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第75話・降伏

 ワニの恐竜は、無事アンジーの恐竜人ライズとなった。なんか独特な言葉を話すけど、素直でいいだ。


 チームで上手く機能してくれるといいな。


「……と、人のチームの心配している場合じゃなかった」


 一方、ウチの恐竜人ライズたちは戦う気満々だ。


 相手を威圧する目的なのか、それとも試合前のパフォーマンスなのか。ルカはシャドーボクシングをしながら聞いてきた。


「姐さん、どうしまスか? ボコるなら秒でやっちまいまスよ」


 さらに追い打ちをかけるように、キティは魔王軍二人のうしろで隠密ハイドスキルを解除して姿を見せた。 


 突然現れたキティに、ビクッと反応する魔王軍の二人。


 これは、いつでも姿を消してどこからでも攻撃を仕掛けられるとプレッシャーをかける為だろう。 


「マスター。こちらも、いつでもいけるだすよ(キリッ)」


 キティも臨戦態勢に余念がない。扇子を忍者刀のように逆手に持ち半身に構えた。口調は冷静だけど、法被の右片肌を脱いで気合十分だ。


「それにしても、キティちゃんっていつの間にあんな心理戦を覚えたんだろ?」

「ああ、あれは私が教えたの」

「アンジー……やはりおまえでいやがりましたか」

「効果絶大でしょ」


 と、あごチョキをしてみせてくる自称謎女。


 キティの特性を理解し、最大限に効果を発揮する戦術。

 これができるだけで戦力は飛躍的に上がり、その上恐竜人ライズ本人の負担も減る。


 そんな素晴らしい戦術をアンジーから教わっていたなんて……


「なんかムカつくぅ~」

「なんでよ……」


 恐竜人ライズたちのこの気合の乗り、これはもう圧倒的勝ち確定な予感がする。


 でも今回は怪我をさせないように慎重に手段を選択しなきゃならない。相手はラミアの姉貴なのだから。


「なあ姉ちゃん、もっかい聞くけど……」

「騙されません!」

「……とりつく島もねぇな。見ての通りこちらは強力な仲間も増えてるしさ、姉ちゃんたちに勝ち目はないよ?」

「ならば殺してみなんし。わっちら魔王軍、死ぬまで引かないざます!」


 うわ……目が本気じゃんか。これが“弱者の脅迫”ってやつなのか? こうなるともう、手段は一つだ。


「引かないか……わかった。それなら仕方ない」

「我が愚昧の仇。正々堂々と……」


「あ、降参しま~す!」


 突然の降参宣言に状況が飲み込めず、武器を構えたまま固まるメデューサとウェアウルフ。


「アンジー、ウチの恐竜人ライズちゃんたちよろしく!」

「了解。預かるよ」

「あれ……? アンジー、驚いてないね」

「だってぇ~、八白さんのやりそうな事だしぃ~」 


 アンジーは両手のひらを上に向けて、わざと呆れた口調で笑いながら言う。まあ、考えを読んでくれているのなら話が早い。しかし……


「そうやって騙すつもりざますね」

「うむ。ぞの手にばのらぬぞ!」


 ……こっちは話が遅いわ。


「八白さんの手足縛ってさ。抵抗できなくすればいいじゃん」

「そうそう、それそれ。……ってアンジーなんて事を言ってくれやがるですか⁉」

「ならば、そういたしんす」


 とりあえず仕方がない、ここは甘んじて縛られよう。ラミアに会わせれば全てまるっと解決するしな、少しの我慢だ。


 ウチは腕を組んでその場にドカッと座りこんだ。時代劇とかでよくある『てやんでぃ、煮るなり焼くなり好きにしやがれ』ってヤツだ。


「ところでさ。私の恐竜人ライズたちが魔王軍あんたらに襲われていたんだけど、どうやって位置特定したのかな?」


 襲われてたって……そうか、アンジーが遅れたのはその為だったのか。


「そ、それは……」

「ああ? ぞんな事を言う訳ないだろ。チタマ人ってのはバカばかりが? メデューサ、正直に答える必要ばないぞ」


 そう言われても、アンジーの迫力に押されてたじろいでいるメデューサ。伏目がちになって言葉がたどたどしく、明らかに怯えていた。


「嘘を言ってもいいけど、相手を見てからにしな。メデューサ、あんた?」

「は、はい……」


 なにそのヤクザみたいな脅しは。恐怖を感じているのか、返事の語尾が小さくなるメデューサ。


 これはきっと、異世界でアンジーにコテンパンにやられたのだろう。


 本気で『殺してみろ』と言ってきている相手を、脅し文句だけでこれだけ委縮させるとかどれだけ悪名流してんだよ。


「ごちらにば人質が……」

「人質? 知ったこっちゃないね。君らの返答次第じゃこの場で消滅させるよ?」


 これは脅しとしてはかなり正しい。駆け引き云々を全て力で押さえつける宣言。


 『返答次第』と、ひと言を挟むことで、『重要なのは文言で、人質なんてまったく気にしてないぜ、へへん!』という意思表示にもなる。


 そしてそれは、異世界でアンジーが圧倒的な強さを誇っていたという土台があってこそ。まさしく、自分の立ち位置を最大限に利用したブラフだ。


 つか、ブラフだよね? ハッタリだよね? 知ったこっちゃない人質って、ウチのことなのですが。


 ……まさか、本気じゃないよね?


「ね、姉ちゃん、素直に答えとこうよ。ウチも消滅したくないし」

「人質ば、余計なごというな」

「ウルフ、黙るざます。あんたは軍に入る前だから知らなくて当たり前でありんすが……」


 なるほど、ウェアウルフに恐怖心が無かったのはアンジーと初対面だったからか。文字通り“怖いもの知らず”ってヤツだったな。


「主さん……いえ、あのお方は、アンジョウ・(注)アキは、歴代転生勇者の中でも群を抜いて凶悪かつ最悪かつ残忍な魔人でありんす」

「う……まざか、ヤツが伝説の……」


「そう、顔を見ただけでドラゴンも恐怖でゲロを吐く“ドラゲロ・アンジョウ”とか、悪魔ですら靴を舐める“舐め魔わし・アンジョウ”とか、通ったあとにはぺんぺん草すら生えない“野焼きアンジョウ”とか、聞いたことくらいはあるざんしょ」


 これは……予想以上に凄まじく酷い二つ名だ。


 アンジーもバツが悪いのか、ちょっと顔を伏せている。いったい異世界でなにやってたんだ? 立ち位置が完全に悪党じゃんか。


 意外なカウンターを喰らって一瞬目が泳いでいたアンジーだが、しかし、すぐに気を取り直してまたもや威圧感のある声で話を続けた。


「それで? 答えてもらえるかしら」

「せ、先遣隊から報告のあった拠点の場所と、生体データを分析して、それで……」


 アンジーの拠点がバレてるってことは、ドライアドが魔王軍に報告したのか。魔王軍所属だからそれが当たり前ではあるけど、なんかちょっと悲しい。


「でもそれって、あのとき海岸にいたウチや恐竜人ライズちゃんたちもデータをとられた可能性があるって事だよね」

「というかほぼ確実に、だね。こちらの体勢がわかっていないのに、八白さんのチームだけ除外されるのは考えにくいし」

「あれ……ちょいまち。位置を特定できるってことは……」


 これは急がないとヤバイぞ。この話が本当だとすると、南の黒い塊が魔王軍である可能性が高くなる。


「——ティラちゃんたちが危ないじゃん!」






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(注)アンジョウ・アキ:アンジーが異世界で名乗っていた名前。詳しくはworld:04人生色々後悔諸々(Past Story)にて。

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