スマートフォンの画面を見て、顔を引きつらせるスズカ。
スズカ「ケニーさんからだ……」
シゲミはスズカに右手を差し出し、「貸して」とスマートフォンを手渡すように言う。スズカは鳴動するスマートフォンをシゲミの手のひらに置いた。
通話ボタンとスピーカーボタンを同時に押すシゲミ。
シゲミ「もしもし」
ケニー「私、ケニーさん。今、
高い女性の声が響く。
スズカ「市目鯖駅……」
シゲミ「私はシゲミさん。
ケニー「ケニーさんは代理人に用事はないの。スズカちゃんに代わって」
シゲミ「いや、スズカちゃんの前にゲミーさんの相手をしてもらうわよ。わかった?ケニー」
ケニー「ケニー?『さん』をつけなさい。失礼でしょ?もう一度ちゃんと言って。ケニーさんって」
シゲミ「ケニー、ケニー、ケニー、ケニー。何度でも呼び捨てしてあげるわ。腹が立った?なら私を殺しに来なさい」
ケニー「アナタはこの電話の持ち主じゃないでしょ?ケニーさんは夜中の2時に電話をかけてくる非常識な人間を殺したいの。だからアナタに用はない。ケニーさんが会いたいのはスズカちゃん。スズカちゃんに代わって」
シゲミ「ならアナタを呼び捨てにした上に、これから暴言を浴びせようと考えている非常識で失礼極まりない私のスマホにも電話をかけて、殺しに来たらどう?ゲミーさんの番号は080-7⚫︎⚫︎⚫︎-2⚫︎⚫︎⚫︎よ。わかった?このストーキング・サイコ・マザーフ⚫︎ッカー」
ケニー「……覚えた」
ケニーのほうから通話が切られた。スマートフォンをスズカに返すシゲミ。
スズカ「大丈夫なのかよ?あんなに挑発して」
シゲミ「こうでもしないと私をターゲットにしないでしょ?」
シゲミのスカートの左ポケットに入れていたスマートフォンが鳴る。画面には0000-00000-0000の番号。シゲミは通話ボタンを押し、端末をを左耳に当てる。
シゲミ「もしもし」
ケニー「私、ケニーさん。今、市目鯖高校の正門にいるの」
シゲミが屋上のフェンスに近寄り、正門を見下ろす。スズカはシゲミの右隣でフェンスに顔を近づけた。正門に赤いレインコートを着てフードを被った人物が立っている。細い体つきからして、遠目からでも女性であることがわかった。
スズカ「赤いレインコートを着た女……ケニーさんだ……ウワサ通りの格好……ついに来やがった……」
レインコートの女・ケニーは屋上を見上げ、頬の上のほうまで大きく裂けた口でニヤリと笑う。スズカは背中に冷たいものを感じ、後ろに5歩下がってフェンスから離れた。シゲミはケニーを見つめたまま、スマートフォンで通話を続ける。
シゲミ「早く上がって来なさいよこのボンクラ。ビビってるんでしょ?いま屋上にいる私が見えているのに、正門から電話してくるというワンクッションを挟んでいることがアナタの腰抜けっぷりを物語っているわ」
ケニー「……」
通話が切れる。シゲミが瞬きした瞬間、正門にいたケニーの姿が消えた。シゲミはスマートフォンを右手に持ち替えると、フェンスに背を向けて歩き、屋上の中央で足を止める。
スズカ「シゲミ?」
シゲミ「ケニーは背後に来るんだったわよね?スズカちゃん、私の後ろを見ておいてくれる?ケニーが現れたら教えてちょうだい」
スズカは無言で頷き、シゲミの正面に回ると、向かい合うようにして10mほど後退した。
スズカが足を止めた直後、シゲミのスマートフォンが鳴った。通話ボタンを押し、右耳に端末を当てるシゲミ。
シゲミ「もしもし」
ケニー「私、ケニーさん。今アナタの後ろにいるの」
スズカが瞬きをした。その直後、さっきまで誰もいなかったはずのシゲミの背後に、赤いレインコートを着た背の高い女が現れた。
スズカ「来た……」
ケニーがシゲミのこめかみに向かって両手を伸ばす。手が頭に当たる寸前、シゲミは思いきり前方へと駆け出した。ケニーの両腕が空を切る。ケニーのほうへ体を向け、その姿を両目で捉えるシゲミ。
シゲミ「ケニー……覚えたわよ」
ケニーの足下で大きな爆煙が上がる。シゲミは、スズカが「来た」と口にした瞬間に左手をスクールバッグに入れて手榴弾を取り出し、ピンを抜いてケニーの足下に落としていた。
爆発に巻き込まれたケニーの左半身が霧散する。「ぎぎぎぃぃ」とノコギリを2本擦りあわせたようなうめき声を上げるケニー。シゲミはさらに手榴弾を2つ投げ、追撃する。
手榴弾が爆発して噴煙が2つ、柱のように巻き上がった。屋上に吹く風が噴煙を攫う。そこには2つのクレーターがあるのみで、ケニーは姿をくらませていた。シゲミの背中に隠れていたスズカが顔を覗き、呟く。
スズカ「やった……?やったのか……?」
シゲミ「いや、直前で逃げられた。でもケニーの顔は覚えたし、電話番号も知ってるから、いくらでも対処できる」
シゲミはスズカのほうを振り向き、両肩にポンッと手を置く。
シゲミ「もう大丈夫。あとは全部私に任せて」
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市目鯖高校からほど近い商店街の中にある廃ビル。辺り一面ゴミが散乱し、コンクリートがむき出しになった壁には落書きが施されている。誰も近寄ることのないこの場所に、命からがら逃げてきたケニー。左半身を失ったダメージは大きく、足はフラフラでこれ以上移動できない。太い柱にもたれかかり、息を整える。
ケニー「な、何なんだ……あのシゲミとかいうイカれたヤツは……殺されかけた……あんな危険な人間は初めてだ……もうアイツを狙うのはやめよう……関わっちゃダメだ……今度は何をされるかわかったもんじゃない……」
ケニーが着ているレインコートの右ポケット内でスマートフォンが鳴動を始めた。震える手で取り出し、通話ボタンを押して右耳に当てる。
ケニー「はい?」
シゲミ「私、ゲミーさん。今アナタの後ろにいるの」
ケニーの足下に手榴弾が転がった。
<ケニーさん-完->