チーム猫耳恐竜の拠点から北上すること三～四時間。

　ガイアが魔王軍を察知したこの辺りは、生き物が生活する環境としては申し分なく、生い茂る木の葉をそよ風が揺らして穏やかな音を奏でていた。

　岩の隙間をネズミの先祖みたいな生き物がそそくさと走り回り、原色の大きな昆虫が風を渡っている。

　赤いのや黄色いの、緑の、それから……。

「あの五〇センチくらいある“つやつや黒いヤツ”って、ゴキ……」

「マスター、それ以上は言わない方が無難だす！（キリッ）」

　そんな、大自然の縮図のようなこの場所に着いたときには、すでにかなり微妙で危うい状況になっていた。

　まず、黒い塊のひとつは魔王軍で間違いなく、総勢三十名ほどの小隊規模。魔王軍第一陣と言った感じだ。

　ただそのほとんどはスケルトンで、死神が使役していたゴーレムみたいに“意思を持たない兵士”だった。

　そして“微妙で危うい”部分は、この魔王軍のすぐ脇にある川の中に恐竜が泳いでいる事。多分見つかったら一斉に攻撃されてしまうだろう。

「あの恐竜は多分、ベルノを見つけたときのワニみたいな娘こかもしれないね」

「あ、あの時のワニさんがいるのですか～？」

「似ているけど、あれよりもずっとデカいんじゃないかな。十メートルは超えているように見えるで」

　時々、水面から背中らしきゴツゴツした部分が見え隠れしている。そこから察するに、ティラノくらいの大型サイズだと思う。

　どうやら川の中の恐竜は、魔王軍の事なんて全く意に介さず好き勝手に泳いでいるようだ。

　そして、ここで役に立っているのがプチの双眼鏡。これが無ければここまではっきりと確認する事はできなかっただろう。

　……って、これアンジーのでしょ。返してなかったのか。

「ナイス借りパクやで！」

〔いえいえ、犯罪ですから。サムズアップしないでください〕

「大丈夫。アンジーの物はウチの物、ウチの物は恐竜人ライズちゃんの物や！」

〔またメチャクチャな事を……〕

　そのアンジーが来るのを待って攻撃を仕掛け、どちらかが魔王軍を押さえている間にライズ化するのがよさそうだけど。

　なんでだ、こういう時に限ってアンジーが遅い。

「あの謎女ってば、なにやってんのよまったく……」

　もしアンジー抜きで戦うとしても、こちらはフィジカル極振りのルカとタルボ。そしてトリッキーなプチとキティ。戦力的には申し分ない。

　そして、一般的に“打撃に弱い”とされるスケルトン相手に格闘と鈍器のアタッカーチームは最強！　我ながらナイスな人選だ。

　とは言え、さすがに恐竜人ライズたちに戦闘を丸投げして川に行く訳にもいかないし、その場合は“川にいる娘こ”は諦めなきゃならないかもしれない。

　……まあ、戦場ここから逃げてくれるならそれはそれでよいと考えるべきか。

「ま、マスターさん大変です」

「魔王軍が川の恐竜に気がついた感じだす（キリッ）」

「ったく、骨の分際でなにしてくれんだよ……」

「姐さん、どうします？」

「ルカちゃん、派手に目立って注意を川から引きはなして。手段はかませるよ！」

　――ここは一旦、注目をこちらに引きつけてから次の手を考えるしかない。

「了解っス！」

「キティちゃん、迂回して川の方へ。恐竜さんに危害が及ぶようなら防衛を、そうでなかったら敵にバックアタック」

「わかっただす（キリッ）」

「プチちゃんとタルボちゃんは、タイミング見て指示だすからまだ潜んでいて」

　第一目標・川の恐竜の保護。これはライズ化でも逃がすでもいい。とにかく魔王軍の手から守る事。

　第二目標・魔王軍の無力化。スケルトンは破壊、指揮しているモンスターとはできるだけ穏便に済ませたい。……部長（ドライアド）みたいに話が通じればよいのだけれども。

「ルカちゃんタイミング任せるよ」

「っしゃ！　行くっスよ！」

「思いっきり目立ってきて～！」

　小隊規模を相手に臆することなく、颯爽と敵前にでて行くカルカロドントサウルスのルカ。

　当然敵もすぐに気がつき、目の前に現れた恐竜人ライズに注視していた。

　ルカは、敵の一団に向って斜に構え、上着を脱ぎ始めた。今回の遠征の為にとアンジーがだしてくれたジャケットだ。

　ティラノとおそろいの特攻服は拠点に置き、目一杯暴れられるようにと用意してくれたらしい。

　……でも、いきなり脱ぎ捨てたけど。

「ジュラの港に舞う竜は　

　　　　　　連なり合うこと幾千年」

　こらこら、目立てとは言ったけど……なぜそこでヤン詩（注）なの⁉　

　腰を落として構え精神を集中、足元から立ち上がる闘気オーラが恐竜の形になり、右拳に雷をまとった力が集中していった。

「天道彩る命たまとなり　

　　　　　華麗に咲かせる……レックス・インパクト!!」

　メチャクチャな口上の〆と共に足元に叩きつけられた拳は、ルカを中心に半径十数メートルの地面を抉えぐりながら爆音と爆煙、そして地響きを発生させた。

「まあ、目立ったからヨシ！」

　この派手な一発には、川の近くにいたスケルトンまで含めて魔王軍ほぼすべての視線が集まった。

　……スケルトンに目という概念があるかはわからないけど。

　スケルトン軍団は、ルカに向けてわらわらと歩き始めた。その集団の奥に二人、スケルトンと違うモンスターが見える。

　フードつきの黒いローブを深くかぶり、そのうちの一人は漆黒の大剣を背負っていた。

「一人は近接アタッカーか……」

「このあとはどうしたしますの？」

「ルカちゃんがもうちょと引きつけたら、タルボちゃんの出番だよ」

　――しかし、いつの世も思い通りに“事が運ぶ”なんて滅多になく。

「マ、マスターさん、あれはどうしましょ？」

「え～、マジか……」

　ルカのレックス・インパクトに刺激されたのだろうか、川の中にいた恐竜が興奮して上陸し、自ら存在を明かしてしまった。

　そして近くにいたスケルトンを踏みつぶし、尻尾で払い、ぶち壊し始める。

「それにしてもデカいわ～」

　十メートル以上もある体躯たいくのワニ恐竜。あれなら人間サイズのスケルトンなんて木っ端と同じだろう。

「でも、力とデカさだけで勝てる相手じゃないんだよな」

　魔王軍にはスケルトンを操っている者、つまりは魔法使いがいるはず。多分剣を持っていない方の黒ローブがそうだと思う。魔法耐性を持たない恐竜には相性が悪すぎる相手だ。

「しかたないな。保護優先に切り替える。プチちゃん、緊急発進スクランブルだよ！」

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（注）参考文献　特攻服刺繍の きてやこうて屋・ヤン詩サンプル