテーブルの上に置く歯砂間。



歯砂間「今のは混堂こんどうの確保に当たっていた特殊部隊員のヘルメットに取り付けたカメラの映像ね。リアルタイムで『りょう』の本部にデータが送信されていた。この映像を撮影した隊員は巨大な怪異に喰われたみたい。混堂が生み出した怪異にね」


シゲミ「他の隊員は?」


歯砂間「死ぬ瞬間を映していたのはこの隊員のカメラだけだった。けど、ほぼ間違いなく全員殺されてる」


シゲミ「私に、この怪異を駆除しつつ混堂教授を拉致しろと」


歯砂間「そう。混堂が何を目的に怪異を生み出しているかはわからないけど、こんな危ないヤツを野放しにするわけにはいかないでしょ?コイツの実験で民間人の犠牲も出てるし。今後、混堂は『魎』で管理し、個人的な研究を一切させない。そこでシゲミさんに協力してほしいんだ。やってくれないかなぁ?この世から危険分子を排除すると思ってさぁ。怪異暗殺のプロであるキミならきっと達成できる」


シゲミ「……報酬次第」


歯砂間「5000万でどう?」


シゲミ「すいぶんと気前が良いんですね。立ち上がったばかりの組織がそんな大金を払っちゃって大丈夫ですか?」


歯砂間「たしかに手痛い出費だけど、混堂を取り込むことができればすぐに回収できる」


シゲミ「……引き受けます。明日の朝7時までに混堂教授をここに連れてくるので、待っていてください」



−−−−−−−−−−−



AM 1:24

ヒョウモンダコ大学正門前

鉄製の門が閉じられ、門の前に男性の警備員が1人立っている。眠そうにあくびをする警備員の耳に、「にゃーん」という猫の鳴き声がどこからともなく飛び込んできた。辺りを見回す警備員。鳴き声は、門のすぐ左脇にある草むらの中から聞こえる。



警備員「今は仕事中。持ち場を離れちゃいけない……でも俺は無類の猫好きなんだ……猫の声を聞くと、俺が呼ばれているような気がして、近寄って頭からお尻までなでたくなってしまう」



「にゃーん、にゃーん」と繰り返し鳴く猫。その声はか細く弱々しい。



警備員「大丈夫かなぁ……何日も食べてなかったり、どこか怪我したりしてないかなぁ……正直、大学なんかよりも猫を守ってあげたい。それこそ俺の使命だと思うんだ……猫のほうが2億倍大切……この気持ち、もう抑えられないぃぃぃ!猫ちゃん!俺が保護してあげるからねぇぇぇ!」



警備員は駆け足で草むらに近づく。草むらの中で猫の鳴き真似をしていたシゲミが立ち上がり、警備員の首にチョップした。気絶した警備員を草むらの中へ引きずり込み、周りから見えないよう隠すシゲミ。見張りがいなくなった正門を飛び越え、ヒョウモンダコ大学に侵入する。



シゲミ「歯砂間さんの話では、小隊は4号棟と5号棟の地下を捜索中に連絡を絶った……どちらかに混堂教授のラボがあるわね」



シゲミは左肩にかけたスクールバッグを手で押さえ、足音を立てないようにキャンプパス内を走る。



−−−−−−−−−−



4号棟地下

薄暗い廊下を走るシゲミ。床に血痕を見つけ、しゃがみ込んで観察する。特殊部隊のものだろう。周囲に弾痕はない。


廊下の状況と歯砂間に見せてもらった映像を照らし合わせ、侵入した部隊員は全員漏れなく頭上から奇襲されたのだとシゲミは推察する。そしてスクールバッグに左手を入れながら、天井を見上げた。映像に映っていたものと同じ個体だと思われる怪異が天井を這っている。5mは超えているであろう黒くて長い節ばった胴体。その左右に人間の手が12つい生えている。人間とムカデを合成したような怪異。


シゲミは瞬時に手榴弾を取り出し、ピンを抜いてムカデ型の怪異目がけて投げる。シゲミに食らいつこうとしていた怪異の眼前で手榴弾が爆破。怪異は「ピギィィィィッ」という甲高いうめき声を上げる。


爆発に巻き込まれないよう床の上で前転し、ムカデ型の怪異から距離を取るシゲミ。しゃがんだまま怪異と向き合う。手榴弾の爆発を受け、怪異の頭は半分近く消し飛んでいたが、まだ活動を続けている。


天井を蹴って思い切り長い体を伸ばし、シゲミに向かう怪異。シゲミはジャンプし、怪異の噛み付き攻撃をかわす。そして長く伸びた腹の上を階段のように駆ける。12対の人間の手がシゲミの足首を掴もうとするが、トムソンガゼルのように素早く動くシゲミを捕らえることはできない。


走りながらシゲミは、スクールバッグに入れていたC-4プラスチック爆弾を怪異の腹に貼り付けた。そして腹を蹴って爆弾から離れると、空中でスカートの右ポケットに手を入れすぐ外に出した。黒い筒状の起爆スイッチを握っている。シゲミは親指で起爆スイッチを押した。



シゲミ「今度のは手榴弾と比べものにならない威力よ」



C-4が爆発。ムカデ型の怪異の胴体が2つに分かれ、天井から床に落下する。体がちぎれてもなおうごめき続ける怪異。シゲミはその脇を歩いて通り抜けながら、スクールバッグから手榴弾を3つ落とした。背後で爆発が3回起き、怪異の体をバラバラに砕く。完全に息の根を止めた。



シゲミ「駆除完了。あとは混堂教授を確保すれば……」



廊下の突き当たりから、シゲミの身長より大きな何かが飛び跳ねながら現れた。顔はヒキガエル、体は筋肉質な人間の男性のもので、手足には水かきと吸盤がついている。



シゲミ「1体だけじゃなかったのか」



ヒキガエル型の怪異がパクパクと口を開き、ささやく。



怪異「……して……殺して……くれ……」



先ほど戦ったムカデ型の怪異とは異なり、目の前の怪異には動物と合成される前の、人としての自我を残している。姿は変われども、紛れもないであると認識したシゲミは、眉をひそめた。



シゲミ「わかった。でも人間を一方的に殺すのはイヤなの。『正当防衛で仕方なく殺した』と思い込みたいから、全力でかかってきてくれるかしら?」

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