「これは……なんとも美味いものでヤンスね」
魔界、いや、異世界にはチョコが存在しないのだろうか?
リザードマンは『初めて食べる』と言いながら、黒く香ばしいミルクチョコを絶え間なく口に運んでいた。
「お、わかる? わかっちゃう?」
ほろ苦さとミルクのコク、この素晴らしきハーモニーが理解できるなんて。それも一口サイズの粒が十二個入ったこのシリーズは格別なんだ。
最初、この時代に生きる恐竜たちの事を誤解していたように、ウチは、魔王軍に対しても偏見の目で見ていたようだ。
正直言うと、今でも怖いという感情は残っている。植え付けられた先入観とでも言えばいいのか、意味が分からない潜在的な恐怖みたいなもの。
——ただそれは、彼等
異世界に転生/転移した人類が、勇者とあがめられて魔族を“悪い者”として排除しているという現実は、彼らに対する偏見も含まれているのだろう。
悪さをしているというのも、本当に単なる悪さという場合もあれば、もしかしたら迫害への抵抗とかの場合も考えられる。
……結局現状では人間側、ひいては女神サイドの一方的な印象でしかない。
「ま、実際のところは行ってみないとわからないけどな」
でも、しっかりと対話するって本当に大事。
そんな基本的な事を、ウチは白亜紀に来て恐竜たちと魔王軍から学ばされたんだ。
リザードマン曰く、魔王の命令で威力偵察に来たのはよいものの、異世界からの転移ゲートの出口が地上から五メートル位の所に開いてしまい、転移直後に落下してしまったらしい。
そして、突然落ちて来た彼等に驚いて走りだしたのがキティだった。……って事らしい。
「つか、落ちた本人が一番驚いたんじゃないの?」
「座標計算とかいい加減なんでヤンスよ。現場で働く
「う……なんかトラウマなひと言が」
それから少しして、突然大気を揺らすエネルギーの爆発を感じ、確認の為に向かったらウチたちと遭遇した、と。
「つまり、ティラちゃんのカナブンキックが二人を呼び寄せたのね」
そのティラノとミノタウロスの闘い。
拮抗するパワーの膠着状態は意外な、本当に意外過ぎて予測できない展開で破られた。
鍔迫り合いからの押し合いになって十分近く経過した頃。強敵とのバトルに超興奮したティラノは『ボボンッ!!』という音とともに、
「――なんだって?」
「モ⁉」
全力で押し合っていたティラノは、勢いそのままにミノタウロスを踏みつぶしてしまう。
「グァ……」
「あぶな、ウチらまで潰されそうになったわ」
目と鼻の先に、突然踏み下ろされるティラノサウルスの巨大な脚。呑気にチョコ食べていたら潰されましたとか洒落にならん。
これはティラノにしてみても想定外の事態なんだろう、きっと今発した『グァ……』って『やべぇ……』って感じだったのだろうな。
〔あらあら、興奮して元に戻ってしまったみたいですねぇ〕
「『みたいですねぇ』じゃねぇって。大丈夫かよ、
〔運と体力次第でしょう〕
「投げやりだな、おい。……しっかし、どうすんだよこれ。事態は更に悪い方へ転んでんぞ?」
突如目の前に現れたティラノサウルスを見て興奮したのだろう、離れた位置からティラノとミノタウロスの闘いを見ていた恐竜が、雄たけびを上げながら突進して来た。
避けることなく、正面から受け止めるティラノサウルス。相撲で言えば“がっぷり四つ”ってやつだ。
目と鼻の先で繰り広げられている恐竜大戦争。もの凄い迫力と砂埃、そして雄叫び。
〔あれはカルカロドントサウルスですねぇ〕
「なにその半分否定した様な名前は? カルカロをドントで否定か? それともサウルスか? ……いやそこ否定したら恐竜じゃねえじゃん!」
「ネネ~、ベルノも遊びたい!」
「危ないからダメ!」
あんな所に入って行ったら、踏みつぶされる未来しか見えない。
「ティラノさん、楽しそうですねぇ」
「そうだすな~(キリッ)」
「え、なに君たちその余裕は? って、あいつ等マジで遊んでんの?」
プチたちの言う『楽しそう』がウチにはわからないけど、確かに言われてみればじゃれ合っているようにも見えなくもない。
少なくとも急所を狙って噛みつくといった命をかけた戦い方はしていないみたいだ。
って事はもしかしてカルカロさんってば……?
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(注)『ヒト』とカタカナで記載した理由。
人間、恐竜人、魔族(モンスター)、猫人、妖精(女神さん)、すべての知性を持って生きる生物をまとめてヒトと表現しています。『人』と書くと人間以外は含まれないというイメージにもなってしまうので、カタカナ表記にしました。