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第88話・策士!

 ティラノの怒りはすでに臨界点を遥かに超えていた。


 「てめぇら、覚悟はいいか?」


 その憤怒ふんぬから来る闘気オーラは、足元から木刀の切っ先にいたるまで、空気がゆらゆらと揺らめいて見えたらしい。


「話はからな。俺様のうしろには手をださせねぇぜ」


 初代はつしろ新生ねおはぼやける視界と思考の中で、なにをおいても安否の確認をしなければと視線を走らせた。


「あの鳥は……」


 自分を必死で助けようとしてくれた鳥。

 自分の代わりに瀕死の重傷を負わせてしまった鳥。


 今までは『使い捨てる』対象でしかなかった恐竜が、今は最も気にかかる存在となっていた。


 もしかしたら鳥の献身的な行動に『母親の持つ無償の愛』を感じたのかもしれない。……と、ウチは勝手に思っている。


「早く回復を……」

「大丈夫ですよ、初代さん」

「頼む、トリス。早くラミアに回復してもらってくれ」

「もうヒールを貰ってます」


 状況が飲み込めずに言葉を失う初代新生。そんな猫人を横目にトリスは続ける。


「冷静になってくださいな。私は空を飛べるのですよ?」

「……」


 鳩が豆鉄砲を喰らったような顔という表現があるが、この時の彼女にはまさにその表現がぴったりだっただろう。


「あ……くそ、そういう事か」


 トリスは鳥を預かるとそのまま壁を越えて中に入り、ラミアにヒールをしてもらっていた。


 つまり、ベルノと初代新生が『時間がない』と焦っている時には、すでに一命を取り留めていた。


「トリス……おまえ、急げって言ったよな?『まだ生きているうちに』って」

「ええ」

「なんでそんな事を言ったんだよ」

「あら。やる気がでましたでしょ?」


 ——策士! ケツァルコアトルスは策士だった! 


 危機感を煽り味方を奮起させる。これはひとつ間違えれば、大惨事にもなったかもしれない危険なブラフだ。


「じゃあ、おまえら全員……状況わかっていたのか」


 ティラノが笑いながら、それでも半分呆れながら言う。


「だから今言っただろ? 話はって」

「マジか。オレ……足を刺す必要なかったんじゃねぇかよ」

「そんな事ありません。あなたの気持ちはこの鳥、ミクロラプトルにもきっと伝わっていますわ」


 ——めっちゃ策士! ケツァルコアトルスはめっちゃ策士だった! 


 真偽定からぬミクロラプトルの気持ちを勝手に代弁し、味方へのブラフを正当化してしまった。


 ……うん、さすがアンジーの恐竜人ライズだ。


「そうか、よかった……とにかく、助かっ…たんだ……な」


 安心したのか、その場で意識を失い倒れる初代新生。

 多分今の彼女には、トリスの言葉を疑う余地は全くなかったのだろう。


「グレ、どうすルのかや?」

「さすがに多勢に無勢だっぺな……」

「逃げるならそれでもかまわねぇぜ。亜紀っちもそう言うだろうからな」


 木刀と右肩に乗せながら、しっしっと追い払う仕草をするティラノ。


 ……しかし、バルログは逃げるどころか不敵な笑い浮かべた。


「いいヨなぁ? ヤっても」

「ああ、かまわないっペ。バルログ、お前様の“解放を許可する”でな」

「なに言ってんだ? こいつら」

「ティラノ……警戒して。デス」


 ガイアが警戒を強める。マナから怪しい気配でも感じとったのだろうか? 


「なにか……おかしい。デス」


 そして、様子がおかしいのはラミアもだった。


「みなさん。ガイアさんの言う通り十分警戒してください」

「どうしたミアっち。顏青いぞ?」


 元魔王軍のラミアは『解放』の意味がわかっているのだろう。今までになく真剣な面持ちで、みんなに注意をうながした。


「少しでも危険を感じたら、全力で逃げてください。自分だけ生き残る事を考えて……」

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