――南東の紫こと
もう、マジで稀にみるエンカウンター体質だ。
かなり大きめのゴツゴツした岩が散乱している開けた場所で、彼女は片膝をついて動けなくなっていた。
「くそっ、こんな時に……」
「ヒョ? コイツもヌッ殺すヤツなノかや?」
初代新生の正面にいるのは、三メートルほどもある灼赤色の巨人。上半身裸で手には派手な装飾の魔術師用の杖を持っている。
筋骨隆々のその体格はパワーファイターにしか見えないが、これでも魔術師なのらしい。
吐く息にはチロチロと炎が混じり、近づくだけでサウナのような暑さを感じたそうだ。
「ちゅーか、動くもん全部
その隣にもう一人、毛むくじゃらの小人がいた。
身長は一メートル程度、顔まで薄茶の長毛が覆っていて『毛玉に手足が映えているのか?』といった見た目。
しかし、そのコミカルな風貌からは想像できないほどの、低くシブい超絶イケボだ。
それでいて語尾に『ぺ』を付ける話し方、これにムカつかないヤツはいるだろうか? ……いや、いない。
そして二人のうしろには、召喚したと思われる
このゴーレムが横から背面まで回り込み、初代新生の退路をふさいでいた。
「ああっと、その前に一つ聞いておきたいことがあるっぺな」
「……なんだよ」
「オマエ、なんで顔にヒゲ描いてんだっぺ?」
「はあ? なにを言って……」
そこまで言いかけて初代新生はなにかを察したようだ。手の甲で頬をこすり、黒くなるのを見て呟く。
「あのヤロウ……」
毛むくじゃらの小人は彼女を指差しながらケタケタと笑う。
「バルログ、さっさと終わらせて帰るっぺよ」
初代新生の傷は、ベルノのペインスローやラミアたちのヒールで回復はしたが、完治まではしていない。
本来ならばあと数日は寝ているべきで、今一人で歩けているのが不思議なくらいに昨日まで瀕死状態だった。これでは抵抗したくても、思うように身体が動かせないはず。
だが、もし傷が完治していて体力が全快だったとしても、これだけの数が相手では結果が変わる事はないだろう。
……到底、単独でどうにかできる状況ではなかった。
「コレが大将首の一人とは。グレ、本当にこんなヤツにドライアドが負ケたのか?」
「どうじゃろな。他にも二人おるみたいじゃし、わからんっぺよ」
「ヒョヒョ……まあどうデモいい、どうせ全員潰すんだ。」
バルログは無造作に右手の杖を振り上げ、初代新生めがけて振り下ろそうと構えた。魔法を使うまでもなく、杖で殴って終わらせようというつもりか。
――その時。
ピーという鳴き声と共に、全長五〇センチくらいの鳥がバルログの顔に突っ込んできた。その鋭い
「ナンじゃあ? こいつは……」
痛みに目をつむり、闇雲に杖を振り回すバルログ。
しかし、そんな攻撃をひらひらとかわしながら飛ぶ色鮮やかな鳥。
青味のかかった白い全身。翼の先にはオレンジや赤色が所々に入り、尾に至っては黄色や緑が美しいグラデーションになっていた。
「おいグレ、なンとかしろ!」
「無理だっぺよ。オラじゃ届かないだわさ」
理由は初代新生にもわからない。しかしその鳥は、明らかに彼女を助けようとしてバルログの顔の周りを飛び、邪魔をし続けていた。
「なんだ、おまえ……。余計な事してんじゃねぇよ!」
しかしこの状況においても、初代新生は他者を否定する言葉を口にする。
意地なのかはわからないけど、転移前の令和での出来事が、いまだ心の奥底に根深く巣食っているのかもしれない。
しかし、
だけど今はこの場に留まるという選択をしていた。多分それは目標の為、令和の時代に残してきた母親の為だ。
よくも悪くも、一度死にかけた事が彼女の成長に繋がったのかもしれない。
初代新生は腰から武器を抜くと逆手に持ち変え、地面に突き刺した。フラフラと、今にも倒れそうな身体を支える為だ。
初代新生が持つ武器が“狩猟剣鉈”と呼ばれる特殊な物だと知ったのは大分後になってからだった。彼女は“それ”の長いタイプの物を持って転移してきたらしい。
ズキズキと響く胸の痛みを誤魔化そうと、初代新生は息を吸い……そして呼吸を止めた。
「小さい方からだ……」
口の中で小さくつぶやき、鉈を引き抜くと同時に、地面を蹴って一気に間合いを詰めた。
そして、すれ違いざまに毛玉の中心を狙って剣を横に薙ぎ払った! しかし……
「クソっ、なんなんだよ……」
間違いなく胴を真っ二つにしたはず。しかし、なにかを斬ったという感触が初代新生の手には残っていなかった。
「なんだわさ? オラはそんなもんで斬れねぇっぺよ」
「なんで斬れねえんだ。てめぇ……何者だ」
「……はぁ? ダメダメっぺな。猫なら猫らしく『お前様は何者ですにゃ?』と言わないと教えてやらねぇっぺよ」