目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第36話 魔王城の夜

 不破レイナは、とある都市で働く新社会人だった。

 学生のころからそれなりに本やアニメに触れていて、『異世界転生もの』の知識も、ある程度あった。

 もちろん、自分がそうなるとは夢にも思っていなかったが。


 自分が異世界に来る直前の事は覚えていない。

 気付いたらこの世界で、すでにある程度成長した少女として目覚めた。


 その後、幸いにも親切な魔族に助けてもらい、

(戦災孤児と思われたらしい)

 自らの事を「ファイレーン」と名乗り、この世界に順応していくことができた。


 魔族として過ごした時間は長い。

 転生前の人生よりも長い。

 しかし、不思議なもので、転生前の人生の記憶が薄れることは無く、今でも鮮明に覚えている。


 だがしかし――――


 勇者ライカに言われた、「お前はもう魔族のメンタルになってるだろ」という言葉が心を沈ませる。

 それは、もともと自分が言い出したことだが、

 他人に、同じ転生者に言われるとハッとするものがある。


 ファイレーンは落ち込みながら、魔王城の元に広がる城塞・・・街中を歩いてた。

 すでに月が高く昇っている。


 先ほど、この世界の真相を説明した後、

 ライカがすぐに協力してくれなかったことが、ファイレーンにとってはショックだった。

 ライカがどうの、と言う事ではなく、上手く物事を運べなかった自分に対してだ。


(ちょっと、はしゃぎすぎちゃいましたかね・・・)


 冷静なつもりだったが、

 初めて会った同じ転生者、ということと、

 この世界の秘密を解説するという憧れのシチュエーションが重なり、

 喋ることばかりに気を取られてしまった。


 しかし考えてみれば、何よりも最初にライカと真摯に話をして、ライカと気持ちを分かり合う必要があったのではないか。


 結局は魔王様の一言・・・素直に「協力してほしい」という言葉でライカは態度が軟化した。

 そもそも、ライカがここまでついて来てくれたのは、

 シルフィアが最初に、誠心誠意謝罪をし、心からお願いをしたからだったのかも知れない。


 そういう真摯な気持ちが自分には欠けていたように思う。


(一度ちゃんと、ライカさんと向き合って話さないと・・・)


 ライカの接待自体はシルフィアに任せたが、

 その後、そう思い立って、シルフィアに魔術通信で相談して、

 ライカが滞在しているシルフィアの住居に向かっているのだった。


 シルフィアの住居に行くのは初めてだった。

 作戦行動以外で四天王同士が会うこと自体が稀であったし、

 お互いの住居に行く、と言うような関係ではなかった。

 そもそも、魔族は殆どの時間を戦いのために費やしている。

 住居と言うのも、「拠点」という意味以上は殆どない、そんな文化だった。


 場所は分かっているが、慣れない所だとやはり少し迷ってしまったようだ。

 ――――と、


「あ、ファイレーン、いたいた」


 通りの角からシルフィアが現れる。


「シルフィア、わざわざ迎えに来てくれなくてよかったのに。それもあなた自身が」


「いやいや、四天王みたいな偉い人同士がこんなところで会うなんて、部下たちが見たらびっくりするでしょ。一応家の者にも秘密にしておいてるし」


 その心遣いはありがたい。

 実際、ファイレーンも目立たないようにマントを羽織って来ていた。


「ライカさんは?放っておいてよかったんですか?」

「本人がもう一人にしてくれってさ。一応、家の信頼できる人に見てもらってる」


 そんな会話をしながらシルフィアの住居へ足を進めようとした。

 その時――――。


「「!!」」


 シルフィアとファイレーンは、同時に魔王城の方を見た。

 緊張が走る。


 この魔力は・・・・


 二人の視線の先に、魔王城を望む塔の高台の上、

 そこに黒剣こっけんのグランザの姿があった。


 迷宮の中で割れた仮面は元通りになおっている。

 その手には剣が握られ、魔王の間に向かっているようだ。


 その殺気を隠そうとはしていなかった。


 ◆


 ウォーバルは自分の拠点の中の、中庭のようになっている修練場にいた。


「!?

 この魔力は!?」


 ドォォォオオオオン・・・・!!!


 ウォーバルが大きな魔力に気付くのと、ほぼ時を同じくして、

 少し離れたところから、破壊音が聞こえる。


 音の方を見る。

 魔王城の方向、魔王城に連なる建物の上で、戦闘が起きているのが分かる。


 シルフィアとファイレーン、

 そしてグランザだ!!


「グランザめ!いきなり出てきたか!!!」


 ウォーバルはすぐに魔術で自分の体を霧状にして空を駆けた。



 ◆


 ライカは案内された部屋でベッドに横になりながら、これからの事を考えていた。


 魔族からの協力要請は、一旦拒否した。

 理由はファイレーンに語ったことが全てである。

 魔族の言うことを信じる理由がない。

 その気持ち自体に偽りはない。


 しかし実は、のだ。


 嘘をついている証拠も、嘘をついていない証拠も無い。


 正直言うと、心情的にはドラゴン退治に手を貸してやってもいいが・・・


(その代わりに、「人間との戦争を今すぐやめろ」、ってくらいかな・・・)


 魔族と人間が戦争状態なのは、人間の中で育ってきたライカにとっては気分が悪い。


(そこらへんが落としどころか・・・)


 そんな事を考えていた時・・・



 ドォォォオオオオン・・・・!!!



 遠くから何かの破壊音が聞こえる。


「なんだ!?」


 ライカはベッドから飛び起き、すぐさま部屋から飛び出す。


 部屋の外には、さきほど料理を振る舞ってくれたおじさんがいた。


「何があった!?シア・・・シルフィアは!?」


 おじさんは、魔術で誰かと通信をしているところだったらしい。

 すぐにライカに向かって通信内容を教えてくれた。


「敵が現れたので、シルフィア様が交戦中らしいです!

 ライカ様には、できれば魔王城の方に来てほしい・・・と」


「できれば、って・・・・」


 シルフィアなりに気を使ったのだろうが、そんな曖昧な事言われても困る。


「しょうがねぇなぁ!取り合えず行ってくる!!」


 目の前でドンパチしていて、何もしないのも居心地が悪い。


「城まで案内しましょうか!?」

「いいよ!屋根の上を走っていくから!!」


 ライカは外に飛び出した。


 ◆


「うギャー!!!」


 シルフィアはグランザが生み出した剣に吹っ飛ばされて魔王城の壁に激突した。

 風の蝶で防御しているので致命傷ではないが。


 グランザは魔王の間に向かっており、シルフィアとファイレーンはそれを止めようと戦っていた。


 なぜグランザがそうなったかは分からないが、

 今のグランザが魔族の敵で、ドラゴンの味方なら、

 魔王を殺して封印を解くことが目的なのだろう。


「そうはさせません!」


 ファイレーンも炎を撃ち出し攻撃するが、決定打にならない。


 だが、爆炎が晴れるとグランザの周りを白い霧が覆っているのが分かった。

 ウォーバルの霧だ。

 霧はたちまちウォーバルへの変化し、グランザの真後ろを取った。

 即座に水の刃となった右手を打ち込む!


 ガキィン!!


 だがそれも、グランザとウォーバルの間に一瞬で現れた剣によって弾かれてしまった。


「チッ!!」


 ウォーバルはひとまずシルフィアとファイレーンに合流する。


「他に敵は?魔王様は無事か!?」

「分かりません!ドラゴンが攻めてきているようには見えませんが・・・」


 そこまで言って、ファイレーンは息をのんだ。


「なんですか・・・?この感じ・・・・!」


 今まで感じたことのない違和感。

 それが・・・あたり一面を覆っている!


「ねえ、ファイレーン・・・なんか変じゃないか!?」


 シルフィアも感じ取っているらしい。

 ウォーバルもだ。

 何か非常にまずいことが起きている・・・・。

 そう直感して、ウォーバルは叫んだ。


「二人は魔王様の元へ行け!!

 グランザは俺が食い止める!!」


「そんな・・・!一人じゃ無理です!!」


「うるさい!早く行け!!!」


 ウォーバルの勢いに押され・・・・

 そして、確かに一刻も早く魔王の元に行かなければならない、という危機感もあり、

 ファイレーンとシルフィアはその場を離れた。


(ライカ・・・できれば早く、ウォーバルを助けに来てくれ!!)


 シルフィアは心の底からそう祈った。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?