ティラノは『やべぇ』と言って手を離した。
幸いにも蔦の先は木にしっかり絡まっているし、ウチも爪を立てたり腕や身体に巻きつけていたから流されることはなかった。
それにしても、いきなり手を放すとか……
「なにするの――⁉」
と、水面から顔をあげた瞬間だった。ウチが一瞬前までいた場所を、ワニの口がガブリと食べていた。
「マジか……」
水の中なのに冷や汗が流れるのを感じてしまう位、目の前の恐怖と言ったらない。ティラノが手を離さなかったら、ウチは今頃腹に喰いつかれ、上半身と下半身がわかれていた所だ。
ティラノは軽くふざけたような口調だけど、あの瞬間的な判断力の正確さが彼女の本質なんだと思う。
彼女たち野生の生き物は、“生きる”という事にとことん貪欲で敏感なんだろう。
――だからワニが
ティラノは蔦を手放すと同時に走りだしていた。そして、ワニがウチに向き直った時には……
「ざけんじゃねぇぞコラ!」
そのセリフと共に、ティラノのまわし蹴りがワニの無防備な後頭部にクリティカルヒットしていた。
「俺様の“ツレ”に手をだしてんじゃねよ!!」
“ドカッ”というこもった音と共に、派手に吹っ飛ぶワニ。気絶し、腹を見せた状態でぷかぷか浮いて流されて行った。
それにしても”ツレ“って言われるのは悪い気がしない。むしろボッチ殺しの嬉しい言葉だ。
ティラノは言動にズレがあるというか、単に周りの理解が及ばないというか。
それでも理に
とにかく助かった……いや、助けてもらった。みんなには感謝しかないし、同時にウチ自身の言動を反省もしている。色々考えてしまって頭の中がぐちゃぐちゃだ。
でも今は反省よりも……
「ベルノを助けないと」
死にかけから生還した今も、最初に考えるのはそれだった。
「少し休んでおけよ。あの白いのは任せておけって」
ティラノは立ち並ぶ木々の根元に行くと、持っている木刀を頭上に構えて目をつむった。
精神を集中しているのだろうか、足元からゆらゆらと湯気みたいなものが立ち上がり、全身を包んでいった。俗な言い方だけど
それは最初うっすらとしたものだったが、段々とハッキリ視認できるようになる。
「え? あの形……ティラノサウルスじゃん」
同時に、ウチのポケットの中にあるティラノの約束珠が光り輝いていた。これは、彼女の気の高まりに呼応しているのだろうか。
「いくぜ!! ……レックス・ブレード!!!!」
カッと目を見開き、上段の構えから一気に振り下ろした。木刀のはずがもの凄い切れ味を発揮し、巨木をあっさりと切り倒していた。
「なにこの威力……」
その木刀から繰り出される、
しかし、その強大なエネルギーは刀の攻撃のみならず、ティラノを中心に周囲に放出されて砂や小石を吹き飛ばしていた。
あれを撃つときは近くにいたらヤバい。余ったエネルギーとは言え、味方もダメージを喰らってしまう。それくらい凄まじい威力と反動だった。
「これが女神さんの言っていたスキルなのか」
〔そうです。切り札になりうる能力ですよ!〕
なんかティラノサウルスを背負って技を繰りだすとか、えらくカッコイイ。技名はまあ、ちょっと微妙だけど。
巨木を一人でサクサク運んで、アッサリと中州に渡すティラノ。最初『俺様一人で十分』と言っていたのがわかる気がしてきた。
「これでいいかー?」
「お、落ちないでくださいね……」
とウチの腰に蔦を縛り始めるプチ。ベルノの分の蔦も用意してくれている。うう……なんて素敵な娘たちなの。
「ちゃっちゃと行ってこいヨ!」
「ありがとう。行ってくるよ」
丸太の上って転がり落ちそうなイメージがあったけど、意外にもすいすいと渡れてしまった。これが猫人の身体能力なのか。
少しバランスを崩しても、爪を引っ掛ければ落ちる心配は皆無だ。
「……猫の爪ってめちゃ便利やな」