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第33話・妄想と偽装

 木々の間をすり抜け、小川の浅瀬を突っ切る。瀕死の恐竜を助ける為に、ガイアの案内でウチたちは全力で走っていた。


 ……まあ、ウチは全力米俵だけど。


「この岩の……先。デス」


 ガイアが指さした大岩の先に巨大な恐竜の脚やしっぽが見える。これはあのなのか?


〔どうやら種族はタルボサウルスのようです〕


 間違いなさそうだ。ぐったりしたまま頭が半分川に浸かり、半開きの目は虚空を見ていた。


〔まだ息があります。急げば助けられそうですね〕


 ウチは慌ててカバンからチョコを取りだして食べさせようとした。だけど、すでにものを飲み込むことができないらしい。


「ベルノ、お願い。痛いの飛ばしてあげて」

「はいニャ!!」


 ベルノが瀕死の恐竜をなでる。しかし、いつもみたいに痛いを取って飛ばそうとするが何故かまったく効果がない。


 何度も何度もなでるが……それでも、全然効果がなかった。もしかして手遅れなのか? それとも、単に恐竜には効果ないのか? 


「ネネ~! 痛いがダメニャ! 取れないニャ……」


 自分の両手を見ながら半泣きのベルノ。すまん、ウチが不甲斐ないばかりに、こんな小さい娘にまで辛い思いをさせてしまった。


「くっ……こんな時でも無力なんか、ウチは」



 ――いや、まてよ。



 女神さんは『チョコを食べさせることが、能力発動のトリガーとなっている様です』と言っていた。”トリガー“つまり、発動スイッチが入ればなんでもいいって話だよな。


 ってことはもしかして……そうだよ、その手があるじゃないか!


 狭い部屋の中で今迄散々やってきた。宝くじに当たったり、異世界転生したり、アニメの中にはいってムカつく上司を踏みつぶしたり。


 この娘がチョコを食べたと想像するんだ。強くイメージするんだ。


 ライズ化にトリガーが必要なら、そのトリガーを偽装すればいい。



 ――“妄想力”なら誰にも負けない。今度はウチが、ウチ自身を騙すんだ。 



「よし!」


 ……妄想。


 ……もうそう


 ……もう……もう


「もう……駄目だ……」

〔どうしたのですか? 八白亜紀〕

「なんか集中ができなくて、それで……」


 目の前に瀕死の娘がいる。気持ちばかり焦ってしまって集中できない。


〔得意な事なのでしょう?〕

「わかってる。でも……」


 嫌な事を考えるとどんどん負の妄想が連鎖してしまってイメージするどころの話じゃない。


「ウチの限界……なのかな……」

〔なにを言っているのですか八白亜紀〕

「でも、経験上わかっちゃうんだ、限界が」


 ブラック企業で学んだ唯一の事。それは自分の限界点。


〔そんなものは役に立ちませんよ。ヒトは日々成長するものです。限界点だってその分あがりますよ〕


 もっともな事を言っているように感じるけど、実際はそんな簡単な話じゃない。


 一流アスリートだって、自身の限界を超える為に毎日努力してやっと到達するような次元の話なんだから。


 限界点がそんな簡単に伸びる訳ない。そんなのは小学生でもわかる。


 ……でも、今はやるしかない。これはウチにしかできない事なんだ。だから今は、女神さんの発破にのってやる。


 もう一度、もう一回。——焦っちゃダメだ。


 ウチは、カバンから取りだしたチョコを口いっぱいに放り込み、目をつむった。


 頭の中からひとつひとつ余計な物事を消す。不安な事、わからない事、過去の自分や異世界の事。



 風に乗って、草花の緑の香りが運ばれてきた。ちょろちょろと小川のせせらぎが聴こえてくる。大自然の中ってこんなに心地いいんだ。


 考えてみれば子供の頃ってこういう場所で走り回っていたよな。草に寝転がったり四葉のクローバーを探したり。


 いつの日からだろう、部屋に籠ってゲームする事が全てになったのは。

 いつの日からだろう、まっすぐに他人を見なくなったのは。

 いつの日からだろう、自分の将来を考えないようになったのは。


 でも、そんな令和時代のはどうでもいいや。もう関係ないんだし。仲間と楽しくやれている今が最高じゃないか。



 ——うん、これは心底そう思うな。今はこの娘たちといるのが楽しいというか心地よいというか。むしろ白亜紀にこれてよかったって思う。



 ……ふう、なんか色々とスッキリしてきたぞ。


 あれ、口の中が甘い。そうだチョコ食べていたんだっけ。


 濃厚なミルクチョコが口の中で溶けていく。トロッとした、香ばしく甘い粒が少しずつ喉の奥に流れていく。


 さあ飲み込むんだ。そして恐竜は段々と小さくなっていき、小さく可愛らしい女の子に変身する。


 少しずつ、鳩尾みぞおちのあたりになにか熱いものが産まれてくるのを感じた。それは段々と身体全体に広がり、やがて、両手に集まってきた。


「うわっ……なんだこれ⁉」


 両手に熱を感じ目を開けてみると、てのひらから薄い青色の光がでていた。その光を目の前の恐竜に当てるように掌を返し、そっと触れてみる。


 すると、恐竜は少しずつ小さくなり、やがて人の形を形成していった。



〔そう、それが真のライズ化なんだからね!〕

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