沈黙・・・・というほど長くなかったかもしれないが、とにかくそれを破ったのは、
ウォーバルだった。
ファイレーンに刃を突き付けながら、もう片方の手でライカを指さし、
怒りを込めた声でこう言った。
「ファイレーン!貴様が我々を裏切っている証拠が、その勇者だ!」
その言葉に、ライカは眉をひそめたが、その表情からは感情までは読み取れない。
ファイレーンの方は、表情に出ないように努めているが、驚いている気配を隠しきれていなかった。
シルフィアは明確に困惑した。
(どういうことだ?ウォーバルは何言ってるんだ?)
シルフィアは相変わらず仮面の剣士に抱えられたまま心の中でそう思った。
相変わらずと言えば、仮面の騎士も辛抱強いものである。
ライカと剣を突き付け合ったまま、話の成り行きを伺っているようだ。
「何を言っているんですか?ウォーバル」
ファイレーンは強張った顔でそう問いかけた。いや、しらを切ったのかもしれない。
少なくともウォーバルはそう判断したようだ。
「白々しいことを。あの城での作戦の後・・・・。
作戦通りなら、爆発の魔獣を起動させた後は、すぐに城から脱出するはずだった。
だが貴様は、俺たちに隠れて勇者と二人で会っていただろう!
なぜそれを我々に報告しない!なぜ秘密にする!?」
「!!」
ファイレーンは今度こそ驚きの表情を隠せなかった。
(まさか!見られていたんですか!?)
ファイレーンにとっては痛恨だった。
周囲に気を付けてはいたのだが、まさかウォーバルに見られていたとは、全く気付かなかった。
シルフィアも当然驚いていた。
(あの城で、ボクやウォーバルに秘密で、ファイレーンがライカと!?)
「何を話していたか、殆ど聞き取ることはできなかったが、一つだけ気になることを言っていたな。
勇者の事を『転生者』だと・・・。
それが勇者の強さの秘密のはずだ!
だがそれを秘密にしている、ということは・・・」
ウォーバルは怒りで歯を食いしばってから、その怒りを吐き出すように告げた。
「ファイレーン、貴様、勇者と通じて我々魔王軍を裏切ろうとしているんだろう!!
言え!何を企んでこんな事態を引き起こした!」
「ええええええ!!!」
ファイレーンの口から出たのは、ウォーバルの怒りには似つかわしくない、素っ頓狂な大声だった。
「なんでそうなるの!?」という顔でウォーバルを凝視した。
ウォーバルにとっても予想とは少し違う反応だったようで、戸惑いを見せる。
だがその時、先に我慢を切らしたのはライカだった。
「あー!もう!さっきから何言ってるか分かんねぇが!
仲間割れなら勝手にやってくれ!
オレはさっさとシアは返してもらうぜ!!」
律義にそう宣言してから――――いや、それはシルフィアへの合図だったのかもしれない。
ライカは仮面の剣士と突き付け合っていた剣を、一気に自分の体ごと突き出し、
相手の剣を逸らしながら、仮面の剣士の顔面に向けて一撃を繰り出す!
仮面の剣士はそれを首を傾けることで避け、間合いに入ったライカを自らの剣で斬りつけようとするが―――
(今だ!!)
仮面の剣士の注意がライカに向かってできた隙を狙って、
シルフィアは用意していた魔術を解き放った。
自分の体の周りに風を起こして自分自身を弾き飛ばし、仮面の剣士の手から逃れたのだ。
その結果体勢を崩された仮面の剣士に、ライカは体当たりすることで迫っていた剣を避けた。
「よっしゃ!シア、大丈夫か!?」
「痛たたたた・・・」
残念ながら綺麗に着地、というわけにはいかず地面に転がっていたシルフィアは、取り合えず痛がることしかできなかった。
シルフィアが飛ばされた方向は、仮面の剣士とライカが向き合っていた状況なので、必然その反対、ファイレーンとウォーバルが揉めている方だった。
二人の方をチラリと見ると、突然の展開に、二人ともどうしたらいいか分からなくなってフリーズしているらしい。
(どうしよう、なんて言えばいい???)
今ここで、四天王として名乗り出て二人に合流すればいいのか?
それとも、まだ人間シアとして演技した方がいいのか?
でも仮面の剣士もいるからなぁ。
そう言えば仮面の剣士とライカの戦いはどうなった?
そんなことを一瞬で考えていると・・・
「シア!!危ない!!」
ライカの声にハッとする!!
仮面の剣士がシルフィアに迫っていた!!
「うわぁ!!!」
間一髪避ける。
近くにいたファイレーンとウォーバルも飛びのいて距離を開けた。
(ボクを狙ってきたのか!?)
ライカと斬り結んでいたのに、それでもわざわざシルフィアを狙ってきたということは、そういう事なのだろうか。
仮面の剣士はなおもシルフィアを狙ってくる。
「待て!テメェ!!」
ライカも仮面の剣士を追ってくるが、助けてもらうのを待ってはいられない。
シルフィアは攻撃を避けながら移動するが、ファイレーンとウォーバルに近づく結果になってしまった。
「ファイレーン!早くこいつを止めろ!!」
「だから、こいつは私のモンスターじゃありません!知らない奴です!!」
「本当なのかよ・・・・!!!」
ウォーバルはいまだにそんな事を言っているが、取り合えず目の前の事を対処するしかない。
魔術で水のつぶてを生み出して牽制のために仮面の剣士に繰り出す。
ファイレーンも同様に、魔術で炎を飛ばした。
その攻撃はシルフィアの横を通り越して仮面の剣士に迫る。
元々牽制だったこともあり、仮面の剣士は苦も無くその攻撃を捌いた。
問題はその後だった。
仮面の剣士は、今度はファイレーンとウォーバルに狙いを定めて一気に突撃してきたのだ。
「何!?」
思わずウォーバルは声を上げる。
二人とも何とかその攻撃を凌ぐが・・・・。
こちらから攻撃したとはいえ、ここまで急にターゲットを変えられるとは思わなかった。
「何だ何だ!?」
ライカにとっても全くの意味不明である。
四天王の配下のモンスターがシルフィアを連れ去った・・・と思ったが、そのモンスターは今四天王に攻撃を加えているのだ。
「なんか、スゲェ仲間割れしてるのか!?」
そもそも最初からファイレーンとウォーバルが仲間割れしていたので、魔王軍の中はもう仲間割れでボロボロなのかと思い始めた。
だがそんな事を考えている余裕もすぐに無くなった。
なんと、仮面の剣士は、ライカ、シルフィア、ファイレーン、ウォーバルの4人を次々と攻撃しだしたのだ!!
ちょうど仮面の剣士を中心に全員が集まっている形になっていたので、仮面の剣士は、素早く立ち回り4人それぞれを攻撃していく。
少しでも隙を見せた者に突っ込んでくるので、4人とも気が抜けない。
距離を取ることもできず、まさに混戦という様相を呈していた。
「暴走でもしてんのか!?」
ライカは苛立ちながら誰にともなくそう言った。
「あなた、そもそも誰なんですか!?」
ファイレーンも思わずそう叫んだ。
魔王軍にあんな奴がいるとは聞いたことも無い。
グリーズの前例があるが、ウォーバルもシルフィアも知らないなら、やはり魔王軍じゃないのだろう。
人間にしては強すぎる。(勇者は例外として)
じゃあ野良モンスターみたいなものか?
そんな事を考える。
ウォーバルも同じように、仮面の剣士の正体が分からず困惑している。
いまだにファイレーンの事も少し疑っているようだが、それにしては状況がおかしすぎる。
シルフィアは仮面の剣士の正体を考えるより前に気になることがあった。
(何で急にみんなを攻撃してきたんだろう・・・)
ファイレーンとウォーバルが言い争いをしている時は大人しくしていたのに。
全員がターゲットなら、あの時から攻撃してきてもよかったはずだ。
(もしかして、攻撃されたら攻撃し返す、みたいな単純な行動パターンなのかな。
考えてみると、最初にあった時からずっと、相手に先に攻撃されてからしか攻撃してきていない気がする)
ちゃんと覚えていないので、気がするだけかもしれないが。
とは言え、もしそうだったとしても、一度戦闘が始まってしまえば、こちらが攻撃を止めても、あちらは止まらないようだ。
勇者ライカと魔王軍四天王はもちろん敵対しているわけで、
仮面の剣士が当面の敵だとしても、お互い、警戒し合っている状況だ。
そのため、誰も彼も、仮面の剣士に向かって本格的に攻撃に移ることができない。
もしかしたら、その隙に他の相手に攻撃されるかも知れないからだ。
しかしこれでは埒があかない。
「とりあえず他は放っておいて、仮面の剣士を片付けようよ!!!」
叫んだのシルフィアだった。
彼女がそうしたのは、深く考えての事ではなく、直感的なものだったが、
おそらく、この状況を打開できるのは彼女だけだっただろう。
つまり、ライカ、ファイレーン、ウォーバル、それぞれから『仲間』だと疑いなく思われているのは、この場においてはシルフィアしかいなかった。
だからこそ、全員がその言葉を受け入れ、行動に移すことができた――――。
ライカが切りかかり、ウォーバルは水を纏った拳で撃ちかかり、シルフィアとファイレーンはそれぞれ魔術と放つ。
全ての攻撃が仮面の剣士に同時に迫り―――――
次の瞬間、仮面の剣士がその剣を一振りすると、
「何!!?」
ライカは傷こそ負っていないが、体ごと弾かれて少し離れたところに着地した。
シルフィア、ファイレーン、ウォーバルは、深くはないが傷を負って、それぞれ周囲に着地した。
しかし・・・三人は、傷を負ったことを気にしている余裕はなかった。
「そんな・・・」
ファイレーンは仮面の剣士の方を驚愕の表情で見ている。
「まさか・・・」
ファイレーンも同様だ。
仮面の剣士は、4人の攻撃をすべて同時に受け止めて見せた。
剣の一振りだけではできないことだ。
なぜそれが出来たか。それは、仮面の剣士の周囲に答えが現れていた。
「あれは・・・!!!」
ウォーバルはそれを見て声を上げた。
仮面の剣士の周りには、いくつもの黒い剣が浮かんでいた。
それらで、4人の攻撃を迎撃したのだ。
その剣は、シルフィア、ファイレーン、ウォーバルにとって見慣れたものだった。
そして何より、先ほどの攻撃は多少は通っていたのだろう。
仮面の一部が壊れ、片方の目があらわになっていた。
ファイレーンは再び声を上げた。
「グランザ!!どうして――――!!?」
四天王の一人、
彼に間違いなかった。