うしろから来た黒いバンが私たちの横で停まり、中からマスクをかぶった数人の男がでてきて口をふさがれた。
そのまま車の中に押し込まれ、急発進しながらドアが閉まる。……わずか十数秒の出来事だった。
やばいやばいやばい……なによこれ? こいつ等なに? 怖い! 触るな! 来ないで!
……その時、その場において、恐怖以外の感情が入り込む余地はなかった。
多分、誰しも突然誘拐なんて目に遭ったら、なにも考えることができずに恐怖と焦りでパニックになる。
ましてや女性なら性被害の可能性も考えてしまうのは当然の話。
身の危険を感じながら、それでも私の頭の中には妹の安否があった。
幸い視界に入っている愛希は、口は塞がれているが暴力を振るわれたような形跡はなさそうだ。
それでも危険な状況には変わりがなく、パニックに支配されている脳で必死にここから逃れようと暴れた。『とにかく恐怖から逃れたい』その一心だけだった。
そんな暴れる私を見て“姉を助けよう”とでも思ったのだろう、愛希は自分の口を押えている男の手を噛んだ!
「痛って、このガキ!」
「お姉ちゃ……」
――男は怒り任せに愛希を殴りつけた。幼稚園に通う女の子を、だ。
「愛希!!」
――殴られ、悲鳴と共に車の床に叩きつけられる愛希。
目の前で起きた出来事に、私は凄まじい怒りを覚えた。
なにを考えればいいのか? なにをすればいいのか?
それまで混乱していた頭の中を、怒りと言う一つの感情が冷静にさせていた。
怒りを覚えると同時に、私は抵抗を止めた。肩を抑えている男はなにが起きたのかわからず、仲間に答えを求めるように視線を合わせる。
その瞬間、私は両手で男の襟首を掴むと、その顎に向けて頭突きを喰らわせた。のけ反り、押さえていた手が外れる。
そのまま右足を掴んでいる男は無視して妹を殴った後部座席の男に殴りかかった。……しかし、これは完全にミスだった。
いかに体力があるとは言え、男と女の力の差は簡単に埋められるものではない。ましてや、今は三人の男が相手だ。足を掴んでいる男は全体重を乗せて動きを封じて来た。
……これではうしろの男に届かない。
「愛希、大丈夫? 愛希⁉」
「うるせーな。このガキが悪いんだろが!」
うしろの男は愛希の
「なんでこんな事を……」
「なんで、だって? お嬢ちゃん、君はね、三人もの人を傷つけているんだよ? だから三人分の恨みは受けなきゃいけないの。わかる?」
この男は、長い間こういった事をやってきたのだろう。わざと相手をイライラさせる話し方が身についているようだ。
「そんなのは知らない! 妹を離して!」
「お……姉ちゃん……助けて」
「愛希、大丈夫⁉」
「はいはい。人の話はちゃんと聞きましょうね~」
「なんなのよ、一体」
「ふう……」
溜息を一つついて、男はゆっくりと話しだした。
「返礼品調達屋。と言えば、お嬢ちゃん世代にはわかりやすいんじゃないかな?」
「まさか……そんなの、ただの噂じゃ……」
――それは“噂に聞いたことがある”と言う程度で、実際自分で遭遇するまでは都市伝説位にしか思っていなかった。