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第60話・Past Story 初代②

 ――そもそも、友情なんてものがあったのかどうかも怪しかった。



「今日は新生ねおのおごりな~!」

「え、ムリだって。そんな金ないよ」

「はぁ? あんだろ? たまにはいいじゃんおごってよ」

「本当にないんだってば」

「新生バイト増やしたじゃん。それに……」


 ……それに、ってなに? なんかニヤニヤして嫌な感じ。


「パパいんだしさ。金あんじゃん」

「知ないって。誰よ、そんな事言いだしたの?」

「どっかのオッサンから金もらってたの見てんだぞ? 隠すなよ」

「いや、もらってなんて――」


 そうか、葛城に金渡す所を見られていたのか。そして彼女たちは、オレが金を“受け取っていた”と勘違いしてる、と。


「あ~、アレ親父だし」

「あ? 会った事ないって言ってたじゃん。うちらに嘘つくんだ?」 

「え~。マジテンサゲ~」

「なんだよ。パパ活(注)しまくってるから最近顏ださねぇんだろ?」


「――だから、そんな事してないって言ってんじゃん!」


 さすがにちょっと強い言い方になってしまった。彼女たちが一瞬引いたのがオレにもわかった。……そして数秒の沈黙。


「ちっ、いいやもう。いこうぜ!」

「そんなにオッサンと遊ぶのが好きなのかよ、マジ引くわ!」

「あ~あ、ダチだと思っていたのにな~」


 なんだよこいつ等、言いたい放題言いやがって。オレの話ははなから信じる気なんてないじゃん。


 ……オレらの関係ってこんなもんだったのか。



 多分、ダチだと思っていた連中に信じてもらえなかったことがイライラの原因だったのだろう。

 葛城を見た瞬間怒りがこみあげてきてしまって悪態をついてしまった。


「もう二度と金は渡さない! ここにも来るな!」

「どうなるかわかっているんだろうな?」

「知るかよ。お前に関わるのはうんざりなんだ」

「はぁ? そうかよ!」


 言葉を吐き捨てた瞬間、葛城の拳がオレの顔面を襲った。二発三発と殴られ、最後には『またくる』と言い残してその場を去っていった。


 当然、顔の傷は母親に言及される。ちょっとしたことで喧嘩になったとだけ言って……押し黙った。それ以上言うと余計なことを言ってしまいそうだったから。



 しかし、本当の不幸はここからだった。翌日学校で学年主任に呼びだされ職員室に行くと、一緒に校長室に来るように促された。 


 葛城がなにかしたのか? ……ホント、やり方が汚い。


 校長室に行くと、校長と教頭がいて、そのあとクラス担任までが部屋に入ってきた。四人に囲まれる状態で学年主任が言いにくそうに話し始める。


「柳瀬さん、あなた、えん……んんっ……援助交際をしていると言うのは本当ですか?」

「え? ……いえ、そんな事していません!」


 なんで? なにこれ? 親父の話じゃないの? ……まさかあいつらが?


「複数の生徒から『中年男性からお金を受け取っているのを見た』と報告があるのですが?」

「正直に言いなさい。大事おおごとになる前に」


 なんで……なんで一方的に決めつけるんだよ。オレの言い分はなにひとつ聞かないで。


「その中年男性というのは誰ですか?」

「青少年保護条例があるから、警察も関わってくる問題だ」

「だから、知らないって言ってるでしょ。なんで頭ごなしに決めつけるのさ!」

「なんだその態度は!」


 めちゃくちゃだよ……マジでもう。 


「なにも言わないのなら、このあとは警察に任せる事になるが、それでいいのか?」

「それは……」


 だめだ、母親には余計な心配をかける訳にはいかない…… 


「黙ったままですか? 中年男性というのは誰ですか?」


 でも、葛城の事はなおさら言える訳がない……どうすればいいかわからないよ。なにを言っても信じてもらえず、そうなるとなにも言葉がでず……


 結局、母さんの所に連絡が行ってしまった。


 だけど母さんは全面的に信じてくれた。『新生はそういう所は間違わない』と。



 父親に脅され、友人達に裏切られ、教師たちに決めつけられ。もう、唯一の心の置き場は母親にしかなかった。


 ……しかし、それでもいいと思った。 


 遊び歩くのはもう止めよう。

 高校中退して働いて、少しでも楽させてあげようとも考えたけど、母さんの『高校だけはちゃんと卒業して』という“小さな願い”だけはしっかり守ると約束した。


 ――結局何があっても信じてくれたのは母さんだけで、かえってそれが、今迄の自分がいかに親不孝だったかを考えるきっかけになっていた。



 学校終りに夕食の買物をして帰路に着く。たまには自分が夕食を作り、母さんが返ってくるのを待っていよう、と。


 ろくに料理なんてしたことないけど、まあ、なんとかなるでしょ。そんな甘いことを考えながらアパートの階段を駆け上がった。


 しかし、ドアの前に立つと、鍵が開いていることに気がついた。……まさかまた葛城が?


 妙な胸騒ぎを覚え、音を立てないようにそっと玄関を開ける……



 しかしそこに見えたのは葛城ではなかった。




 西日が差し込む見慣れた部屋には、天井からぶら下がる母さんの影だけが浮かび上がっていた。






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(注)パパ活・援助交際

 現在パパ活という言葉に置き換えられるケースが多いのですが、売春は犯罪行為です。また、当然の事ながら、それらを容認したり推奨する為の物語ではありません。

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