東京都立
教卓の目の前の席に座るシゲミは、7時限目終了のチャイムが鳴ったと同時に、荷物をまとめ帰宅の準備を始める。
教室の前側の入口から、赤い髪を肩まで伸ばした女子生徒が入ってきた。女子生徒は、スクールバッグに教科書を詰め込むシゲミへと近づき、右隣で足を止める。
女子生徒「アンタ、シゲミだろ?ちょっとツラ貸してくれや」
C組の教室にいた生徒たちはギョッとし、シゲミの周りから距離を置く。そしてヒソヒソと会話を始めた。女子生徒は市目鯖高校内で有名な不良グループ『
気に食わない者を見かけると素手でのタイマン勝負を挑み、顔面を血まみれにすることから『血染め』と呼ばれる彼女ら。主なターゲットは校内の不良やヤンチャそうな他校生、街のチンピラたち。特にスズカは52戦49勝と圧倒的な戦績で、三羽ガラス最強と名高い。「スズカの髪が赤いのはタイマンで倒した相手の血で染めているから」ともウワサされている。
そんなスズカが、クラスメイトとほとんど会話をしないシゲミに声をかけるというのは周囲の生徒たちからすると異常な光景だった。「今まで不良やチンピラしか相手にしなかった血染めの三羽ガラスが、おとなしい系の生徒にも手を出すようになったか」「シゲミちゃんみたいに一人で行動していると目をつけられるのかもしれない」と、一瞬にしてさまざまな憶測が流れる。
スクールバッグを左肩にかけ、椅子から立ち上がるシゲミ。
シゲミ「私に何か用?」
スズカ「ここは場所が悪い。屋上に来てくれるか?」
スズカは教室の入口へと歩く。その後ろに続くシゲミ。教室を出る寸前、スズカは振り向き、室内にいる生徒たち全員に向かって大声で叫ぶ。
スズカ「アタシらに着いてくんじゃねーぞ!来たヤツはボコボコにして全身の毛剃って屋上から突き落とす!」
生徒たちはスズカの恫喝に恐怖し、一斉に黙る。スズカとシゲミは静まり帰ったC組を後にし、屋上へと向かった。
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市目鯖高校 屋上
フェンスのそばに並んで立つスズカとシゲミ。スズカはフェンスの外を眺めるだけで、いつまで経っても要件を話そうとしない。しびれを切らしたシゲミが口を開く。
シゲミ「スズカちゃんたちはタイマン勝負が好きなのよね?私なら受けて立つけど、死んでも化けて出ないでね。もう1回殺すことになって手間だから」
スズカ「いや違う。タイマンをしたくてアンタを呼んだわけじゃない……幽霊を駆除してほしいんだ」
スズカはシゲミのほうへ向き直る。
スズカ「ケニーさんって知ってる?」
シゲミ「ウワサなら聞いたことある」
スズカ「なら話が早い。ケニーさんは20年前に自殺した女性の幽霊らしくて、夜中の2時に0000-00000-0000の電話番号に発信すると、ものすごく低い確率でケニーさんにつながるって言われてるんだ」
シゲミ「電話番号の桁数、多いわね」
スズカ「ああ、本来ならつながらない番号だ。でも何故かつながってしまうことがある。するとケニーさんが発信源を特定して、24時間以内に電話の持ち主のところに現れる……」
シゲミ「たしか、数時間おきにケニーさんから着信が入って、今どこにいるか伝えてくるんだったわね。で、だんだんと近づいてくる」
スズカ「最後は『アナタの後ろにいるの』って電話が来て……その言葉を聞いた瞬間、ケニーさんと目が合うんだ。ケニーさんが後ろから首を180度回して、頸椎をねじ切る。だから目が合ってしまう……」
シゲミ「実際に死んでいる人が大勢いるんだっけ?」
スズカ「……被害者の首がねじ切られ、犯人が未発見の事件が日本全国で250件以上発生している。その全てがケニーさんの仕業だって言われてるよ」
シゲミ「そのケニーさんを駆除しろと?」
スズカ「そうだ。ケニーさんに電話をするのが、アタシら不良女子の間でブームになっててさ。度胸試しってヤツだよ。アタシもいつも連んでるダチとやったんだ。そしたらアタシだけケニーさんにつながって……昨日からずっと電話が来てるんだ。ケニーさんがどんどん近づいて来てる……このままだと」
シゲミ「スズカちゃんは殺される」
スズカ「間違いねぇ。ケニーさんは必ず殺しにやって来る。単なるウワサや都市伝説なんかじゃないんだ!ケニーさんは実在してる!連続殺人を犯している幽霊……だからアンタにお願いしたいんだ!シゲミは幽霊駆除のプロなんだろ!?」
数秒黙り込むシゲミ。
シゲミ「ケニーさんとタイマンしたらどう?もし勝ったら『血染めの三羽ガラス』はもっと有名になるんじゃない?」
スズカ「正面からタイマンしてくれる相手じゃねーだろ!後ろから首をねじ切られるんだぞ!?不意打ちされちゃアタシらでも対処しようがない!」
シゲミ「意外と冷静なのね。もっと後先考えない血気盛んな人たちだと思ってた」
スズカ「……アタシらは勝てない相手にはケンカを仕掛けない。確実に勝てるヤツをボコってイキリ散らしてるだけだよ。アタシの戦績も、勝てそうなヤツを選びに選び抜いて残したもの。けど、だからこそわかる……ケニーさんはケンカを仕掛けちゃいけない相手だって」
シゲミはスズカに拍手をする。
シゲミ「素晴らしい考え方ね。私たちプロも同じよ。確実に遂行できる仕事しか引き受けない。失敗すれば自分たちの名前に傷が付き、次の仕事が入りにくくなるから。スズカちゃんたちが殺しのプロと同じ思考でケンカしてるとは思わなかった」
拍手を止めるシゲミ。
シゲミ「ケニーさんは私にとって大した脅威じゃない。確実に勝てる相手。スズカちゃんの依頼、引き受けるわ」
スズカ「シゲミ……ありがとう」
スズカのスカートの右ポケット内でスマートフォンが鳴動する。取り出して画面を見るスズカ。画面に0000-00000-0000の番号が表示されていた。