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第56話・Past Story アンジュラ③

 【返礼品調達屋】

 そのネット掲示板に書き込むと、気分次第で恨みを晴らしてくれる。法外な料金を請求されるが、金額に見合った“返礼品という名目の復讐”を与える、噂でしかない組織だった。 


「お嬢ちゃんの場合は三人から返礼品依頼があってねぇ。まあ、依頼主の希望は“とにかく絶望を与えてくれ”だそうだ」

「そんな……うそっ、うそ言ってんでしょ?」


「どうとらえようとお嬢ちゃんの自由だけどさ。さて、一人目。お嬢ちゃんのせいでレギュラーの座を奪われた為、就職先へのアピールポイントを失った可哀相な三年生」

「……え、誰のこと?」


「二人目。高校の大会でタオルを差しだしたのに無視された、お嬢ちゃんに憧れて陸上部に入った可哀相な後輩」

「そんなの、知らないよ!」

「つまり、一人目も二人目も、まったく眼中になく相手の自尊心を傷つけたって事だね」


「言いがかりじゃない!」


「三人目。これはわかるんじゃないかな~? ずっとつのらせていた思いを、意を決して好きな男の子に告白したら『安城優希が好きだから』と断られた、お嬢ちゃんの“親友”。可哀相に。全て君の存在が悪いんだよね」

「うそ……彼女が……メチャクチャだよ。そんな事で……」

「そう、そんな程度の事で、人は人を恨むんだ。お嬢ちゃんはそれを理解していないから、これから教えてあげるんだよ」


 これが調達屋のやり方だった。


 どんな理不尽な話でも『責任は君にあるんだ』と誘導し、罪悪感を植え付ける。言わばマインドコントロール。


 これは誘導されている者の意思ひとつで破る事が可能だけど、実際その場においては“それ”に気づける者は極わずかだ。もちろん私も例外じゃない。


 更には、最初に“誘拐された”という恐怖を与え、正常な思考を奪うという下準備もあった。


「さて、そうは言っても罰だけを与えるのはフェアじゃないよね。そこで、だ。お嬢ちゃんにひとつ選択権をあげよう」


 大抵はこの“選択権”という言葉に希望を持ってしまう、助かる可能性を求める。


 そのときは多分私も……わずかな希望を感じてしまっていたと思う。 


 しかしこれは、どちらを選んでも後悔する内容しか用意されていない。それでも最終的にはどちらかを選ぶように誘導されていく。


「お嬢ちゃんは三人から復讐されるんだ。だから……お嬢ちゃんの足の指を三本切り落とすのと、妹ちゃんの手の指を三本切り落とすのとどっちがいい?」


 ――背筋に寒気が走る。


 突きつけられた選択肢はどちらも選ぶことなんてできない。足の指を切り落としなんてしたら、選手生命は終りだ。


 しかし妹の指を切り落とさせるなんてできるはずがない。『どっちがいい?』と聞きながらも、考える間を与えずに次の質問を投げてくる。


「さあ? どうする? 選択しないと妹ちゃんの指に決めちゃうけど? お嬢ちゃんのせいで指を切り落とすことになるんだよ? わかってる?」


「え……あ、いや、そんな……」


 私はこの時点で完全に相手の術中にはめられていた。この二つ以外の選択肢を全く考えられない精神状況に追い込まれたのだ。


 ……冷静になる事ができれば、いかに意味のない理不尽な選択かわかったはずなのに。


「お嬢ちゃんは、妹ちゃんを犠牲にして選手生命自分だけを守りたいのかな? ならば妹ちゃんの指がなくなるのは誰のせいなのか考えてごらん?」


「それ…は、えっ? 私? のせい、なの?」

「はい、よくできました! お嬢ちゃんのわがままで小さい妹ちゃんは指を三本も失うんだ。可哀相だねぇ……」 


 頭の中がぐちゃぐちゃだ。なにが正しいのか判断できなかった。


 誘拐。

 妹の指。

 私の足指。

 裏切った親友。

 記憶にない先輩と後輩。

 すべてに『なぜ?』としかでてこなかった。



 ——しかしこの時、天が味方したのか、それとも更なる悪夢にいざなわれたのか。



 誰かが見ていて通報したのだと思う。警察車両数台がこの黒いバンを取り囲み、停止指示をだしていた。

 男たちには想定外だったのだろう、後部座席の男は停止指示の声に焦り、外に注視する。


 その時突然、なんの前触れもなしに私の周りに魔法陣が現れた。


「え、なに⁉」


 中心から強烈な緑の光を発し、私を押さえていた二人の男を吹き飛ばした。


「お姉ちゃん!!」


 必死に助けを求め、手を伸ばす妹。


「愛希!」


 私は死に物狂いで妹の手を掴もうとした。この光がなんなのか? と考えるよりも先に手を伸ばした。


 しかし“理不尽な意思”は私たち姉妹の願いを足蹴にし、指先すら触れる事がなく、私は……光に飲み込まれてしまった。

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