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第13話・痛いの痛いの……。

 四人目の恐竜人ライズは、艶やかな和風美人のキティ。


 あと一人ライズ化すれば、カバンから色々な食材が取りだせるようになる。

 大自然における弱肉強食のことわりに反してしまうけど、しっかりと食事を用意して、仲間同士で捕食し合うなんて事がなくなれば良いと思う。


 有史以来、特別な事案を除いて人間同士で捕食するということはなかった。つまり、人類の意識が早まるだけの話だ。


 このカバンの件、女神さんがあまりにアッサリと受諾したから『なにか裏があるんじゃないか?』って思っていた。


 でも実際はウチの“モチベーション維持の為”という真っ当な理由でしかなかったようだ。


 そして、実はその時にもう一つ。ウチは、思いっきり重要で思いっきりテンションが上がって思いっきりエクセレントな頼み事をしていた。


 ――魔王軍から地球を守ったら異世界転生させてくれ!


 これこれ、これだよ! 

 もちろん女神さんは渋ったけど、『最後までやり遂げる原動力になるのなら』と前置きをした上で『一応考えておきます』と言われた。


 一応でもいい、検討できるという事はって事なんだから。


「とにかく今のウチはやる気MAXやで!」

〔全力でから回りしそうですねぇ〕

「もう、女神さんいけず(注)や……」





「あ、ところでティラちゃん」

「ん? なんだ?」

「……木から降ろして」

「ちっ、世話の焼けるヤツだな」


 とかなんとか言いながら助けてくれるいいなんだよな。ウチが男なら絶対嫁にすると思う。


 言葉使いはヤンチャ系だけど、何気に世話好きなんだよね、この娘。


「気合、入れとけよ!!」

「……はい?」


 腰を落として低く構えて精神集中。闘気オーラが見える……気がする。次の瞬間ティラノは力を込めたローキックを木の幹にブチかました! 


「うおおい……」


 マジか、大気が震えたぞ。ズドンッと物凄い振動が幹から枝に伝わり、木に掛けていた爪がアッサリ外れてしまった。


 ……当然、落ちる。


「ウチはカナブンか」


 危機一髪だった。地面にあと三〇センチの辺りでプチがウチの足を掴み、地面とのキスを回避してくれた。


 助かった……前言撤回、嫁にするならやはり優しい子がいい。


「む、無理ですぅ~重いですぅ~」


 うむ、体力ないのね、この娘は。……そしてウチは、地面にディープキスをしていました。


 まあ、人ひとり持ち上げて飛べるのなら、川に流された時に直接拾い上げてくれただろうし。


 顔中砂まみれの擦り傷だらけ。傷を治そうとミルクチョコを取り出そうとしていると、ウチの行動を見て女神さんがひと言。


 ……またもや最初に言っておいて欲しい情報を口にした。


〔ミルクチョコで体力や怪我が回復するのは恐竜人ライズのみです〕

「マジか。ウチは回復しないのか……」


 治らないとなると、やたらと気になる。気になると余計に痛みが増してくる気がする。紙で切った指先一センチの傷が、必要以上に痛く感じるあれだ。


「ネネ、大丈夫ニャ? 痛いとこ撫でるニャ!」

「ありがとな~ベルノ」


 マジで優しい娘だよ、ベルノは。もう、その気持ちだけで十分だぞ。


「痛いの痛いの……飛んでくニャ!」


 短い手を動かして一生懸命ウチの頬をなで、そして投げ飛ばしてくれた。プニプニの肉球が幸せの感触だ。


 なんかもう、ほわわ~んとしてきた。痛いのが飛んでいく気がする。“ほわわ~ん”と。


「よし、治った!!」


 ――バシッ!!


「い、痛いですぅ~」

「プチちゃん?」

「な、なんか急に”痛い“のが飛んできて……」


 ……”痛い“が飛んで来た?


「ネネの”痛い”飛ばしたニャ!」

「え……マジ⁉」


 ベルノってば、ウチの怪我をプチに移したの? いや、移したというよりも、投げた”痛い”に当たったら移るのか。


 自分の顔を触ってみると、直前まであった擦り傷が一つもない。治った気分になっていたけど、本当に治っていたとは。


「すげー! すげーし可愛い! そして……めっちゃすげー!」

〔語彙力……〕

「うう……こっちに投げないでくださいぃ~」


 涙目で訴えるプチの横で、なにが起きているのか考えが及ばずに“キョトン”としているキティ。


 そりゃそうだよな。恐竜人ライズになったと思ったら、ティラノの蹴りでウチが落ちてプチが助け損ねてベルノが痛いのを飛ばしたなんて状況を理解できる訳がない。


〔ところでキティさん、なにかから逃げていたみたいですが?〕


 そんな彼女を見かねた女神さんが、助け舟を出した。……意外と状況を見ているんだな。


「ああ、オラ、川で水を飲んでいたんすけど……(キリッ)」

「もしかしてワニみたいなのが襲ってきた?」

「んだ。突然だったから、もう驚いてしまって(キリッ)」


 三メートルほどもある恐竜を襲うって、そいつもかなりの大きさがあるって事だ。


「ひぇ……あ、あのワニさん、仲間がいたのですね……」 


 と、木の後ろに隠れるプチ。


「とりあえず水泳部の仲間も作っておきたいし、ちょっと行ってみるか~」

「行ってみるか~って、俺様たちにもついて来いってんだろ?」

「そうそう、さすがティラちゃん!」

「まったく、世話が焼けるぜ」

「焼けるニャ!」


 今チームを分ける意味も必要性もないし、結局は全員で移動するのがベストな選択だ。


「そっちじゃないだす(キリッ)」

「ん? この川じゃない?」


 みんなで上流に向かおうと思ったんだけど、他にも川流れてたのか。

 ……まあ、そりゃそうだよな。この川の支流だってあるのが当たり前だし、地形がまったくわからないのは困るな。


「スマホの地図アプリとか欲しいわ~」

〔今スマホがあっても、使えるのは一億五千万年後くらいですね〕

「そのツッコミ、悲しくなるからやめてクレメンス」

〔そのネタが通用するのも一億五千万年後くらいで……〕


 女神さんいけずや。


「んで、俺様はどっちいきゃいいんだ?」

「こっちの岩山の……(キリッ)」

「ワニもどきめ、すでに陸地にあがってたのか」


(キリッ)」



「……はい? なんですと?」






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(注)いけず

関西地方の方言で意地が悪いこと。また、そういう人や、そのさま。会話相手との間柄や文脈の前後によって、悪意としての意味と軽口としての意味がある。八白亜紀の一言は後者。


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