目次
ブックマーク
応援する
9
コメント
シェア
通報

第20話・よりよりのより

「ボーン!」

(訳:こんにちわ)


「はい……なにそれ。つか誰?」


「ノリ悪いな~。マジテンサゲ~」

(訳:ノリが悪いな~テンション下がる~)


 なにこの人? いや、このモンスターか。ツンとした鼻すじが印象的な整った顔立ち。長い黒髪が風になびき、スレンダーなボディをなでている。そして下半身が蛇。


 ……魔王軍に違いはないと思うけど、しゃべっているのはなぜかギャル語だ。  


 ミノタウロスとのバトル後、緑地地帯を求めて支流をさかのぼった。

 沢をいくつか超えた辺りで、光と緑が綺麗な場所を見つけたんだけど、そこにはすでに彼女がいた。


 明らかに異質な相手を見て、一番最初に身構えたのはティラノだった。


「オメーも昨日のあいつ等の仲間か?」


「それな。ちゃけばがんなえだったよね~、テンアゲで来たのにソクサリとかさ~ マジないわ~」

(訳:それなんだけど。ぶっちゃけると本当に萎えたよね、気合入れて来たのにすぐ帰るとかさ)


「なあ、亜紀っち、こいつ一体なにを言ってるんだ?」

「ウチもなんとなくわかるって程度だからな……」 


「とりまチルってくろはだとかありよりのありなのにメンブレ~」

(訳:とりあえずまったりと肌焼こうと思ったのにメンタルやられるわ~)


「お、おう。そうだな、よりよりのよりだよな! ……亜紀っち後まかせた」


 威勢よく抜いた木刀をばつが悪そうに収め、ウチの肩をポンッと叩いて後ろに下がる。なにが起きたのかわからないといった表情がこれまたかわいい。


 しかし、ティラノを撃退するとか何気に凄いんじゃないか? というか……直感だけど、このはなんかウチに近い感じがする。


 ……よっしゃ、いよいよウチの出番や。ひ~ひ~ゆわしたるで!


「なるへそ。それはあじゃぱ~だわ。ギャフンなって冗談はよし子さんだな!」

(訳:そうなんだ。それは残念だね。ふざけるなって感じだな!)


「そマ? ウケる~。さりげメンディーだけどアゲぽよなうしか的な」

(訳:それマジ? ウケる。なんか面倒だけど、テンション上げるのは今しかないかなって)


 やはりそうか、こいつは……エセギャルだ! 平成初期の黎明期ギャル語が混ざっている。完全なギャルじゃないのならウチでも戦えるで。


 ――ここは、昭和死語ネット検定三級の実力を見せるしかあるまい!


 青い空。白い雲。川のせせらぎ。そよぐ風。

 ……そして飛び交う死語とギャル語。


「なあルカ。あれ、なにを言ってるかわかるか?」

「無理っスね。暗号会話みたいっスから」



 どのくらいの時間が流れただろうか。平成エセギャルVS昭和死語使い。死力を尽くしたウチたちの戦いは、今終りを告げようとしていた。


「なるへそ。それはチョベリバだわ。でもトサカにきてもOK牧場。当たり前田のクラッカーだよ!」

(訳:そっか。それは最悪だわ。でも頭に来てもOK。当たり前じゃん!)


「生類わかりみの令!」

(訳:わかったよー!)


 というかなんでこの娘ここにいるんだろ? ミノタウロスたちみたいな偵察って感じじゃないけど……


「魔王ちゃんが激おこぷんぷん丸でつらおだったからドロンしてきたんだ~」

(訳:魔王様が激怒して、そこにいるのが辛かったから逃げて来たんだ)


「そか~。ドキがむねむねだったんだ。トカげっち(リザードマン)もプッツンだったけどブラックなのねぇ」

(訳:そか~。ストレスだったんだね。トカげっち(リザードマン)も怒っていたけど、環境悪いのね)


 まあまあとりあえず一杯。と、桃ジュースをすすめてみた。『ラーメンもあるよ』とカバンから取り出したが、匂いをかいだだけで『酔うから』と遠慮していた。


 やはり魔界の住人って、ラーメンで酔えるのか。


「あ、あの……マスターさん。通訳お願いしても?」


 ひと段落付いたと判断したのだろう、プチが会話の解読内容を聞いてきた。


「ああ、ごめん。なんか魔王が激怒していてその場にいるのが辛かったから逃げてきたんだって~。それで天気がいいから肌焼こうとしてここに来たら、ウチらと遭遇したんだってさ」

「あの暗号にそんな意味が……亜紀っちすげーぜ!」

「そうっスね! 自分にもわからなかったっス!」


 ……彼女達の尊敬のまなざしを前にしたら、実はウチも結構適当だったなんて言えなかった。


「でも、そういう理由なら魔王軍に戻れないよね? 女神さんどうしたらいいと思う?」

〔うん、殺しましょう。サクッと〕

「敵対してない相手に危害を加えるのは無しだ。実際なにもしてないぞ?」

〔途中で心変わりして魔王軍に戻ったり、そもそもスパイって可能性もあります〕


 ……それを言いだしたらなにもできない。他人を信頼するという気持ち全否定じゃないか。


「ところで、え~と……」

「あ、私はラミア」


 名前を聞いた瞬間ドキッと心臓が跳ねた。それは、目を見ると石にされてしまうと言われるモンスターの名前だったからだ。


 一瞬固まったウチを見て、ラミアは笑いながら口を開いた。


「なんかさ、見た人間を石にするとか言われてるけど、あれってデマだから」

「そ、そうなんだ」

「うん、私に見惚みとれて固まるくらいのものかな」


 ラミアは髪をかき上げて、手からサラサラと流して見せた。魅了する仕草に見惚れる人間……それもある意味石化と言えるだろう。


「そ、それで、これからどうする気?」

「どうしようかな~。戻れないしぃ……このままこの辺りに住むのもいいな。ロケーションは悪くないしさ」


 やはり帰ることができないのか。チョコを食べながら、ちょっと寂し気な目で答える彼女。


「って普通にしゃべれるのかよ」

〔もしかしたら、ミルクチョコに”標準語化“の効果があるのかもしれませんね〕


 なにそのご都合主義の極みみたいな効果は。


「無理にとは言わないけど、とりあえず一緒に来てみない?」

「そうね~。この世界の事まだわからないし、それもいいかもね」

「めっちゃ普通じゃんよ……」


 ……ウチの苦労は一体なんだったんだ。


「お、おい、ルカ! こいつなに言ってるかわかるか?」

「わかる、わかるっス!」

「ネネ、白くなってるニャ」


 ふっ、燃え尽きたぜ……

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?