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怪異研究機関「魎」①

天井の配線が剥き出しになっている薄暗い廊下を、一列になり進む6人の男たち。全員、黒いヘルメットとガスマスク、防弾チョッキを装備し、手にはフラッシュライト搭載の自動小銃を携えた特殊部隊員。


廊下の左右にある扉を次々に開き、中を確認していく。先頭を歩く男性が左肩に装着した無線機を起動し、別働隊に呼びかけた。


αアルファチーム隊長「こちらαチーム。4号棟地下にてターゲットの捜索を開始。βベータチーム、そちらの状況を報告せよ」



無線機から男性の声が流れる。



βチーム隊員「こちらβチーム。5号棟地下にターゲットは……な、なんだコイツは!?」


αチーム隊長「どうした?」


βチーム隊員「うわぁぁぁぁあがっ」



ノイズ混じりのうめき声と銃声が響く。



αチーム隊長「何があった?応答しろ!βチーム!」



通信が切れる。直後、背後から悲鳴が聞こえ、隊長は自動小銃を構えながら振り向いた。隊員たちが全員姿をくらましている。床に血だまりが5箇所できたいた。


異変を察知し、警戒しながら歩みを進める隊長。突然、腹部に激痛が走り、体が宙に浮かび上がった。



−−−−−−−−−−



PM 5:14

東京都 市目鯖しめさば区内にある4階建てのビルの前にやって来たシゲミ。壁面が灰色の、日本を探せば1億棟くらいありそうなありふれたビルだ。


シゲミは入口の自動ドアを開け、ロビーの奥にある小さいエレベーターに乗る。4階に到着し、エレベーターを降りた。目の前には白い扉とインターホン。インターホンを押した1分後、扉が開き女性が現れた。30代前半で茶色い髪をポニーテールにし、上下紺色のスーツを着ている。女性は「ようこそ。入って」と言い、扉の向こうへシゲミを招き入れる。


20畳ほどの広い部屋、その中心にパソコンを置いたテーブルを並べ、作業をしているスーツ姿の男性が4人。女性は「こっち」と、すぐ左手にある扉を開けた。


先の部屋より一回り小さい、ガラス製のローテーブルを挟むように革張りのソファが並ぶ応接室。ブラインドから西日が差し込む。女性は手前側のソファに座り、シゲミに奥側のソファに座るよう促した。


シゲミがソファに腰を下ろすと、女性はシゲミの目を真っ直ぐ見て口を開く。



女性「急に連絡してごめんなさいね。ブレザーを着てるってことは、学校から直接来てくれたのかな?」


シゲミ「ええ」


女性「遠かった?」


シゲミ「お気遣いなく。それよりアナタの素性と、依頼内容の詳細を聞ききたいです」


女性「そうだよね。まずは自己紹介から。私は怪異研究機関『りょう』の市目鯖支部長・歯砂間はざま リョウコ。アナタのことは調査済みだから紹介は結構よ。よろしくね、爆弾魔・シゲミさん」


シゲミ「よろしくどうぞ。いきなりですけど質問が」


歯砂間「わかってる。『魎』についてだよね。『魎』は簡単に言うと怪異の研究をしている民間組織。怪異が発生するメカニズムを分析し、最適な駆除方法の特定および発生の抑止を目指している。警察が動けない、怪異が引き起こした事件の収拾も活動の一環」


シゲミ「創設者は?」


歯砂間「話すと長くなるし、今回の依頼には関係ないから割愛させてもらえるかな?」


シゲミ「……実体のある組織なのでしょうか?」


歯砂間「バカげたウソ話だと思った?でも、キミたち家族も怪異を専門とした殺し屋業で生計を立てている。怪異を相手にしてる点では、『魎』もキミたちと同じようなもの。シゲミさんなら私たちのことを理解してくれると思ったんだけど」


シゲミ「……まだ完全に信用したわけじゃないですけど、とりあえず話は聞きます」


歯砂間「ありがとう。ただシゲミさんの言うこともあながち間違いではないんだ。『魎』が正式に立ち上がったのは3カ月前。まだ実績はほとんどないし職員も少ない。体制は不安定で、今回依頼したいことに関しても急遽私が指揮することになってね。突貫で進めているんだ」


シゲミ「歯砂間さんも大変なんですね」


歯砂間「まったくだよ。人手不足だってのに……ってことで、シゲミさんの力を借りたい。依頼はある人物の拉致」


シゲミ「拉致……本当に私への依頼ですか?私はアナタが言ったとおり、怪異専門の殺し屋。人間の拉致は専門外ですけど」


歯砂間「もちろん理解してる。シゲミさんでないとこの依頼は達成できない」


シゲミ「……」


歯砂間「拉致したい人物というのは、ヒョウモンダコ大学理学部生物学科教授の混堂こんどう ノブチカ。名前をネットで検索すれば顔写真も出てくる」


シゲミ「一般人の拉致?なおさらアナタたちを信用できなくなりました」


歯砂間「混堂は一般人ではない。怪異を生み出している研究者」


シゲミ「怪異を生み出す?」


歯砂間「大学の地下に自分専用の秘密ラボを作り、人間と動物を合成した生物を作っている。ほら、人面犬って有名な怪異、いるでしょ?混堂はああいう生物を作る研究をしてるの」


シゲミ「……にわかには信じがたい話ですね。仮に人間と動物を合成した生き物がいるとして、それは怪異と呼べるのでしょうか?」


歯砂間「世界中で人間と動物のハイブリッドのような生物の目撃情報が多数存在していて、それらはすべて『怪異』として括られている。少なくとも私たち『魎』では、怪異という認識よ」


シゲミ「じゃあ私への依頼内容は、混堂という人が生み出した怪異を駆除しつつ彼を攫うこと?」


歯砂間「そう。『魎』は怪異の研究を急ピッチで進めている。そのために怪異に関する知識を持つ人材は誰でも取り入れたいの。混堂もその一人」


シゲミ「だったら拉致するんじゃなくて、直接交渉したらどうですか?」


歯砂間「したよ。でも交渉に行ったウチの職員2人と、その日から連絡が取れなくなった。ほぼ間違いなく混堂に殺されている。彼は私たちに協力する気は一切ないってわけ」


シゲミ「交渉相手を殺した……混堂教授は研究のことを知られたくないようですね」


歯砂間「職員の死を受けて『魎』は混堂を危険人物と見なし、早急な確保のため今朝未明に武装した私設特殊部隊をヒョウモンダコ大学に極秘で送り込んだ。2個小隊、計12人。その小隊とも連絡が途絶えた。ただの学者が特殊部隊12人を返り討ちにできるはずがない……ちょっと待っててね」



歯砂間はソファから立ち上がり、応接室の扉から外に出て行った。30秒ほどで戻り、再びソファに腰を下ろす。歯砂間はタブレット端末を持っており、画面をシゲミに見せた。



歯砂間「小隊に何があったのか、この映像を見てほしい。ちょっとショッキングな映像だけど、キミは慣れっこだよね?」

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