エイドリアン・シュバルツベッガーの絵はシゲミの蹴りにより大きな穴が空いた。絵としての原型は留めておらず、「もう絵からエイドリアンが飛び出すことはないだろう」という感覚を得たシゲミたち。
皆が安堵する中、フミヤだけが腹を立てている。
フミヤ「何もかも僕の計算外だ……シゲミさん……いやシゲミぃ!自力で除霊ができて悦に入ってるのだろう!?」
シゲミ「いや別に」
フミヤ「コズエさんの力は及ばなかったが、モトヨシの肉体美があったからこそ今回の件は収められたのだ!つまり生徒会の力!」
カズヒロ「趣旨変わってねーか?」
トシキ「今回の怪異は筋肉バトルで何とかできたけど、他の怪異も筋肉だけで追い払えるとは限らないよね」
フミヤ「ぐっ……いいだろう。この場はおとなしく身を引いてやる。シゲミ、お前の爆発物の持ち込みについてもしばらくは目をつむろう」
シゲミ「やったー」
フミヤ「だが諦めたわけではない!コズエさんの術に磨きをかけ、今度こそ生徒会の手で平和的に怪異を追い払ってみせるからなぁ!首を洗って待っとけ!行くぞ!モトヨシ、コズエさん!」
モトヨシ「アイサー」
コズエ「変な因縁ができちゃったなぁ……めんどそう」
美術室の入口扉へ向かうフミヤに、コズエとモトヨシが続く。生徒会の3人は美術室を後にした。
サエ「なんか、また突っかかってきそうじゃない?あのトリオ」
カズヒロ「でも心配なくねー?アイツらポンコツだし」
トシキ「そうだよ!あんな連中にシゲミちゃんが負けるわけないって!」
シゲミ「もし次に生徒会と勝負することになったら、爆弾を使ってもいいのよね?」
話し込む4人に近寄るヒロコ。
ヒロコ「あの、ありがとうございました。でも……何で私の描いた絵から怪異が?」
カズヒロ「そうだよ。その理由がまだわかってねーよ」
左手で自分のアゴを触るシゲミ。
シゲミ「エイドリアンの幽霊が現れる前、私たちの口から何かが抜け出て絵に吸収された。人間から何らかのエネルギーを奪い取ったモチーフが具現化して動き出し、エネルギーが切れると元の絵に戻る……こういうことじゃないかしら?」
トシキ「だとしても、なんでヒロコちゃんの描いた絵が?」
シゲミ「これも推測だけど……ヒロコちゃん、アナタの描く絵には特別な力があるのかも。絵を見た人のエネルギーを吸い取って、モチーフを具現化させる力が」
ヒロコ「私の絵に、そんな力が……?」
シゲミ「これからは風景画を描くことをおすすめするわ。そうすれば今回みたいに幽霊を具現化することはなくなると思う」
ヒロコ「わ、わかりました!」
笑顔になるヒロコ。その直後「あっ」という言葉とともに、何かを思い出す。
ヒロコ「私の絵、見た人のエネルギーを吸って動き出しちゃうんですよね?」
シゲミ「おそらく」
ヒロコ「……例えば私の絵をもっと大勢の人、何十、何百って数の人が見たらどうなるんでしょう?」
シゲミ「それだけたくさんのエネルギーを吸い込むことになるから、飛び出したモチーフはより長く動き続けるんじゃないかしら?」
ヒロコ「実は……私が描いたある絵がコンテストで大賞を獲って、先週から
サエ「……ってことは」
カズヒロ「美術館に来た客がヒロコちゃんの絵を見てる……」
シゲミたちの背中に悪寒が走る。
シゲミ「何の絵を描いたの?」
ヒロコ「私の家族が昔から信仰している神様の絵です。私のアレンジが少し入ってますけど」
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市目鯖美術館
薄暗い館内の一角、壁に掛けられた1枚の油絵が目立つように上部からライトアップされている。白い腰布を巻き、上半身裸で両手を小さく開いた少年の全身像。黒髪のマッシュウルフカットで目鼻立ちがはっきりした10代半ばの少年で、絵のすぐ下には『化身』と書かれた札が飾られている
絵を半円状に囲み見上げる50人近い群衆。その中から初老の男性が前に出た。男性が床にひざまずくと、群れを成す男女全員が続いてひざまずく。
男性「神よ……私たちの
男性が顔を上げる。その口から白い塊がズリズリと抜け出て、宙を舞った。絵を囲む男女ぞれぞれの口からも白い塊が現れる。塊は全て絵に吸収された。
絵の中の少年が瞬きをし、両手で額縁を掴んで3D映像のように飛び出た。そして着地すると同時に、ひざまずいている男性の頭を右足で踏みつける。男性の頭は床にめり込んだ。
少年「所詮は人間がイメージした体やな。本来の力の10分の1も出せへん……お前らの想像力だけやなく、体そのものをオレに寄越せや」
男性「……神は我々に永遠の命を与えてくださると……」
少年「オレは
男性「……そんな」
少年「せやけど、お前らはオレをこの世に具現化し続けるエネルギー源として、オレの体の中で生き続けられるでぇ」
男性「……ですが」
少年「オレの体内こそ最も平和で安全ってわからへんの?地球上のどの生物よりも長く生きられる場所やで。オレに命を狙われることがないんやからなぁ」
男性「……承知しました。この身、喜んで差し上げます。我らが神・
ポコポコ様と呼ばれた少年の頭が風船のように数十倍に膨らむ。そして巨大な口で、ひざまずく人々を一人残らず丸呑みにした。
膨らんでいたポコポコの頭が元のサイズに戻る。
ポコポコ「全然足りひん。もっと人間を食って力を蓄えんとなぁ」
<想像力の化身-完->