PM 8:44
学校での授業を終え、その足で東京都内西部のとある山へやって来た
彼ら心霊同好会の活動はオカルト現象を調査したり、心霊スポットを探索したりすること。この日は活動の一環として山を訪れていた。
山道に街灯は1つもなく、明かりは4人がそれぞれ手に持つ懐中電灯のみ。人の気配も、車が通る気配もない。道は舗装されて歩きやすいが傾斜が続き、4人の体力を奪う。
サエ「まだなの〜?駅から3時間は歩いてるんだけど〜?山の奥深く過ぎてスマホ圏外になっちゃってるし〜!」
カズヒロ「トシキー、本当にあるのかよー?
トシキ「うん。あと10分くらいで着くと思うんだけどなぁ」
サエ「こんなに歩いて、ネットのウワサがデマだったらマジムカつく〜!」
トシキ「ウワサの真偽を確かめるのも心霊同好会の役割だと思うよ」
サエ「でもせっかく行くならオバケの1体でも出てほしいじゃ〜ん!写真か動画に撮れれば、私たち超有名人になれるかもしれないし〜!こんなに苦労したんだから、ちょっとくらい恩恵があってもいいじゃ〜ん!」
トシキ「オバケ、出るかなぁ?猫跳トンネルのウワサは『車で通っても何も起きないけど、歩きで入ると永遠に出口までたどり着けない』ってものだし。あまり期待しないほうがいいよ」
サエ「なぁんだ」
カズヒロ「それにもしウワサが本当だったら、トンネルに着いてからもさらに歩きだぜー」
シゲミ「永遠に。死ぬまで」
サエ「もう最悪〜」
カズヒロ「まぁそうしょぼくれるなよなー。ってことでトシキ、引き続きナビゲートと動画撮影に、車が来たときの注意喚起、クマとかイノシシとかが近くにいないかの確認と、懐中電灯の電池が切れたら手回し発電機での充電、頼んだぜー」
トシキ「僕だけ仕事多くない?」
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PM 8:55
4人は猫跳トンネルにたどり着いた。山を貫くように作られたコンクリート製のトンネルで、中は暗闇がずっと先まで続いている。懐中電灯で照らしても、出口は見えない。
トシキ「ここだね。間違いない」
サエ「暗〜っ!何も見えないじゃん!」
カズヒロ「ネットで見た画像より雰囲気あるなー……たぶん一本道だろうけど、はぐれないように注意しろよー」
トシキ「そうだね。特に僕は注意しなきゃ。僕みたいな陰キャってこういうとき置いていかれがちだから。小6の修学旅行の班行動でもそうだった」
サエ「カズヒロ、シゲミ、何かあったらトシキを生け贄として捧げよ〜。そうすれば私たちだけは助かるかも」
トシキ「ほら、こういうこと言い出すヤツがグループに1人は必ずいるんだ」
カズヒロ「トシキのかけてるメガネってそこそこ高級らしいから、本体ごと怪異に捧げたら喜ばれそうだよなー」
シゲミ「それにトシキくんが持ってるハンディカメラで撮影してるから、姿を隠したい怪異なら真っ先にトシキくんを襲うはず。その隙に私たちは逃げられる」
トシキ「……グループの4分の3が僕を犠牲にする方針で一致団結するなんてのは初めての経験だよ。これが僕の人生なのだとしたら、なんてハードモードなんだろうねぇ」
4人はトンネルの暗闇へと歩みを進めた。中はジメジメしていて、奥へ進むごとに感じる熱気が強くなっていく。4人が着ているブレザーは通気性が悪く、中に入って3分足らずで背中に汗がにじみ始めた。
サエ「あっつ〜!マジ溶けそうなんだけど〜!」
トシキ「トンネルの長さは1kmくらいだから、15分も歩いてれば出られるはずだよ。もうちょっと我慢して」
シゲミ「ウワサがデマだったらね」
カズヒロ「もし出られそうになければ引き返せばいいさー」
4人の声がトンネル内で反響する。まるでトンネルが野太い声でカズヒロたちにしゃべりかけているようだ。
歩き続けること30分。すでに1kmは歩いたはずだが、一向に出口が見えてこない。4人の視線の先には深い闇が続いている。
サエ「まだ出られないの〜?さすがにおかしくな〜い?」
カズヒロ「トシキー、猫跳トンネルの長さが1kmってのはたしかなんだよなー?」
トシキ「来る前に地図で確認したよ。そんなに長いトンネルじゃないはず」
シゲミ「でも出られないということは……ウワサは本当かもね」
暑さと疲労がピークになりしゃがみ込むサエ。トシキも「もう限界」と地面に腰を下ろす。
サエ「ちょっと休もうよ〜」
カズヒロ「こんな暑さの中でじっとしてても休まらないだろー。早く引き返そうぜー」
振り返り、来た道を戻り始めるカズヒロ。その後ろをシゲミが続く。ノロノロと立ち上がったサエもシゲミの背中を追いかける。トシキは座り込んだまま。
トシキ「もうちょっと……あと1分だけでいいから休もうよ」
カズヒロ「早くしろよトシキー!マジ置いてくぞー!」
トシキ「はいはい……わかりましたよぅ」
両膝に手をつきながら立ち上がるトシキ。顔を上げると3人の姿が見えなくなっていた。