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祓う者

 刹菜はカーテンを開いた。開かれたカーテンの向こうに側には窓がそびえている。そんなガラスの壁をすり抜け入り込む日差しは纏められたカーテンの端からわずかにはみ出したレースのカーテンをすり抜けて刹菜の元へと届いて薄明るく照らしている。窓の向こうに広がる透き通る空の向こうには果たしてどのような運命の数々が島となって浮かんでいるのだろう。

 刹菜はそんな空の海の浅瀬を見届けて満足の証のニヤけを顔に浮かべて、急いで制服に着替えてカバンを手に取り下の階へと降りて行く。時間としては余裕はあったものの、あまりその場で立ち尽くしていては閉じようとしている瞼の誘惑、昨夜の疲れの後味に負けてしまいそうだった。

 ソファに座り新聞を読んでいた母親は刹菜が部屋に入って来ると共に新聞をテーブルに置いて微笑みを見せながら顔を上げた。その目は刹菜ただひとりを見ていた。その親しさは親というより友だちを想わせる。思わず刹菜は手を振りながら食卓に着いて食パンを慌てて食べ、喉に詰まらせて咳き込みながらもどうにか飲み込み、コーヒーに牛乳を注いで一気に飲み干した。その姿を見て女は柔らかな笑みを見せながらその手を振っていた。

 続いて素早くドアを開いて外へと出て、学校へと向かった。眠気に身を任せるように朧と鮮明の意識をうつらうつらと移ろいながら歩き続ける。大して真面目に受けるつもりもない授業を聞き流して出席という結果を作りに行くために。

 降り注ぐ淡い光は刹菜のニヤけ面を軽く照らして母親のような優しさで包み込んで見守っていた。その瞳の中に散る光は世界に虹を作り上げているようでどこまでも愛おしくて、離れたくなくて。

 やがて学校に着くと深呼吸を何度か行い、気持ちを切り替える。母や自然、精霊などに見せる表情の甘みは微塵も露わにすることなく一段とわざとらしいニヤけを化粧の代わりにして自らを道化の糸を繰って演じてみせる。


 今日もまた、仲間外れを一日中余すことなく味わうのだから。



   ☆



 今日もまた寒くて暗い景色の中へと身を投じる。闇は何も見通すことの出来ない独自の空間を繰り広げていた。刹菜はそんな闇の中に身を溶かすように隠しては例によって森のため池へと向かっていた。ため池の近くへ、さらに近くへ、もうすぐそこへ。

 歩みを進める刹菜は目的地の目と鼻の先まで来たその時、先客の存在に気が付いて足を止めた。

 闇の中でもひと際濃くて黒い闇、純粋な闇が溜め池を飲み込むように覆っては微かな緑の輝きを散らせていた。

 理解などしたく無かった。

 だが、分かってしまった。

 ため池にいた精霊たちを、薄く輝く小さな命たちを噛み千切り引き裂いては儚い欠片へと変貌させていた。

 何者だろうか、分からない。

 だが分かっている。

 少なくとも、目の前のそれは敵であり大きな脅威。刹菜の幻想の夢の時を明確で不明な悪夢へと変えては現実を突きつける者。

 刹菜はその捉えることの叶わない姿を、その存在の行いを目にしてただひたすら恐怖に怯えることしか出来なかった。

 握りしめていた拳は力なくほどけては命が抜け落ちる様そのものを体現しながらぶらりと下がる。命が宿っている事には変わりがないのにもかかわらず何ひとつ同情無しに潰されて行く。ただただ自由を満喫していただけの小さな命たちが奪われていく。

 静寂の暗闇の中、心だけがうるさく鳴り響いていた。そんな心情に押されて刹菜は振り返り、走り出した。

 恐怖は心臓の鼓動を激しく打ち鳴らし、焦りは彼女から冷静の二文字を奪い去ってはますます湧いて増えて行く。心を恐怖に支配されて行動など選んでいる暇はない。命が惜しい、まだ死にたくない。

 姿を見られたら変わり果てた友だちと同じ道を歩むだろう。

 焦燥感に支配された心から出た想いは身体を竦ませるも、己を何度も叩いては生きるための手段を強行する。止めてはならない、異常がその身を生かしてくれるのならば平常を取り戻す余裕さえ作ることなくただ一心に駆け続ける。

 家に帰って慌てて布団を被り蹲る。あの謎の存在に言わせれば恐らくは獲物を呼び出す導き手。リーダーともボスとも呼ぶことの出来る刹菜のことを追って来ないか、それだけが心配で仕方が無かった。

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