中央にある机を4つ向かい合わせにし、その1つに座るC組の担任男性教師・
マニュアル通りに授業を行い、生徒とは最低限のコミュニケーションしか取らない。定年退職までに残された時間を、いかにエネルギーを使わずに乗り切るか。怠岡の頭の中にはそれしかなかった。
だが教師という仕事は、生徒に対して授業をしていれるだけでは務まらない。生徒の親と対面する機会もある。今日がまさにその日。担任と生徒、その親が対話する三者面談の実施日である。怠岡が苦手としているイベントの1つだ。
教師と生徒の間には明確な上下関係があり、教師の方が立場は上。適当にあしらっても生徒は疑問にすら思わない。しかし親と教師とでは力関係が逆転する。教師は親におべっかを使わなければならない。場合によっては機嫌を損ねてモンスターペアレントと化す親もいる。三者面談の期間中は、熱意のカケラもない怠岡でさえ気を引き締めなければならない。
4組の親子との面談を終え、この日最後の組になった。教室の扉が3回ノックされ、女子生徒と母親と思しき女性が入室する。シゲミとその母・トモミ。怠岡は「おかけください」と2人を正面の席に座るよう促す。怠岡から見て右側にシゲミ、左側にトモミが座った。
怠岡とトモミは初対面。トモミを見た怠岡はその若さに驚いた。高校生の子供がいるということは、どれだけ若く見積もっても30代前半。しかし20代と言われても信じてしまうほどにトモミは若く見える。そしてあらゆる部位が長いことにも
想像以上に美しい母親の出現に、気合いが入る怠岡。スケベ心だけは未だに衰えていない。
一方で懸念点もある。怠岡は、受け持っている生徒の中でシゲミが特に苦手だ。クラスメイトと接することがほとんどなく、表情からは何を考えているかわからない。授業は真面目に受けているが目つきは飢えたピューマのようで、教壇に立つと妙な緊張感に襲われる。何より爆発物を学内に持ち込んでいる危険人物。
得たいの知れないシゲミからどんな言葉が発せられるか、不安に
怠岡「シゲミさんの担任、怠岡と申します。いやはや、お母様がこんなに若く美しい方だとは思いませんでした」
トモミ「先生、ルッキズムという言葉をご存じでしょうか?見た目だけでその人物の価値を判断することです。先生がいま私に対して行ったのはまさにルッキズム。昨今、仮に相手を褒めるためだとしても外見に言及することは一種の差別だと捉えられてしまうのです」
怠岡「はぁ……」
トモミ「先の言葉は聞かなかったことにしますので、これ以上私の外見的特徴については触れないでいただきたい」
怠岡「す、すみませんでした……」
頭を下げる怠岡。
シゲミ「母上、初っぱなから先生を追い詰めるな」
トモミ「……そうね。失礼しました、怠岡先生。初対面の相手には舐められないよう先制攻撃を加える。これが私のモットーでして、つい意地の悪いことを言いました」
怠岡「いえ、私も配慮に欠けた言動をとってしまいましたから……」
怠岡の中でトモミのイメージが一変する。おとなしく清楚な人物像を思い描いていたが、真逆。非常に攻撃的な性格である可能性が高い。怠岡の心の中で警戒レベルが上がる。先ほどまでは何か理由を見つけてトモミと長く話そうと考えていたが、早めに切り上げたほうが良いと判断を改めた。
怠岡「時間も限られていますので、本題に入りましょう。シゲミさんですが、いつも真剣に授業を受けており、成績も優秀です。学業については文句のつけようがありません」
トモミ「そうですか」
満足そうに微笑むトモミ。その顔色をうかがいながら怠岡は続ける。
怠岡「ただ、他の生徒ともっと交流してほしいというのが、担任としての希望ですね。シゲミさんは自分の殻に閉じこもりがちな面があるのか、休み時間などはずっと本を読んだり、学校内を歩き回ったりして過ごしておりまして」
トモミ「言葉を挟みますが、他の生徒との交流が少ないことに何か問題があるのでしょうか?」
怠岡「えっと……問題があるわけではありません。しかし、学校はただ勉強をするための場所ではなく、人間性を育む場所でもあります。生徒たち同士の交流を通して社会に出たとき必要なコミュニケーション能力を養うのも学校の」
トモミ「現代社会では『個』が重んじられ、人との関わり合いを可能な限り少なくしていく動きが強まっています。例えばテレワークを導入する企業が増え、社員同士が対面しなくても働けるようになってきていますよね?」
怠岡「た、たしかにそうですが……」
トモミ「このような世の中において重要なのは、一人でも生き抜く力を身に付けることだというのが私の考えです。何でも他人に依存するのではなく、自力で解決していく力こそ必要になるのではないかと。先生はどのようにお考えなのでしょうか?」
怠岡「えーっと……そうですね……おっしゃるとおりだと」
追い詰められ困惑する担任を見て、シゲミは
シゲミ「母上、先生の言うとおり私が殻にこもっているのは事実よ。人と交流するとストレスを感じるの。もう少し克服したいとは思ってる。思ってるだけで実践してないけど。私にも非があるから先生を口撃するのはやめて」
トモミ「……ごめんなさい、怠岡先生。一度攻めたら反撃の隙を与えず攻め続ける。これが私のモットーでして。言葉が過ぎました。シゲミも自分を改めると言ってますので、どうか長い目で見守っていただけますと幸いです」
怠岡はトモミをモンスターペアレントだと認識した。いやモンスターというよりは魔王という表現のほうが適切だ。