当たり前の話だけど、そこに考えが回っていなかった。『君らを殺すことが目的じゃない』とか偉そうに言いながらこのザマか。
「プチちゃん、ベルノ連れてきて、早く！」
ミルクチョコは効果がない。入っているのは恐竜専用の体力回復剤だと女神さんが言っていたし……そもそもセイレーンのこの状態では飲食物なんて喉を通らないだろう。
今、唯一期待できるのはベルノのペインスローだけだ。これは転生者のウチには効果があった。だからもしかしたら……
「戦いの最中でござる。余計な手だしは……」
「うるせーぞ、黙っとけ。ウチは誰も死なせないと決めたんだ。
「セイレーンは魔王軍の者。ゆえに対処は我々でいたす」
「だから黙っとけって。それにウチは止める気ない、止めようとしても無駄だから口だすなよ！」
セイレーンを気遣って早々に負けを宣言したり、さっきだって敵のウチに対して『お気遣い感謝いたす』とか言ってくるくらいだ。
突き放した言い方をしていても、部下の事をしっかり考えているのがバレバレなんだよ。
「ベルノ、いけそうか？」
「やってみるニャ！」
ベルノが短い手でセイレーンの体を撫で“痛い”を投げ捨てる！
しかし……
「ちょっとしか飛んで行かないニャ……」
確かにいつもみたいに『回復した！』という感じではなかった。ペインスローは魔族に対しては効果が低いのかもしれない。
……なんだよ、こんなとこで死ぬなよ。会話したことすらないし、なんなら敵同士だけど。
それでも、目の前で死なれるのは嫌なんだ。
「ベルノ、ごめんな。もうちょっとだけ頼む！」
僅かでも効果があるのならやるべきだ。というかウチ、無力すぎじゃないか。『やるべきだ』じゃなくて『やってもらう』が正しいよな。
……と、そんなこと考えている場合じゃない。
なんとか方法はないか……考えろ。手はあるはずなんだ。ベルノだっていつまでも力を使っていられないし。
あ……アンジー。アンジーならなにかわかるかも！
「って、どこにいるかわからねぇ～」
ったく、肝心な時にあの謎女は。あとは……そうだ回復魔法。魔王軍の部隊なら回復役がいるはずだ。
「誰かヒール使えないの？」
「使えるのはセイレーンだけでござる」
「マジか……回復持ちを戦わせるなよ」
他になにか――。そうだ、ここにいるじゃないか！
「おい、女神さん！」
〔……回復ポーションをくれと言うのでしょう？〕
「わかっているなら……」
〔無理です〕
「おま、この期に及んでまだウチのやり方が気に入らないのか⁉」
〔いえ、八白亜紀。むしろ今はあなたに協力したいとすら考えています。しかし現在の私は、あなたの元の時代とこの時代を繋げているので、異世界のアイテムを取りだす事ができないのです〕
そういう事か。アンジーみたいに異世界から来ていれば、そちらの物を取りだせたのか。
「じゃ、令和の時代から薬とかだせるよな？ ……って、だから飲めないじゃん」
意識ないんだから。というか薬もAEDも異世界のモンスターに効果あるかわからないし。
……お手上げなのか？ なにもできないのか？ と、ウチは半分諦めかけていた。
〔それにしても八白亜紀。あなたは本当に悪運だけは強いようですね〕
「なんの話だよ、こんな時に」
ウチの運がよくたってセイレーンが助からなかったら意味がないだろ。
「はぁ～い、ぼーん！」
（訳：おげんき～？）
「……え、なんでここに？」
「留守番とかさりげメンディーだからさ～。来ちゃったよ」
（訳：留守番とか退屈だからさ～。来ちゃったよ）
「ミアちゃん、セイレーンがちょっとヤバ気なんだ。もしかしてだけど……回復魔法使える？」
「亜紀ぴ、マジ弱酸性！ なんでもいっちゃって～」
（訳：亜紀はやさしいね！ なんでも言ってよ！）
本当に退屈だったからかはわからないけど、とにかく助かった。今は魔王軍と顔合わせたくないはずなのに……ありがたい。
「セイレンぴ、あげみざわでいくよー！ とりまこみこみのひ～る！」
（訳：セイレーン、テンション上げていくよ！ とりあえずいい感じに色々治るヒール！）
ラミアの回復魔法がセイレーンを包む。キラキラと降り注ぐ魔法の光の向こうには、安堵の表情を見せるドライアドがいた。
それにしても、相変わらずギャル語呪文はよくわからんな。
