「何でですか!!!」
ファイレーンはライカに向かって大声で抗議した。
ここは、
実は魔王軍はこの世界を守っていた、と知った勇者が、
魔王軍と協力して真の脅威と戦う展開になるはずだ!
だがライカは眉を吊り上げてファイレーンに言い放った。
「ハァ!?
今まで敵だった奴に急にあんな訳分かんねぇ話されて、
いきなり信じて、はい、協力します!ってなるワケねぇだろ!!」
「ええ!?訳分かんなかった!?」
ファイレーンはショックでガーン!という表情をした。
結構上手く説明できたと思っていたのに!
ライカは勢いそのままに続ける。
「それに、もしさっきの話が本当だったとしても、
オレからしたら魔王軍もドラゴンも同じ異世界人だ。
別にどっちかの味方をしなきゃいけないって訳じゃないだろ?」
「でもでも、このドラゴンが解放されたらこの世界が滅んじゃうんですよ!?」
「へっ、どうだかな。
実はドラゴンの方がこの世界を守ろうとしていて、
悪の魔王軍が勇者を騙してドラゴンを抹殺させようとしてる、
って展開もよく聞く話だぜ」
「同じ異世界人の私の事は信じてくださいよ!!」
「異世界人だってのも本当かどうか、証拠でもあんのかよ」
「えー!まだ信じてなかったんですか!?
じゃあ出身地を言い合いましょうよ!!あなたどこ出身ですか?
私は―――――」
「あー!もう!
そんなの異世界の知識さえあれば証拠にならねぇだろ!!
大体、異世界人だけどメンタルはもう魔族だって言ったのは自分だろうがよぉー!!」
困ったのはウォーバルとシルフィアである。
ファイレーンと、そして魔王様の言うことを疑ってはいない。
自分たちの歴史に関する衝撃の事実にショックを受けていたのだが、
急に不毛なケンカが始まったので、気持ちが取り残されてしまった。
しかし・・・
「あっはっはっはっは!!!」
突然魔王アイサシスが大笑いした。
本当に大笑いだ。腹を抱えて、目から涙すら出している。
残りの4人は全員ぽかんとした。
「いやー、すまんすまん。
そりゃそうじゃな。勇者の言う通りじゃ。
いきなり信じてくれ、と言う方が無理な話じゃ」
アハハと笑いながら魔王は手を振った。
「コイツ本当に魔王なのか?」
ライカは半眼で魔王を見た。
まあこういう魔王もよくある気がするが、実際に目の前にすると疑わしい気持ちになる。
「まあ今日は皆疲れたじゃろうから、一度休むといい」
「休む?しかしドラゴンが・・・・」
ウォーバルが生真面目に疑問を口に出した。
「もちろんドラゴンがいつ現れるか分からん。
しかし、分からんからこそずっと気を張っているわけにもいくまい。
休める時に休んでおかんとな。
ほれ、勇者も、誰かもてなして休ませてやれ。
ちゃんとご馳走を振る舞ってやるのじゃぞ」
「ケッ。懐柔して情をわかせて仲間に引き込もうってことかよ」
ライカはイヤそうな顔で魔王に文句を言ったが、魔王は全く気にしていないようだ。
「まあそいう事じゃな。
現状、我々は四天王が三人になって戦力大幅ダウンじゃ。
勇者の手でも借りないと不安でしょうがない。
まあ、人の協力を仰ぐときはこちらの事を知ってもらうのが一番じゃからな。
悪いが付き合ってくれ」
カラカラと笑ってそう言われて、ライカは毒気を抜かれて諦めたようだ。
「はぁ、分かったよ。
一晩だけつき合ってやる」
「・・・じゃあこれでこの場はお開きって事?」
シルフィアは呆気にとられてそう聞いた。
「そうじゃな。みんなお疲れじゃ。
城の兵たちにもちゃんと声をかけておいてやるんじゃぞ」
魔王のその言葉に、シルフィアは露骨にホッとした顔をした。
ライカとファイレーンのケンカが早めに終わってよかった。
「あ、でもグランザの事は・・・」
「よいよい、気にするな。
あれはワシにも何がどうなっているのか分からん。
とにかく今は休んだ方がいい」
ファイレーンの問いかけに、魔王はまたも手を振って話を終わらせた。
「そうですか。そうですね・・・。
では本日はこれで・・・・。
魔王様、場を収めていただいてありがとうございます」
ファイレーンは、結局最後は魔王に助けてもらわなければいけなかったことを恥じながら部屋を後にした。
シルフィアとライカも一緒に出ていく。
ウォーバルはやれやれ、と言う表情で最後に部屋を出た。
誰もいなくなった部屋で、魔王はすぐそばの巨大なドラゴンの方に顔を向けた。
「さて、これで出来るだけの事はやった・・・かの」
魔王は、この城にこれまでにない程の異常が起きていることを感じていた。
◆
「結構旨いもんだな。おじさん、おかわりー!!」
勇者ライカは見事に魔族の接待に陥落していた。
「いやー、そうだろ?ウチの料理は結構自慢なんだよ」
ライカを接待しているのはシルフィアだ。
その人選には、誰も、シルフィア自身も反対しなかった。
場所はシルフィアの一族、ウィンブロ家の食卓だった。
食卓と言っても、どちらかと言うと軍施設内の食堂と言った趣だ。
石造りの建物で、中も外も、きらびやか、と言う感じではない。
よく言えば質実剛健、か。
この家がどこにあるかと言うと、魔王城に来る時に空から見た城塞、その中だった。
魔族の住居は基本的にこの城塞の中にあるらしい。
城塞としては大きいほうだが、一国の住民が殆どすべて住んでいる、と思えば小さく感じる。
中も街と言うよりは、要塞の中に人が住む場所を何とか突っ込んでいる、という感じだった。
この家に着くまでの間、城塞の中を歩いて見てきた街の様子は、
ライカにとって、およそ想像していた魔族の国とは違っていた。
見た目の事もあるが、とにかく人が少ない。
魔族どうこうと言うより、国としての規模とは思えなかった。
「まあ魔族は人間族とは寿命も違うし。
家族や共同体の考え方も人間とはだいぶ違うはずだよ」
街中を歩いている間、シルフィアはライカの疑問に対して自分の考えを答えた。
「ずっとドラゴン族との戦いが激しいから、そもそもの人の数は少ないね。
ドラゴン族や人間族と戦う戦力の殆どは、モンスターや魔術で生み出した兵隊だし、人の数を増やそうって意識があんまりないかな」
街自体、生活感は殆どない。店舗や娯楽の類が見当たらないからだろう。
「子供が生まれても、各地域で育てて、大きくなったら軍属だからね。
まあ、農業や畜産の仕事してる一族もいるけど。それも軍属の一種だし」
人間族から魔族の実態は知られていないが、魔族側は人間族のことを研究してはいるので、
シルフィアは出来るだけ違いがありそうなところを説明した。
「とにかく、魔族は魔王城の氷漬けのドラゴンの封印を守る―――つまり、魔王様を守るために、北から攻めてくるドラゴン達と戦っているんだ。
人間族にバレないように、人間族を近づけさせないようにしながらね。
もちろん、ドラゴン族が出てくるゲートを完全に閉じることも目的に入ってる。
ファイレーンみたいな研究チームが色々やってるよ。
そんな感じで、ドラゴンと戦うために長い歴史を生きてきたのが魔族なんだよ」
シルフィアは、魔族としての生き方に不満は無いが、虚しい種族だとも思っている。
(だから『虚城』というあだ名がピッタリなんだよな)
魔王城の方を見ながら、シルフィアはそう心で思った。
◆
それはそれとして、魔族にも食の楽しみはある。
ウィンブロ家の料理担当のおじさんに頼んで、できる限りのご馳走をライカに振る舞った。
ライカにとってはなじみのない、形容し難い見た目と味の料理が並んだが、
勇気を出して食べてみれば美味しいものも沢山あった。
元々、ライカにとって異世界での食事は、同じような体験は少なくなかったし。
「ふー。食った食った」
ライカはベッドのクッションに埋もれながら満足そうにそう言った。
シルフィアも、接待が上手くいったのでホクホク顔である。
「ふふふ、どうだい。これでキミも魔王軍の仲間入りに・・・」
「いや、食い物で釣られたりしねぇよ」
・・・結論を急ぎすぎてしまっただろうか。
シルフィアはシュンと反省した。
「とりあえず今日はもう寝るから。出て行ってくんねぇ?」
「わかったよ・・・。おやすみー」
ライカに追い出され、シルフィアはトボトボと部屋を出て行った。
◆
その夜、魔王城の屋根の上に、一つの人影があった。
「フフフ・・・これは、いよいよ面白いことになりましたね・・・」
その影は、妖精の羽根をつけた帽子を身に着けていた。