「はあ? 誰ですか、主さんは。わっちに『あくとすぐぼあ』なんて妹はござりんせん」
走りながらも冷静な受け答えをする姉ちゃん。
「いや、ウチじゃなくてね……」
「そんな事よりも、主さんが敵の指揮官ざんすね? さあ、わっちと闘っておくんなんし!」
「おま、そういうことはうしろ見て言えって!」
冷静さも時と場合による。今は慌てる時、めちゃくちゃ慌てなきゃならない時だ。
なんたって、ウチたちのすぐうしろ、鼻息がかかるくらいの距離にワニの恐竜の顔があるのだから。
つまり……
「食われる寸前やで~~~~!」
「大体、この巨大な生き物はなんでありんすか!」
「姉ちゃんそんな事を言ってる場合じゃないって」
「わっちに主さんみたいな妹はござりんせん!」
「いや、だから、もう~。ウチじゃなくてぇ~」
……会話が堂々巡りしとる。
「ええから、しっかり落ち着いてガッツリ慌てるんや!」
と、その時になって初めて気がついた。いつの間にかキティがいなくなっている、と。
「でも、な~んか近くに存在を感じるんだよな」
うん、きっといる。これはジュラたまを通して伝わってくる感覚だ。
魔王軍の二人はローブをバサバサ言わせてすごく走りにくそうだ。
令和では、『SNS映え~』とか言いながらドレスを着て崖登りしてた人がいたけど、こんな感じだったのだろうか。
姉ちゃんの向こうを走る犬もローブの裾が脚に絡んで……
——って、犬?
「ああ、ウェアウルフだったのか。活舌悪いわけだ」
「なにが言うだが? 小娘」
鋭い目で睨んでくるウェアウルフ。……こっちにも食われそうだわ。
「いえいえ、なんでもございませんことよ!」
姉ちゃんは
そしてウェアウルフのバカでかい漆黒の両手剣は、なにやら業の深そうな剣士の様相だった。
「人狼ってこの状況でも二足歩行なんだ」
「また、なにか言うだが?」
「いえいえ、なんでもございま……」
ウェアウルフの方に顔を向けたそのときだった。ワニの恐竜が彼を飲み込もうと、大きな口を開けていた。
いや、飲み込むというよりこれでは、上半身だけ嚙み切られるという凄惨な結末しか見えない。
「——頼む、キティちゃん!」
「まかされただす!(キリッ)」
ウチのポケットから桜色の光が漏れる。キティのジュラたまの光だ。
「喰らうだすよ、レックス・ヴォルテックス(キリリッッッ!!!)」
フィギアスケート選手の如く高速回転しながら、ワニの恐竜の
相変わらずの凄まじい蹴りだ。脚は鞭のようにしなり、摩擦熱のせいで炎を纏っていた。
「これはまさしく
キティは、
姿が見えなければ警戒はされても認識はされないのだから、どこからでも攻撃をクリーンヒットさせやすい。
姿を現すと同時に超強力な一撃を放つとか、なんて恐ろしくも頼もしい
ワニの恐竜は蹴りの反動で怯み、数秒立ち止まりはしたものの、すぐにまた追いかけてきた。
……それでも十数メートル間が空いたのは大きい。
「これだけ距離が稼げればなんとかなるぞ!」
「お前ら、なぜ俺を助げた?」
ウェアウルフが不思議そうな顔でたずねて来た。その疑問は当然だろう。ドライアドですら最初はそういう反応だったのだから。
「なぜって言われてもなぁ……。ウチは誰も殺したくないと思うと同時に、誰も殺させたくないんだよ。だから姉ちゃんたちとも戦いたくはないんだ」
「……変わった事をおっせえすね。しかし、その手には乗りんせん」
ものすごい疑われている。敵同士だから仕方ないとは思うけど、それでももうちょっと信用して欲しいものだ。
……実際助けているのだし。
「そうやって主さんは
「はい? ……なんですと?」