PM 6:58
太陽が完全に沈み、
ベンチに腰掛けていたシゲミが立ち上がる。これまで石像のように動かなかったシゲミと一緒にいる気まずさで心が疲れ切っていた
酒本「どこか行くんですか?」
シゲミ「邪気を感じる。怪異がまとう気配のようなもの。私が大嫌いな邪気」
酒本「邪気?」
PM 6:59
シゲミと酒本の正面、20mほど離れた位置に黒いスーツを来た男性が現れた。公園の外から入って来たわけではない。まるで画像を合成したかのように、突如その場に出現したのだ。
酒本「あの人……いつ?」
シゲミ「来た」
PM 7:00
スーツの男性が猛スピードでシゲミたちのほうへと走り寄る。酒本は「うわぁぁぁぁっ」と声を上げて目をつむった。男性に思い切り体当たりされたか、刃物で刺されたかと思った酒本だが、体には何の変化も違和感もない。目を開けると、スーツの男性は消えていた。
酒本「……あれ?……まさか幻覚?……疲れてるのかな?シゲミさんは見えまし」
酒本の右隣にいたシゲミがいなくなっていた。
酒本「シゲミさん……?シゲミさーん!?」
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シゲミは捕盾中央公園の中心に立っていた。しかし現実の捕盾中央公園ではない。存在しないはずの公園。夜になりかけていた空には太陽が輝いている。園内には走り回る小学生くらいの男女や、小さい子と一緒に砂遊びをしているシゲミと同い年くらいの少年少女が十数人。全員明るい表情を浮かべているが、その体は木の枝のように痩せ細っている。何日も食事をしていないのだろう。
シゲミ「ここは
シゲミの正面、10mほど離れて立つスーツの男性。髪が生えていない白い頭に光が反射し、表情は逆光で見えない。
シゲミ「招待してくれてありがとう。私も一応、アナタが大好きな未成年だから受け入れてくれたのね?」
男性「……」
シゲミ「子供たちを攫った目的は?」
男性はか細い声で答える。
男性「サミシイヨ……サミシイヨ……」
シゲミ「寂しさを紛らわすため?」
男性「タノシイヨ……タノシイヨ……」
シゲミ「そう。残念だけど私はアナタを楽しませてあげられる素直な良い子じゃない」
シゲミは左肩にかけたスクールバッグに左手を突っ込み手榴弾を1つ取り出す。そしてピンを抜き、男性に投げつけた。
男性は四つん這いになって手榴弾をかわす。背後で大きな音を立てて手榴弾が爆発。周りにいた子供たちが音を聞きつけ集まってきた。
シゲミ「全員離れてて。じゃないと吹き飛ばすわよ」
シゲミはもう1つ手榴弾を取り出しながら、子供たちを一喝した。シゲミの剣幕に恐怖し、子供たちは公園の隅へと一斉に逃げていく。
男性は両手と両足で地面を強く押し、大きく飛び上がる。シゲミとの間にあった10mほどの距離を軽々超える跳躍で、シゲミの頭上から降りかかった。身を低くし、左へ転がりながらかわすシゲミ。男性が着地した地面からは土煙が上がり、クレーターができた。
シゲミは体の回転を止めて体勢を立て直す。そして男のほうを向いて左手の中指を立てて見せた。中指には手榴弾のピンが指輪のようにはめられている。男性の体の下、クレーターの中心に手榴弾が1つ落ちていた。
手榴弾の爆発に合わせて、男性は再び跳躍。爆発の威力を軽減させつつ、後退してシゲミから距離を取った。
シゲミ「良い身のこなしね。そう簡単には当たらないか」
立ち上がった男性の両腕がぐねぐねと曲がりながら伸びる。そして鞭のようにしなりながらシゲミに急接近し、首を絞めた。男性の腕の長さは十数mに達している。
男性の両手首を掴むシゲミ。気道が圧迫され、呼吸できなくなる。苦悶の表情を浮かべながら、シゲミは左手を男性の手首から離し、スクールバッグに突っ込んだ。そして手榴弾を取り出し、口でピンを抜いてボーリングの容量で男性の足下へと転がす。
男性はシゲミの首から手を離すと、バックステップで大きく下がった。同時に腕も、掃除機のコードのように収縮し元の長さに戻る。手榴弾が爆発し噴煙を巻き上げたが、男性を巻き込むことはなかった。
男性「……コロスヨ……コロスヨ……」
シゲミ「それはこっちのセリフ」
シゲミはスカートの右ポケットに手を入れ、外に出す。黒い手のひらサイズのリモコンが握られていた。リモコンの先端からは細いアンテナが伸び、中心には赤い丸ボタン。
シゲミ「腕を見たほうがいい」
男性はシゲミの忠告を受け、左右の袖を顔の近くまで近づける。両腕に白い直方体の紙粘土らしきモノが貼り付いていた。
シゲミ「C-4プラスチック爆弾。あの世の果てまで吹き飛べクソ野郎」
シゲミは右手のボタンを押す。男性の眼前でC-4が大爆破。爆発により男性の体はバラバラになって空中へ浮き上がった。ボトボトと音を立てて落下する男の肢体。数秒後、霧のように消えていった。
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PM 7:05
酒本の目の前にシゲミが現れる。先のスーツの男性と同じように、どこからともなく出現した。
酒本「シ、シゲミさん!?突然消えてビックリしたじゃないですか!さっきの男性は!?」
シゲミ「あれが失踪事件を引き起こしていた怪異。でももう駆除しました」
園内に現れたのはシゲミだけではない。さっきまでいなかった子供たちが公園の至る所で呆然と立ち尽くしている。
シゲミ「怪異に攫われた子供たちも戻って来られたみたいね」
酒本は辺りを見回して笑顔を浮かべると、大声で子供たちを呼び寄せる。酒本のところに集まる子供たち。酒本はズボンのポケットからスマートフォンを取り出し、失踪した子供たち本人かどうか、顔写真と照らし合わせ確認していく。
酒本「間違いありません……いなくなっていた子たちです!シゲミさん!」
シゲミ「よかった。これで一件落着ね」
酒本「本当によかったです……あれ?ちょっと待ってください」
酒本はスマートフォンの画面と子供たちを見比べる。
シゲミ「どうしました?」
酒本「……足りないんです。3人。失踪したのは16人なのに、ここには13人しかいません」
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シゲミが怪異を駆除して現実世界に帰還したのとほぼ同時刻。
捕盾中央公園を囲む木々の外、道路に駐車された白いキャラバンの運転席の窓を開け、男が園内を覗いている。黒のニット帽に上下紺色のジャージを着た小太りの男。
男「アイツ消えちゃったのか……
運転席の後ろ荷台に、両目と口にガムテープを貼られ、手足を結束バンドで縛られた男児が横たわっている。
男は窓ガラスを閉め、キャラバンを発進させた。
<未成年連続失踪-完->