PM 6:59
夕日の光と夜の闇が入り交じる園内で、幼女はポツンと一人でブランコを小さくこぐ。ブランコの揺れに合わせて長い黒髪も揺れている。つい数十分前まで子供たちで賑わっていた公園は、太陽が傾くに連れて一人、また一人と人数が少なくなり、今は幼女だけになっていた。
ふと左横から気配を感じ、幼女は顔を向ける。20mほど離れた場所に、黒いスーツとネクタイを身につけた長身の男性が立っているのに気付いた。スキンヘッドで肌は真っ白。鼻が無く、目はくぼんでいるだけで眼球も無い。くぼみが作り出す影が目のように見えるだけ。口元は濃い影に覆われていて閉じているのか開けているのかわからない。
男性を不思議そうに眺める幼女。公園の真ん中に建設された時計塔の針が7時を指した瞬間、男性は幼女に向かって走り出した。
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1週間後 AM 11:25
捕盾中央公園 入口
水色の作業着に身を包んだ、公園の管理人である中年男性・酒本が恐る恐る口にする。酒本の話を右隣に立って聞くブレザー姿の少女が一人。黒髪のボブカットでパッツン前髪、左肩に青いスクールバッグをかけた女子高生・シゲミ。
シゲミは公園の入口から園内を見回す。子供の足で走っても30秒あれば1周できてしまうくらいの小さな公園で、外周を背の高い木々が囲んでいる。遊具はブランコ、滑り台、シーソー、砂場などごくありふれたものばかり。公園の中央は開けた空間になっており、子供たちが数名走り回っている。
酒本「2カ月ほど前から捕盾中央公園内とその近隣で未成年者の失踪が相次いでいます。今朝未明までで16人の子供が行方不明のままです」
シゲミ「その原因が人ならざる者……怪異ではないかと酒本さんは考えている」
酒本「はい。警察も動いていますが、犯人の目撃情報は全くないそうです。そんな状況で女の子が消失する映像が撮れてしまいましたから……私だけでなく公園管理課の職員たちは口をそろえて『幽霊による神隠しだ』と言っていますよ」
シゲミ「その可能性がゼロとは言い切れませんね」
酒本「ですよね……そこでシゲミさんのお力を借りたいのです!もし一連の失踪事件の犯人が人ならざる者ならば、突き止めて駆除していただきたい!
シゲミ「……本当に怪異の仕業なのか特定しなければなりません。私の出番はその後。まずは女の子が消えたこの公園で、怪異が出現するかどうか待ってみましょう」
酒本「ありがとうございます!……あの、『待ってみましょう』ってことは私も一緒にいたほうがいいのでしょうか……?」
シゲミ「ええ。私が何の仕事もせず『怪異を暗殺しました』ってウソを吐いて、報酬をだまし取ろうとしていないか確認する人が必要でしょう?」
酒本「そ、そうですよね……」
シゲミ「怖いんですか?」
酒本「情けない話ですが……16人もの子供が消えているという状況さえ恐ろしいのに、その原因が人間ではないかもしれないなんて……」
シゲミ「心配ありません。私がいますから」
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PM 0:05
園内のベンチに並んで腰掛けるシゲミと酒本。酒本は太ももの上で手を組み、ビクビクとあたりを警戒する。一方でシゲミは園内で遊ぶ子供たちを、腹を空かせたピューマのような鋭い目つきでにらみつける。シゲミの視線に気付いた子供たちが次々に公園から出て行き、休日の昼だというのに公園にはシゲミと酒本以外誰もいなくなった。
酒本「あのぉ、シゲミさん。そんなに殺気立たれてしまうと子供たちが公園で遊べなくなってしまいますので、もう少し抑えてもらえますと……」
シゲミ「怪異が子供の姿をしていることも考えられます。それに失踪した未成年者の多くはこの公園で遊んでいた最中に消えている。ならば子供たちは公園から追い払ったほうが犠牲者は減ると思います」
酒本「……そうかもしれませんね。すみません、素人が余計なことを言いました」
黙ったまま周辺をにらみ続けるシゲミ。酒本は居心地の悪さを感じた。失踪事件の原因である怪異が公園にいるかもしれないという恐怖心が半分、目をギラつかせ続けるシゲミの存在が半分。酒本は張り詰めた空気を緩和させ、自分自身をリラックスさせるためにシゲミと雑談を試みる。
酒本「シゲミさんは高校生なんですよね?」
シゲミ「ええ」
酒本「大変じゃないですか?学業と幽霊退治の両立だなんて」
シゲミ「別に」
会話が止まってしまった。酒本は話題を変える。
酒本「最近、高校生の間では何が流行ってるんです?私の高校時代は……たまごっちが流行ってましたね」
シゲミ「知りません。私、流行に疎いので」
また会話が止まり、重たい空気が酒本を包む。話題を探して頭をフル回転させる酒本。その途中、シゲミが「酒本さん」と声を発した。シゲミのほうから何か話題を振ってくれるのかと感じ、期待する酒本。
シゲミ「失踪した子たちに共通点はありますか?」
酒本「えっと、最後に目撃されたのが失踪した日の夕方頃というのが共通してますね。それから全員ご両親が働いていて、夜遅くまで自宅に家族がいなかったとも聞いています。家に帰ったとしても誰もいないから、日暮れまで出歩いていたところを攫われたのでしょう……他は未成年ということくらいでしょうか。でも年齢はバラバラで、下は小学1年生から、上は高校生までいます」
シゲミ「どうもありがとう」
黙り込み、ピューマの眼光に戻るシゲミ。再びどんよりとした空気が酒本の両肩にのしかかった。あと何時間シゲミといれば良いのだろう。いっそのこと怪異に出てきてほしいとすら感じ始めた酒本。額に脂汗がにじむ。そんな酒本を横目に、シゲミがふぅっとため息を吐いた。
シゲミ「気まずいわ」
酒本「キミがそれ言っちゃうんだ」