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第15話・バトルマニア

「ネネ、あそこ!」


 ベルノが短い腕を必死で伸ばして指さした方を見ると、少し離れた場所に見たことの無い恐竜がいた。


 まあ、ウチにはティラノサウルスみたいな肉食恐竜の姿ってくらいしかわからないけど。


 特になにをするでもなく、まるでティラノとミノタウロスの戦いを見ているようだった。ソワソワとしていてなんか妙に気になるけど、いったいどうしたんだろ? 


 ……って、とりあえずは目の前の魔王軍に集中しなきゃだ。 


 バトルマニア同士の戦いは、睨み合いの牽制から始まった。


 お互いに相手の出方をうかがいながら、自分の間合いと相手の間合いをはかっている。


 正眼に構えるティラノと大戦斧を頭上に振り上げるミノタウロス。ジリジリと距離を詰める両者。


 見ている方も固唾を飲み、決着を見守っているしかなかった。


 ――次の瞬間、ティラノが先に動いた。


 一気に間合いを詰めに前に出ると、それに呼応するかのようにミノタウロスも踏み出す。


 ティラノは正眼の構えから木刀を軽く倒して左脇から斬り上げた。闘気オーラに呼応するかのように切っ先が白く輝き、剣筋が軌跡をえがく。


 一方のミノタウロスは、そのまま大戦斧を力任せに振り下ろした。鈍い銀色のそれは刃先だけが赤く光り、いかにも魔力が込められているのがわかる。


 そんな二人の得物が中央で打ち合った瞬間、お互いの力が破裂し、渦を巻いた圧力が砂を巻き上げて飛び散らせていた。


「へへっ、やるじゃねぇか」

「お主もだ。その体格でワシと互角とはな……」


「マジか……なんかすげぇ。背中にゾクゾクきたぞ」


 ウチは二人の戦いに圧倒されてしまった。それもまだ始まったばかりで一合しか打ち合ってないのに、だ。


 小学生くらいの頃だったか。スポーツ観戦好きの叔父が、陸上の国際大会に連れて行ってくれたんだけど……でも、ウチは陸上とか全然興味がなくて、本音を言うと苦痛でしかなかった。


 指定席がスタジアムの中腹くらいだったと思う。

 叔父が『ここまで選手の息遣いが聞こえてくるんだぞ!』って熱弁振るっていたけど、頭の中は『帰ってゲームがしたい』と思っていたくらいに興味がなかった。


 ――しかしそんなウチの認識は、脳髄の奥からひっくり返される事になる。


 どこの国の代表なのかすらも知らない選手が、トラックのコーナーから直線に入った時だった。


 ウチの席から三〇メートルも離れているはずなのに、一心不乱に気合の入った息遣いがハッキリと耳に届いたんだ。


 その瞬間、背筋がぞわぞわっとしてなんかもう訳も分からず興奮してしまったのを鮮明に覚えている。


「あの時以来の感覚だな……」

〔さすがティラノサウルスですね。人型としては初めて戦うのに、すでに戦闘慣れしているようですわ〕

「ん……どういう事?」

〔相手のミノタウロスが上段の構えのまま崩さないのを見て、すぐさま左からの攻撃に切り替えたのです〕

「ふむふむ」

〔注目すべき点は、ティラノの左側からの攻撃、つまりミノタウロスにとっては右側から攻撃を受ける頃になります〕


 まあ、それくらいはウチでもわかるんだけど、右とか左がそんなに重要なことなのかな……?


〔ミノタウロスの手元を見てください。右手が上に来ていますよね?〕

「うん……」

〔この状態で武器を振り降ろした時、撃ち合う一瞬ですが右腕が視界の邪魔をしてしまうのです〕

「ティラちゃんはその一瞬を狙ったって事?」

〔そうですね。結果としては何事もないように見えますが、もしティラノが逆側から攻撃をしていたら、ミノタウロスも軌道をずらした可能性があります。そうしたらティラノは致命傷を負っていたかもしれません〕


 ……マジか。あの二人ってそんな高度な読み合いしていたんか。そしてそれを見切っている女神さんもあなどれん。


「実況は女神解説員でお送りします」

〔ですから、変な肩書きはつけないでください〕



 力が拮抗し、鍔迫り合いのまま硬直している二人。


「くく、楽しいぞ! こんな辺境に送り込まれ気が滅入っておったが、いやはや、お主みたいな猛者がおるとはな!」


 直後、ミノタウロスのガチムチの身体が更に盛り上がり、ひと回りもふた回りも身体が大きくなった。


 まるで裸にタキシードの絵を描いているような状態だ。


「あれ、よく破れないな……」

〔きっとストレッチ素材を使っているのですね。ミノタウロス用にカスタマイズされた正装なのでしょう。〕

「タキシードってそんな用途だっけ……?」


 ティラノも闘気オーラを放出している。レックス・ブレードを撃った時のように、足元からゆらゆらと熱気が立ち上がっているのが見えた。


 そしてポケットの中のジュラたまが反応して光っている。


 多分、ウチがこれを指にはめれば、ティラノのパワーはミノタウロスを凌駕するのだろう。


 ……けれど、な~んかそれをやったらティラノに怒られる気がする。


「それにしても、こうも動きがないとちょっと暇だよね」


 それは敵方のリザードマンも同じ心境らしい。手持ち無沙汰というか、めちゃ退屈そうだ。


 仲間が戦っているのに助勢をしないのは、信頼しているのと同時にミノタウロスの性格をわかっているからだろう。


 かと言ってウチたちに攻撃をして来るでもなく、事の成り行きを見守っているだけ。無駄な争いを好まないのか、もしくはこのバトルを汚したくないのか。


「お~い、そこのトカゲの人~」

〔なにを話しかけているのですか、敵ですよ?〕


 ウチがティラノのジュラたまをつけないのとちょっと似ていると思った。

 だからこちらが無闇に敵対行動をとらなければ、彼等とは話合いができるんじゃないかって思えたんだ。


「な、なんでヤンスか……」


 う~ん、物凄いいぶかしがっているなぁ。


「とりあえずさ~」

〔ちょっ、コラ、八白亜紀。止めなさいって!〕

「チョコ食いながら観戦しようぜ!」

「一緒に食べるニャ~‼」

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