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第80話・萌えボと無ケボ

 今の一撃が初代はつしろ新生ねおにとって唯一のチャンスであり、残る力全てをだし切った最初で最後の攻撃だった。


 実際、彼女はその場にうずくまったまま、顔を上げる事すらできないでいる。


「ほれほれ、言うてみろ『にゃ!』って『にゃ~!』って」

「うるせぇ……」

「んん? 聞こえねぇっぺよ?」


「うるせえバーーーーーカ!」


 語彙力皆無の、それでいて全てを押し切るひと言を口にする初代新生。そういうロックなの、ウチは嫌いじゃない。


 でもまあ……中指はやめとけ。


「ほう、言うたな、この猫。ならば死ねっぺよ!」


 毛玉が両手を前にだして初代新生を指さしながら呪文を唱えると、大気に含まれる水分が集り指先で段々と水球になっていった。


「ヒョヒョ、グレの激流弾スプラッシュ・ショットに耐えレるかや?」

「ああ⁉ 十二番目のヒゲが濡れたっペよ。だから水の魔法は嫌いなんだっぺ」

「じゃあなんで水魔法なんか使うんだよ……アホか」


 痛みで身体が動かせない初代新生。しかし、こんな状態でも悪態だけは絶好調のようだ。


「アホって言うヤツがアホなんだっぺ~」


 すでに水球は毛玉の倍以上、直径二メートルを超えていた。これだけの大きさになるとそのダメージは相当なものだ。


 そして今の初代新生には、激流弾スプラッシュ・ショットに耐えきれるだけの体力は残っていないだろう。


 ……まさしく絶体絶命。




「レックス……」


 ——しかしその時ヒーローは現れる!


 咄嗟に声のする方に視線を向ける初代新生。そこには、バターブロンドの髪をなびかせた最恐の恐竜人ライズがいた。


「ブラスト!」


 風を斬り裂いて飛んできた鋭い衝撃波が、毛玉の水球を貫いてぶち壊す。その衝撃波は勢いそのまま、ゴーレムの一体を粉々に破壊して消えた。


 辺り一面には水が飛び散り、初代新生も毛玉もバケツの水をかぶったがごとく、びしょ濡れになってしまった。 


「そこまでだ。次は当てるゼ!」

「お前様、何者だっぺよ」


 突然現れた援軍に動じた様子もなく冷静な毛玉。


 濡れて貧相な姿ではあるが、その狡猾さはアンジーが警戒するほどだ、侮っていい相手ではない。


「俺様か? 教えてやるよ」 


 木刀を右肩に乗せ、左拳を突きだして毛玉をにらむティラノ。


「いいかよく聞け、俺様の名は……」


 しかしその口上を意に返さず、ティラノの股の間からヒョコッと顔をだすベルノ。


 小さい身体を押しだしながら、いの一番に啖呵を切った。


「てめぇ様こそ何者ニャ!」

「ベルノぉ~。今、俺様のカッコイイとこ……」 


 ジュラシックカーストNo.1の暴君皇帝ティラノサウルスも、自由奔放なベルノにはかたなしのようだ。


「くっ、くくく……」


 びしょ濡れの初代新生はうつむいたまま笑い始めた。そこだけ切り取って見れば、悪役が意味もなく笑うシーンそのものだ。


「なにがおかしいっぺよ」

「あいつが聞いたじゃねえか『何者ニャ!』って。答えろよ」

「はぁ? お前様いったいなにを……」

「てめぇが言った事だろ? 『ニャ!』っていったぜ、『ニャ!』ってな」


 毛玉はわざとらしく舌打ちすると、バツが悪そうにしながらベルノに向き合い、声を張り上げて名乗った。


「よく聞けっぺよ。オラはグレムリン。魔王最高幹部の一人であり、地球制圧部隊総指揮官である」

「知ってるニャ!」


 間髪入れずにドヤるベルノ。


「なんで聞いたっぺ~」

「知るかバーカ! ですニャ!」

「何故キレられたし⁉」


 なにが気に入らないのかベルノ本人にもわかってないのかもしれない。


 よほど相性が悪いのか、はたまた家猫の本能がそうさせているのか、グレムリンに対して敵対心MAXで食ってかかる。 


 しかし……萌えボ萌えボイスのベルノと無ケボ無駄にイケボのグレムリンのやり取りは、その内容に反して耳に心地よく、皆が皆、自然と聞き入ってしまっていた。


「まあまあ、ベルノさんおちつきましょう」


 そこに割って入ったのは、ひと足遅れてきたラミアだった。その顔を見たとたんにバルログの顔色が変わる。


「ヒョ……ラミア、なぜ生きてイるのかや?」

「なぜって。え……なんで私が死んだ事になってるのよ」

「ヒョヒョ? ラミアはチタマ人に殺されタって、先遣隊から報告があっタと聞いてイるぞ?」

「先遣隊って言ったらミノやドライアドよね? 彼等とは顏合わせて話もしているけど」


 誰が聞いても話が噛み合ってないのがわかる。


 先遣隊として地球に来たのは三組。死神は再起不能状態になったし、ミノタウロスやドライアドはそんなウソを言う人物ではない。


 それでもこの状況を見ると、どちらかがウソの報告をしている以外にはありえないのだが。


「……そうか、わかったっぺ」

「ヒョ、なにがわかっタのかや?」

「このラミアは偽者だっぺ!」

「まったく、どうしてそうなるのよ。とりあえず、武器降ろしましょうよ」


 ラミアは腰に手をあて、呆れながらも穏便にことを収めようと試みた。


 現状の立場は微妙ではあるものの、双方に対して面識がある自分が調停役をするのが一番よいと判断したのだと思う。


「ラミアは、そんな普通の話し方はしないっぺ」

「ヒョヒョ、ナるほど。確かにソのとおりだ。言ってイることがわかるモんな」


 標準語を話すというだけで、目の前にいる本物のラミアを全否定してきたグレムリンとバルログ。彼らの中では”ラミア=エセギャル語“という図式は絶対に変わることがないのだろう。


 別行動前に『恐竜人ライズちゃんたちと意思疎通がとれるように』と渡しておいたチョコが、ここにきてあだになってしまったみたいだ。


「……なあ、そろそろ戦ってもいいか?」

「ティラノ……落ち着いて。デス」

「なんだよ~。ガイアまで止めるのかよぉ~」

「そうじゃない……目的を忘れないで。デス」


 ティラノたちがここに来たのは初代新生を救出する為。だから今は、グレムリンの後ろにいる怪我人の保護が最優先だ。


 それにこの位置から無闇に攻撃を仕掛けると、彼女を巻き込んでしまう可能性もあった。


「なんとか説得できればよいのですが……」

「そうは言うけど、ヤツらミアっちのことを偽物だって言ってんだろ?」


「——説得は無理だと思うニャ!」


「お、ベルノもそう思うか?」

「あの毛玉はそういう顔しているニャ!」


 毛玉を指さし断言するベルノ。漫画なら『ビシッ!!』という文字が入る決めポーズだ。



「いや、顔……みえねぇじゃんヨ」

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